半透明記録

もやもや日記

『緑色の耳』

2010年03月17日 | 読書日記ー東欧

リューベン・ディロフ 松永緑彌訳(恒文社)





《あらすじと内容》
表題作は、ソフィアで開かれた世界SF作家会議に出席したブルガリア人、アメリカ人、日本人、[第三世界]人の四人が、ホテルのバーで偶然同じテーブルに座ることになったのを機に、同じテーマで、一晩ごとに創作を発表することになった。テーマに選ばれたのはイースター島のモアイ像、一番手はアメリカ人ということになったのだが……
他に、宇宙船に乗り込んで来た不思議な美女をめぐる騒動『麗しのエレナ』、何世紀もかけて地球に帰ってきた宇宙飛行士が、かつての恋人に出会う『二重星』、そしてスヴェトスラフ・ストラチェフの『呼びかけの声』を収録。


《この一文》
“ともかく満足の原理が宇宙における生物のメカニズムを動かしている。科学や技術の進歩がどのような真実をもたらしたかはすでに検証済みである。もっともよい真実をいつもわれわれに開き見せてくれるのは科学でなく、芸術なのだ。
  ――「緑色の耳」より  ”





ブルガリアのSF短篇集があるということを教えてもらって興味を持ち、図書館で借りてみた1冊。

この文体は、ディロフさん特有のものなのか、それとも訳者の方の癖なのか、私には判断出来ませんでしたが、どうにもこうにも読みにくい! 今どういう状況になって、誰がしゃべっているのかがどうも分からない。やや高度な読解力を要求されるハードな本でした。って、そんなことはないんでしょうかね? 私だけですか?

おまけに、最初の「麗しのエレナ」「二重星」は、物語の中盤で状況を理解し、ようやく面白くなって来たぞ! と思うや否や、ばっさり終わってしまいます。しかもその結末があまりに唐突な上に暗いったらない!! 私はもうこの段階で挫けてしまいそうでした。

しかし、しかし、ここで諦めずに3話目の「緑色の耳」を読んだ私は、本当に偉かった。この「緑色の耳」はすごく面白かったのです! 前の2作がアレだったせいもあるかもしれませんが、それにしても面白かった。良かった! やれば出来るじゃないか、ディロフさん! 最後のストラチェフ氏の「呼びかけの声」は未読なので、ここでは主に「緑色の耳」についての感想だけ書こうと思います。


「緑色の耳」は、世界SF作家会議のために集まった各国のSF作家の中で、語り手の「わたし(ディロフさん本人と思われる)」と、アメリカ人有名作家、日本人作家、そして[第三世界]のまだ若い作家の4人がテーブルを同じくし、4日間の会期中に即興で作った短編を披露し合うというお話です。これは、猛烈に面白かった!

4人は、物語を創作する際に各自の民族的特徴があらわれるか否かを議論し、それを検討するべく、同じテーマで短編を作ります。物語の中の「ミスター・ディロフ」はその集まりのホストとなり、他の3人の作家の人となりを観察したりしているのですが、その描写が面白かったです。

アメリカ人は、やっぱりSF界では主流、売れっ子の金持ちで、声が大きくて自己顕示欲が強く、怒りっぽく大雑把で開けっぴろげな性格、でも物凄く頭の回転が速くて即興の才能に恵まれている。

日本人は、いつもとても清潔でスマートにスーツを着こなし、物事に対して公平で、英語も信じられないくらい流暢で(ここでは皆英語で会話している)、小柄でほっそり控えめな物腰(だが語りだすと止まらない)、仏陀のように穏やかな東洋的微笑みを浮かべている。

[第三世界]の作家は、まだSF界では新参者であるという気後れもあるが(小国出身ということでブルガリア人のミスター・ディロフは親近感を感じている)、若く率直で、でもどこか暗く屈折したところもある。

という感じで、ミスター・ディロフは各国の作家を見つめているのですが、日本人に対してだけ超絶ポジティブイメージを抱いているようなので(「麗しのエレナ」にも日本人宇宙飛行士アキラが登場する。やっぱり妙に優秀)、「仏陀って! ぎゃはは!」と爆笑しながらも、きっとディロフさん(本人)には具体的な日本人作家に対するよい思い出があるのだろうなと推測しました。世界SF作家大会って面白そうですね。

さて、ミスター・ディロフを含む登場人物の描写が面白いだけでなく、各国の作家が提供する短編もまた面白いものでした。物語の中で語られる物語、それを物語として書くディロフ氏、そして意外な結末。主人公を自分自身とすることで、物語の結末に不思議な余韻を残すことに成功した、なかなか複雑な構成のお話で、私はちょっと感心してしまいました。こういうのはメタフィクションっていうのでしょうか。実に面白いですね。他にもこの人のこういう作品の翻訳があるなら読みたいところです。うーん、これは面白かったなあ。


ブルガリアSFについては、創元SF文庫『東欧SF傑作集(上下)』のブルガリア編にも面白いのが沢山あったので、私の好みには結構合っているのではないかと思います。もうちょっと探ってみたい。







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5 コメント

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ブルガリア (ペーチャ)
2010-03-18 23:38:40
「緑色の耳」がおもしろかった、とぼくも記憶しています。4人の語りだす物語が、たしかSF文学史の歴史を辿るようなものになっていたような気がするのですが、ひょっとすると勘違いかも・・・。SF文学史なんてぼくは知らないので、なんとなくそういうふうに感じただけかもしれません。

「呼びかけの声」もけっこうおもしろかったような。いまいち内容が思い出せませんが・・・

ブルガリア文学って、翻訳はリアリズム小説が多いですが、ときどき「おっ」と思う作品に出合います。SFではないですが、『ローマ風呂騒動』なんかすごくよかったです。
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ありがとうございました(^_^)! (ntmym)
2010-03-19 08:46:07
ペーチャさん、こんにちは♪
ありがとうございました、これは面白かったですよ!

>4人の語りだす物語が、たしかSF文学史の歴史を辿るようなものになっていたような

これはどうでしたかね?
私もSF文学史はよく分からないので、全然なにも思わず読んでしまいましたが、ひょっとするとそんなところもあったのかもしれません;
いやでも、とにかく普通に面白かったです!

ブルガリアはいい感じですね。
『ローマ風呂騒動』とか、タイトルからして面白そうなんですけど! ちょっと探してみます~(^o^)
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と思って調べたら… (ntmym)
2010-03-19 08:49:45
『ローマ風呂騒動』って、私がまだ読んでいない『緑色の耳』収録「呼びかけの声」のストラチェフさんの作品なんですね~。
あらすじも読みましたが、面白そう!
うーん。読まずに図書館へ返そうかと思っていましたが、これはやっぱり「呼びかけの声」も読んでおくことにしますよ f^_^;
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名前 (ペーチャ)
2010-03-19 15:10:16
あ、「呼びかけの声」はスヴェトスラフ・ストラチェフで、「ローマ風呂騒動」はスタニスラフ・ストラチエフです。微妙に違うみたいです。「ストラチェフ」と「ストラチエフ」という名字は同じだと思いますが、ファーストネームがちょっと違いますよね・・・

このへんが外国人の作家のややこしいところですよねえ。しみじみ。全く関係ないですが、アニメーション監督のシュヴィツゲベルと作家のシュペルヴィエル、またチェコアニメの登場人物シュペイブル、という三人の名前は並べるとおもしろいです。
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あ… (ntmym)
2010-03-19 16:36:16
私ったら、またやっちまいましたね…(/o\;)
ほんとだ、似てるけど別人ですね。。。
ご指摘ありがとうございます~
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