プーシキン作 神西清訳(岩波文庫)
《内容》
工兵士官ゲルマンは、ペテルブルグの賭場で自分のひき当てたカルタの女王が、にたりと薄笑いしたと幻覚して錯乱する――。幻想と現実との微妙な交錯をえがいた『スペードの女王』について、ドストイェーフスキイは「幻想的芸術の絶頂」だといって絶賛した。あわせて「その一発」「吹雪」など短篇5篇からなる『ベールキン物語』を収める。
《収録作品》
*スペードの女王
*ベールキン物語…その一発/吹雪/葬儀屋/駅長/贋百姓娘
《この一文》
“ゲルマンは気が狂った。今はオブホーフ精神病院の十七号室にいる。何を尋ねても返事はしないで、ただ異常な早口でつぶやくだけである――「『三』『七』『一』――『三』『七』『女王』……」
――「スペードの女王」より ”
なんとも鮮やかな、目の離せぬ展開にどきどきどきどきとしてしまいます。いずれの物語もとてもドラマチックなところが私は好きです。非常に盛り上がる。特に、結末の鮮やかさには目を奪われるのでした。
「スペードの女王」は今さら言うまでもない傑作小説です。あとがきにはホフマンの影響が云々と書いてあったようなのをちらっと読みましたが、なるほど、幻想的かつ不気味、ぐいぐいと結末まで一息に読者を引っ張ってゆく不思議な魅力に満ちて展開するところなどには共通点があるのかもしれません。悲惨な結末というところでも、「砂男」を思い出さなくもないですね。
それにしても、この「スペードの女王」の結びの部分は、何度読んでも痺れます。うーん、凄い! わなわなするほど迫力があります。このあっさり感がたまらなく良いです。素晴らしい、最高。
私はプーシキンの『大尉の娘』を読んだときも、そのあまりの面白さにひっくり返りそうになったのですが、この人の面白さはいったいどこからやってくるのだか、今のところあまり見当がつきません。なぜこんなにも物語を面白く描けるのでしょうか。どうしてこんなにも、まるでその光景が目に見えるように鮮やかに描くことが可能なのでしょうか。わくわくするような魅力があります。
この本に収められているのは、不思議な因縁によって結びつけられた人々のたどる不思議な運命の物語ばかり。それは悲劇的であったり、喜劇的であったり、ロマンチックであったりもしますが、いずれも色鮮やかで意外性に満ち、読者の胸を打ち、激しく揺さぶるような印象的な描写が連なっています。たとえばこんな文句も実に気が利いていると思えます。
「葬儀屋」での、靴屋に対して葬儀屋が言うせりふ。
“「ですがね、生きてる人間なら、よしんば靴を買うお銭がなくたって、
別にあんたに迷惑はかけますまい。はだしで結構歩きますからね。とこ
ろが乞食の亡者と来た日にゃ、ただでも棺桶を持って行きますよ。」 ”
お、面白いなぁ! それでもって、ただで棺桶を持って行った乞食の亡者が、あとで登場するのですが、そのときに自らの貧しさを恥じて小さくなっていたりするところなんかも猛烈に面白いのです。まあ、とにかく面白い。目に見えるように鮮やかです。
描写が鮮やかであることと、物語の先が読めない意外な展開、というのがプーシキンの魅力でしょうか。私は今のところはそう思います。それに、善良で心根の優しい人々には、最後には幸福が用意されているようなところも好きかもしれません。
ただ、「駅長」というお話だけは、すんなりと納得できるようなお話ではなかったですが。いたずら者の男に連れられて自分の元を去り幸福を得た娘と、捨てられたと思い込んだまま哀れに死んだ父親の物語です。私はふとチェーホフの短篇「農奴上がり」を思い出します。「農奴上がり」のほうは、突然居なくなった行きつけの飲み屋の給仕娘が、ある日お金持ちの男と腕を組んで幸福そうに自分のそばを通り過ぎて行ったのを、「幸せにな」と涙を浮かべて見送るおじさんの物語でした。いえ、これを思い出したからと言ってどうと言う訳でもないのですが、私は「駅長」において描かれていたのは「農奴上がり」とはまったく逆のことだったのかもしれないな、とおぼろげに思いついただけの話です。どちらの物語も実のところ私にははっきりと理解できなかったのですが、なんだか無闇に悲しい気持ちにさせられたという点では共通点があります。この手のお話はなぜこんなに悲しいのかしら。
とにかく、面白い1冊です。プーシキン、凄い! プーシキン、凄い! と、連発したくなるのでありました。
お引越しは大変なことになっているようで、さぞやお疲れだろうと思います。壁に隙間がある部屋なんて、きっと誰だって嫌だと思いますよ。部屋を変えて当然ですよね。
さて。プーシキンってロシアでは別格の扱いなのに、日本ではドストやトルストイほど知られていませんよね。だから、プーシキンを絶賛する文章を拝読しまして、新鮮な気持ちになりました。やっぱりプーシキンはすごい作家ですよね。うんうん。
ははは、ほんとお恥ずかしい限りです; まあ色々ありましたが、今回のことは多分に私に落ち度があるんですよ。もっと賢明にならないとですね!
さて、プーシキンですが、やっぱり面白いですね。この流れるような語り口には、本当に痺れます。ドラマチック! それに愛情深い感じが好印象なんですよね~。
ロシアの作家はいずれも凄いなと思わせる人ばかりですが、この人もまた独特の凄さを感じさせる人ですね。いや~、ロシアって深い!