沼野充義編(河出文庫)
《収録作品》
葬儀屋(プーシキン)/おもいがけない客(ザゴスキン)/ヴィイ(ゴーゴリ)/幽霊(オドエフスキー)/吸血鬼〈ヴァルダラーク〉の家族ーある男の回想(A・K・トルストイ)/不思議な話(ツルゲーネフ)/ボボーク(ドストエフスキー)/黒衣の僧(チェーホフ)/光と影(ソログープ)/防衛ークリスマスの物語(ブリューソフ)/魔のレコード(グリーン)/ベネジクトフーあるいは、わが人生における記憶すべき出来事(植物学者Xによって書かれたロマンティックな中編小説)(チャヤーノフ)/博物館を訪ねて(ナボコフ)
《この一文》
”この「驚き」について出した私の結論は次のようなものであるーー
《あらゆることに驚くというのは、もちろん愚かなことであり、何事にも驚かないということは、ずっと美しいこととされ、なぜかりっぱな振舞いだと認められている。しかし、本当にそうなのであろうか。私の意見では、何事にも驚かないというのは、あらゆることに驚くことよりもずっと愚かなことである。それに、それだけではない、何事にも驚かないということは、何物も尊敬しないのとほとんど同じなのだ。まったくのところ、愚か者には尊敬することができないのだ》 ーー「ボボーク」(ドストエフスキー)より”
”「じゃどうしてお前は、世界中が信じ切っている天才たちが、同じように幻を見なかったと言い切れるんだ? 今じゃ学者たちが、天才は精神錯乱と紙一重だと言っている。健康で正常なのは、君、平々凡々たる、いわゆる群衆だけさ。精神病時代だ、過労だ、堕落だなどという考えに真面目に興奮するのは、人生の目的を現在においている連中、つまり群衆だけだよ。」 ーー「黒衣の僧」(チェーホフ)より”
喉から手が出る程欲しくなったこの1冊。お、面白い!
私が以前贈り物として頂いた「世界幻想文学1500」という本に、ドストエフスキーの「ボボーク」の紹介がありまして、その紹介文に非常に惹き付けられました。「耳元で”ボボーク(そらまめという程の意)””ボボーク”と囁く声がする」。 !! 読みてーーッ!! というわけで、幸運にも図書館にあったので借りてみました。
ドストエフスキーには、これまで何となく近づき難い雰囲気を感じていたのですが、その愚かな先入観を打ち破ることができました。うーむ、面白い。いえ、話の筋としては、墓場で死者たちがおしゃべりしているのを盗み聞くという、それほど怖くもなく、私にとっては特に新鮮な感じもしないものなのですが(なんて、偉そうに……ドストエフスキー様、ごめんなさい)、何と言うか、上に引用した本筋がはじまる前の部分がとても興味深かったのです。もうひとつ引用したチェーホフにも見られますが、思索することと愚かさや精神病との関連付けは的を射て恐ろしい。
チェーホフは「六号病室」でもこんな感じだったような気がします。考えないで済まそうとする人への痛烈な批判のように感じられ、私はかなりどっきりしました。頑張ろう。ちなみに「黒衣の僧」は、新スタートレックに出てくる「旅人」という感じですかね。ウェスリーが最後は「旅人」になってしまったのは、私としてはいまだに納得がいきません。それはさておき、「黒衣の僧」はとても悲しいお話です。主人公は非常に優秀な男ですが、周囲の善良な人々からは働き過ぎで幻覚に悩まされた不幸な男とみなされ、治療を受けます。しかし彼にしてみれば、幻覚を見なくなったことのほうが不幸であり、結局は善良な義父と妻(農園を経営するとても現実的な考えをもつ人々)をさんざん罵った挙げ句家を飛び出します。そこが悲しい。彼等はどうしてもお互いを理解することができなかったのです。普通って何だ、生活って、人生って、何だ。真理を究めようとするとき、実生活から乖離してしまう人間がいるとしたら、その人はやはり狂っているということになってしまうのか。悲しくて恐ろしい物語です。
上に挙げた2作品のほかにも、かなり面白いのが目白押しです。私が特に気に入ったのは、「ベネジクトフ(長い副題は省略)」です。チャヤーノフという人の名は知りませんでしたが、相当壮絶な生涯を送った人のようでありました。物語は、ある男が自分の魂を他人によって操られるというもの。人間の魂は三角形のコインのようなものにそれぞれ込められていて、ベネジクトフという男がふとしたきっかけでその三角形を手に入れ、語り手を含む複数の人間を好き勝手に操っていきます。語り手は、自分と同じように操られている美しい女優に恋しますが、彼女はこれから憎むべきベネジクトフと結婚するところなのでした……。私が好きなのは、結末の部分。なんて、美しいんだ! ロマンティック!!
ゴーゴリの「ヴィイ」も幻想的で良かったです。これが一番怖かったかも。A・K・トルストイの「吸血鬼の家族」も結構怖かったなー。精神的に恐ろしかったのはソログープの「光と影」。影絵を壁にうつして遊ぶってだけの話ですが、なんか怖かったです。
ああ、どうしても手に入れておきたい1冊です。しかし、当然品切れ。まあ、私が欲しがるくらいですから……ね…。
《収録作品》
葬儀屋(プーシキン)/おもいがけない客(ザゴスキン)/ヴィイ(ゴーゴリ)/幽霊(オドエフスキー)/吸血鬼〈ヴァルダラーク〉の家族ーある男の回想(A・K・トルストイ)/不思議な話(ツルゲーネフ)/ボボーク(ドストエフスキー)/黒衣の僧(チェーホフ)/光と影(ソログープ)/防衛ークリスマスの物語(ブリューソフ)/魔のレコード(グリーン)/ベネジクトフーあるいは、わが人生における記憶すべき出来事(植物学者Xによって書かれたロマンティックな中編小説)(チャヤーノフ)/博物館を訪ねて(ナボコフ)
《この一文》
”この「驚き」について出した私の結論は次のようなものであるーー
《あらゆることに驚くというのは、もちろん愚かなことであり、何事にも驚かないということは、ずっと美しいこととされ、なぜかりっぱな振舞いだと認められている。しかし、本当にそうなのであろうか。私の意見では、何事にも驚かないというのは、あらゆることに驚くことよりもずっと愚かなことである。それに、それだけではない、何事にも驚かないということは、何物も尊敬しないのとほとんど同じなのだ。まったくのところ、愚か者には尊敬することができないのだ》 ーー「ボボーク」(ドストエフスキー)より”
”「じゃどうしてお前は、世界中が信じ切っている天才たちが、同じように幻を見なかったと言い切れるんだ? 今じゃ学者たちが、天才は精神錯乱と紙一重だと言っている。健康で正常なのは、君、平々凡々たる、いわゆる群衆だけさ。精神病時代だ、過労だ、堕落だなどという考えに真面目に興奮するのは、人生の目的を現在においている連中、つまり群衆だけだよ。」 ーー「黒衣の僧」(チェーホフ)より”
喉から手が出る程欲しくなったこの1冊。お、面白い!
私が以前贈り物として頂いた「世界幻想文学1500」という本に、ドストエフスキーの「ボボーク」の紹介がありまして、その紹介文に非常に惹き付けられました。「耳元で”ボボーク(そらまめという程の意)””ボボーク”と囁く声がする」。 !! 読みてーーッ!! というわけで、幸運にも図書館にあったので借りてみました。
ドストエフスキーには、これまで何となく近づき難い雰囲気を感じていたのですが、その愚かな先入観を打ち破ることができました。うーむ、面白い。いえ、話の筋としては、墓場で死者たちがおしゃべりしているのを盗み聞くという、それほど怖くもなく、私にとっては特に新鮮な感じもしないものなのですが(なんて、偉そうに……ドストエフスキー様、ごめんなさい)、何と言うか、上に引用した本筋がはじまる前の部分がとても興味深かったのです。もうひとつ引用したチェーホフにも見られますが、思索することと愚かさや精神病との関連付けは的を射て恐ろしい。
チェーホフは「六号病室」でもこんな感じだったような気がします。考えないで済まそうとする人への痛烈な批判のように感じられ、私はかなりどっきりしました。頑張ろう。ちなみに「黒衣の僧」は、新スタートレックに出てくる「旅人」という感じですかね。ウェスリーが最後は「旅人」になってしまったのは、私としてはいまだに納得がいきません。それはさておき、「黒衣の僧」はとても悲しいお話です。主人公は非常に優秀な男ですが、周囲の善良な人々からは働き過ぎで幻覚に悩まされた不幸な男とみなされ、治療を受けます。しかし彼にしてみれば、幻覚を見なくなったことのほうが不幸であり、結局は善良な義父と妻(農園を経営するとても現実的な考えをもつ人々)をさんざん罵った挙げ句家を飛び出します。そこが悲しい。彼等はどうしてもお互いを理解することができなかったのです。普通って何だ、生活って、人生って、何だ。真理を究めようとするとき、実生活から乖離してしまう人間がいるとしたら、その人はやはり狂っているということになってしまうのか。悲しくて恐ろしい物語です。
上に挙げた2作品のほかにも、かなり面白いのが目白押しです。私が特に気に入ったのは、「ベネジクトフ(長い副題は省略)」です。チャヤーノフという人の名は知りませんでしたが、相当壮絶な生涯を送った人のようでありました。物語は、ある男が自分の魂を他人によって操られるというもの。人間の魂は三角形のコインのようなものにそれぞれ込められていて、ベネジクトフという男がふとしたきっかけでその三角形を手に入れ、語り手を含む複数の人間を好き勝手に操っていきます。語り手は、自分と同じように操られている美しい女優に恋しますが、彼女はこれから憎むべきベネジクトフと結婚するところなのでした……。私が好きなのは、結末の部分。なんて、美しいんだ! ロマンティック!!
ゴーゴリの「ヴィイ」も幻想的で良かったです。これが一番怖かったかも。A・K・トルストイの「吸血鬼の家族」も結構怖かったなー。精神的に恐ろしかったのはソログープの「光と影」。影絵を壁にうつして遊ぶってだけの話ですが、なんか怖かったです。
ああ、どうしても手に入れておきたい1冊です。しかし、当然品切れ。まあ、私が欲しがるくらいですから……ね…。
僕もこの本、渋いセレクションで好きです。「ロシア…」に限らず、河出が以前出していた怪談集シリーズは、本当にいいセレクションだったんですけどね。「イギリス怪談集」「ラテンアメリカ怪談集」あたりは、ものすごく面白かった覚えがあります。あと「ロシア」より更にマイナーな「東欧怪談集」なんてのもありました。
「ロシア…」の中では、やっぱりソログープ「光と影」と、グリーン「魔のレコード」あたりがお気に入りです。
ちなみに「幻想文学1500ブックガイド」もなかなかよいガイドですよね。
この本は、本当に良いセレクションですよね~。私は「ラテンアメリカ怪談集」は持っているのですが、今にして思えば、それを買った頃なら、この「ロシア」も手に入ったのに……。と後悔することしきりです;
「東欧怪談集」も、興味ありますね! 再版されると良いのですがねえ
「ロシア怪談集」もかなりマニアックなセレクションでしたが「東欧怪談集」はそれに輪をかけてすごいセレクションですよ。全26編のうち、有名な作家といえば、チャペック、パヴィチ、エリアーデ、シンガーぐらいですか。知名度がちょっと落ちる作家としては、ヤン・ポトツキ、ダニロ・キシュが目につくぐらいで、後はおそらく邦訳自体ほとんどない作家ばかりです。この本が出た当初、よくこんなの出せたなと驚いたのを覚えています。
再版して、他の国のも新版で出して欲しいものですね。考えたらこのシリーズ「イタリア~」とか「スペイン~」とかラテン系のものはなかったですしね。
う~む、「ロシア」ともども古本屋で探します
>再版して、他の国のも新版で出して欲しいものですね。
ほんとですよね。
結構面白いシリーズなのに、もったいないですよねー。河出は一体どういうつもりなのでしょうか。そんなに売れなかったんですかね……; 色々な国の怪談を比較してみたら楽しそうなのになあ。
昨日、ntmymちゃんちの記事を見て、『ロシア怪談集』で検索をかけていたら、kazuouさんのおうちへたどり着き「うわわわわ~!!」(興奮)と思っていたら、
こんなところでお二人の会話が実現!
よくわからないけれど感激した~!!
と私は一人で盛り上がっております。
実はntmymちゃんが取り上げている『ストーカー』が長いこと読みたくて。
いろいろな方のコメントでは「全然別物」って言われていますが、私にはタルコフスキーの『ストーカー』がとても印象的で、素敵だったのです。
うぅぅぅ読みたい。
けど、読めない。
ある方のblogへとたどり着き、そこに足跡を残されていたkazuouさん、でした。
ごめんなさい。
この「ロシア怪談集」は面白いですよ~。kazuouさんのおかげでその他の「怪談集」も面白そうなことに気が付きました。いやー、マイナー本のなかにも良いものはまだまだあるものですね。と、私も盛り上がっております。
ところで、「ストーカー」は、私は映画のほうはまだみたことがないのですが、原作のほうは凄いですよ。私は思わず逆立ちしそうになりました。ストルガツキイ最高! でも、現在は入手困難なんですねー。ひょっとしたら、図書館なんかに置いてあるかもしれませんですよ。幸運にもうちの最寄りの図書館にはありました。
ストルガツキイは面白いので、烏合さんにも是非読んでいただきたいですね~。
「怪談集」はどれもいいですよ。怪談とうたってはいますが、その実、前衛的な幻想小説集と思った方が当たっているかも。といっても編者の個性なのか、それぞれ特色のあるアンソロジーになってます。「イギリス~」は伝統的な怪談、「アメリカ」はモダンホラー、「ドイツ~」は新旧バランスのとれた傑作集、「フランス」は、硬派な幻想小説といった感じです。
実はこの「怪談集」シリーズ、友人に勧めたことがあるのですが、見向きもされませんでした。アポリネールとかエーメとかシュペルヴィエルは面白がってくれたんですが、何ででしょうね?
ちなみにストルガツキイは読んだことがないんですが「ストーカー」はなかなか面白そうですね。
各国の「怪談集」はそれぞれの特徴が表れていて面白そうですね。ドイツとフランスは是非読みたい!
フランスが幻想小説っていうのは何となくわかりますねー。調べてみたら、シュオッブの「木乃伊つくる女」が入ってるじゃないですか! これは読みたい! エーメの「壁をぬける男」は私は別の本で持っていますけど、この人も面白いですよねー。kazuouさんのところのブログでも紹介されてたエーメの本は、未読なのでそれも読みたいところです。
ドイツのほうは、クライストとホフマンはやはりはずしませんね。あー、ホフマンスタールの「騎士バッソンピエールの奇妙な冒険」は読みたいな~。ああ~。
市の図書館にあるみたいなので、近いうちに借りてきます!
昨年は、勝手に「ストルガツキイ祭り」を開催しまして、地味に盛り上がっておりました。このブログ内にもストルガツキイのカテゴリーがありますので、あまり参考にはなりませんけれど、よければご覧下さいませ♪ 私の記事よりも、むしろトラックバックしてくださっている方々のとこへ飛んだ方が、一層興味をそそられることかと思われます。