半透明記録

もやもや日記

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術後3ケ月検診

2012年03月15日 | 卵巣摘出手術の記録





今日でちょうど3ケ月。「もう」と言うべきか、「まだ」と言うべきか。ともかく手術を終えて3ケ月が経過しました。

検診は術後6ケ月まで設定されていたはずでしたが、今日の検診でとくに問題が見当たらなかったので、先生からは「もう来なくていい」と言われました。それで私も「そうですか、ありがとうございました」とアッサリサッパリと先生にお礼を申し上げて帰ってきたというわけです。あっ、結局正式な病名(めちゃ長い)を聞いてくるのを忘れたぜ…orz まあ、いいか。

いや、しかし、終始一貫してクールに対応してくださった先生には、感謝の申し上げようがないですね。途中、いろいろとショッキングな資料を見せられたりしました(ドでかい卵巣に埋め尽くされた腹部のMRI画像とか、手術中に腹部に挿入されたカメラで撮影された高画質な患部のカラー写真とか…「これ、奥に見えるの、肝臓ね★」とか言われた。私の肝臓、実に綺麗なものでした。あと腹の内側の壁、私もやはり動物なんだなあ、としみじみしました^o^;)が、「大丈夫、おそろしいものじゃない」という先生のお言葉に励まされて、私もあまりうろたえることなく、ベルトコンベアーに載せられた気持ちで(本当に自分では何もやることがなかった。病気治療の不思議さよ)、すっかり良くなりました。


これにて完治!!
ありがとうございました!!!



さて、腫れ上がった卵巣のひとつを摘出してから3ケ月。3ケ月もあったのに、私はその興味深かった闘病体験についてほとんど何も書くことができませんでしたね。まあ、闘病というほどたいしたことはなかったですけど(^o^;)

書けなかった理由は、別に卵巣を失った喪失感がどうとかいう訳ではありませんで、ただ単に精神力が足りなかったということに尽きます。

ちなみに喪失感ということについて言えば、本当にまったく全然、何も感じません。親知らずを4本抜いたときの方が、よほど喪失感と痛みがありました。「モノ」が目に見えているかいないか、ということが意外と重要なポイントのようですね。卵巣などは普段はちっとも意識しない臓器なので、私としては「ないと言われればそうなんだろうけど、あると言われれば、まだあるような気もする」という心境ですね。これはもちろん、取り出したのが片方だけで済んだおかげですけどね。両方取らなければならない場合には閉経による肉体的変化が一挙に押し寄せて、ずっと大変だったろうと思います。私は運がよかった。

話を戻しまして、精神力が足りないということです。

当時は意識していませんでしたが、昨年末に突然病気が分かってから入院、手術、そして退院するまでの間のちょうど1ケ月間、私はテンションをかなり高く保ち続けていたようです。無理矢理上げていた感じがありますね。もちろんネガティブなことはこれでもかというほどに考えましたけれども、不安に飲まれすぎることはなかったですし、全体を通して割と冷静にしていられたかと思います。その間、涙脆い私が一粒の涙もこぼしませんでしたしね。泣くほどの不安を感じなくて済んだのは、もちろん関係者のみなさまのおかげです。本当にいい時代になったなあ。検査はいちいち面白かったですしね。中には猛烈に痛いものもあったけど。

まず今回の経験を通して分かったことは、私は自分が死に直面することには耐えられそうだということです。いや、まあ、死ぬような病気ではなかったですが!(←結果的には) でも当初はどの程度の病状なのかがまるで分からず、年を越せるのだろうか? とか思ったりもしましたのでね。
ただ、もしこれが私の親しい人の身の上に降りかかっていたなら、私はきっと慌てふためき心をかき乱され、嘆き悲しんだに違いありません。ですから、どうか皆様、くれぐれもお体をお大事にしてくださいませ!

そういうわけで、検査から検査、そして手術とその後の痛みが続く間も、私は気持ちを高いところに押し上げたままでいました。入院することをお知らせすると、多くのお友達がメールを下さいましたが、それに応える私の調子は、今思えば必要以上にハイテンションだったかという気がします。私はもともと非日常的な体験をすることに対して興奮するたちなので、そのためでもありますが、要するに、あの頃の私は感情のある部分のスイッチを切っていたのかもしれませんね。できるなら面白可笑しいことしか考えたくなかったですし、できるだけ多くそのような言葉を残したいと考えていました。

それでも入院までの1ケ月、このブログをいっさい更新しなかったのは、私が閉じていたせいです。ブログ記事を書くという行為は私にとっては、自分の深いところへおりていくという作業でありまして、私の深いところには悲しみや苦しみ、不満や不安感といったものがなみなみと満ちているので、そんなところへはとても行く気がしませんでした。私は上辺だけで生活しました。けれども私の上辺には明るく朗らかで、この世界の美しさを喜ぶような性質がたしかに備わっているらしいことが分かったのは収穫でしたかね。カラ元気を振り絞ることは、私にも出来る事柄だったんだ!

しかしながら、カラ元気を振り絞ったツケを、いま支払わされています。反動で落ち込むようになったわけではありません。依然として、何も感じないでいるのです。いや、喜怒哀楽を感じてはいますが、それを表現することができません。スイッチが戻らない。うーん、困った。面白いことはたくさんあるのに、言葉にすることができない。この症状はなかなか治らないんだよなー。ああー、困った。


けど、今日で病気は終わりました。……ああっ、もう病み上がりの言い訳がきかなくなる! 便利だったのになあ。「私、いままだ病み上がりなので…ゴホゴホ…」なんて、もう通用しないのか。
なんつって!!☆(ゝω・)

今日で病気は終わりです。
だから、ちょっとホッとすることにして、私のもとから去ってしまった左の卵巣のことを思い出してやろうと思います。そして私が無視し続けていたあの頃の不安感についても、少しずつ触れていくことにしましょう。喪失感を正しく取り戻して、深いところへおりていこう。悲しみや怖れ、さまざまな薄暗い感情を、私の心の半分をそろそろ取り戻さなくては。



てなわけで、もういい加減に精神力を回復させますよ!
次回は、完治してみての具体的な肉体の変化について少しまとめたいと思います(^_^)