脱あしたのジョー

MTオリーブフィットネスボクシングクラブのブログ

無知の無知

2012-02-08 | Weblog
相次ぐ死亡事故に伴って柔道の指導の仕方が非常に厳しくなってきている。
名古屋では柔道の授業に乱どりや足技禁止とかなり危険視しているようだが、実はこのことは何年か前のアメリカ、イギリスそしてカナダの子供のボクシングにあてはまることである。
特にアメリカでは子供のボクシングがさかんで大会など行っていたが、相次ぐケガやブレーインのダメージを深刻に受け止めた医3国の小児科の医師会は子供には直接打撃を加えてはいけないということを医学的に説明し、世論にうったえているのが今の3国の現状で、イギリスなどは16歳未満はボクシングを禁止しているのではないかと思う。

日本ではボクシングは柔道のようにメジャースポーツではなく、今のところ競争と言ってもたかだか知れているので、そう厳しく取りざたされることはないと思うが、しかし外国のメディアは厳しく、禁止している理由は子供の頭蓋骨は完全ではなく、脳しんとうをおこすと回復するのに大人の倍以上の時間がかかること、そして場合によっては頭痛が慢性化し、思考能力に影響が出てくることを3国の医師会が示唆しているが、それが競技などに参加させて、競争心をあおるのであればなおさらである。
私自身よく知っている人に何人か医師と言う立場の人がいて、パンチが脳に与える危険性について聞いてみたのだが、みなさん専門が脳神経ではないということであって、こうだという医学的根拠を言うことは控えていたが、しかしひとつはっきりしていることは、子供の頭蓋骨はまだ発達段階で打撃をくわえということに関しては何らかの影響がでてもおかしくないということで、反対の立場をとっていると言うことである。

よく言うがこういうことは学問を無視してすべきことではない、こういう体の問題は医学が優先的に考慮されなくてはいけないことであって、特に子供の場合は医学的に疑わしいことはすべきではないと言うのが私の立場であるが、まわりはどうとらえているのであろうか?
おそらくこういうことは、英語で情報をひろえばわかることである。
英語でその様子や記事などを読んだらいかにそれが医学的に危険であるかということが書かれているのだが、こういう基本的な情報もひろうことができなくて、その安全性について語ると言うことはちゃんちゃらおかしいことであって、前回も言ったように学問的な判断、特に医学的な判断と言うものは子供の体を考えて行く上では重要であって、そういう見解が持てないという無学さでは一抹の不安どころか、危険さえも感じる。
子供と言うのはよくやったとほめて、それをやらせてある程度の実績ができれば、テンポラリーであるが一見自信を持てたような気持になり、それをやっていることが非常に楽しい、人生がかわった、明るくなったなどと言うものだ。
しかし度を過ぎてしまうと失うものさえ大きく、あるボクサーがボクシングはドラッグやと言っていたが、まさに大きな代償をはらうことさえありかねない、だからこそ大人が冷静な目で見て判断して上げることが重要なのだと思う。

私が少しというかかなりおかしいなと思う指導者は、子供と接するのに子供みたいな奴だ。
大人として、特に指導者として常識的なことができるわけでもなく、どちらかというとアンチ勉強的な雰囲気を持っているのだが、ゲームや漫画などは読むが、活字は読まない、そういう次元で子供と同化できる奴、こういう人間は非常に危険だと思っている。
意外と何も学ぼうとしない人間は、やっている次元が子供と同じ、しかも年上なので自分たちよりも知恵はあるので魅力的だ。
だからこういう奴は往々にして発想がガキなので、当たり前のことを言う大人よりも、子供に好かれていると言うことがあるのだが、そういう奴に限って時には保育士顔負けに漫画を書いたり、多彩なアイデアなどをつかって子供を喜ばせるが、しかし中身は全く子供なので肝心な部分がぬけているのである。
子供は意外にこういう奴の言うことのほうがよく聞く、だからおそろしい、たぶん少し勉強のできる子ならあいつおかしいとわかるが、しかしなんかよくわからないが、子供は常にアンチ大人なのでそういう奴のほうがいいのである。
しかし子供にはそういう判断力はない。だから大人がしっかりと見極める必要があるのだが、やはりその見極めの一つとしてはきちんと話しができるかと言うことで、話していても語彙が少なく、自分の考え方しか言えないというのは、考え方がとぼしく、常識的な判断ができないと考えもいいが、簡単に言うと仲間と子供以外はコミニケーション能力が低い人間である。

たぶん私などは子供にしてみればわからずやだ、そりゃそうだ彼ら彼女らよりも何年も生きていて、考えているのだから、彼ら彼女らの目先の考え方がおろかであるということはわかっているので、安易には賛同しない、だからこそあえてそうではないという反対意見を言う、私はそれが子供を考えさせ、成長させる要素であると思っている。
私自身親が相談に来た時はなるべく客観的な意見を言うようにしている。
時には親として同情的な部分を求める人も少なくはないが、しかし将来的に見て何をどう選択し、どういうことをすべきかと言うことは同情的な部分では解決できない。
おそらく親だから客観的にそう考えることができないと思うのだが、そういうことを第三者である私がよく考えて伝えてあげることは必要であり、それが相談に答えることだと思っている。

子供のボクシングなんて言うのも危険かそうでないかというのは冷静に考えればわかること。
それをあの人は一生懸命やっているとか、子供が楽しくやっていると言うのは次元が違う。
ここでは小学生から高校生までは必ず親に来てもらい、パンチが脳にもたらすわるい可能性を説明し、中学生までは絶対にコンタクトスポーツとしてボクシングを競技させないと言うことを伝えているのだが、それはこういう危険なスポーツをするのだから、親がその危険性について十分に知る権利があり、今後さらにボクシングを続けると言うならば、そういうことを知るのと知らないのとでは選択する重さが違う、小学生から高校まで続けてたら将来脳に悪い影響をおよぼす危険性が十分にあるからで、そういうことを子供の将来のためにも説明するアカウンタビリティーがあると思っているからだ。

最近セクハラも含めて、柔道が問題になっているが、柔道と言う失敗のお手本があるのだから、そういう失敗をうけてわれわれは考えなくてはならないところに来ている。
たぶんこういう問題を上げると軽くあてるとか、あぶなくなったらとめる、本気でうたせないなどと言うだろうが、しかし論点が違う、中学生の不良のいいわけでもあるまいし、こういうことを真面目に言うのは無知であり、きちんと会話ができない証拠である。この問題は医学的な問題を含めて危険であると示唆している。だから医学的に見て危険性があるのであれば、それを医学的にこうすれば大丈夫だと言う見解でなければいけない。

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