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『同級生』/『卒業生』

2010年03月10日 | 読書日記ー漫画

中村明日美子 (茜新社)



《あらすじ》
まじめに、ゆっくり、恋をしよう。
合唱祭前の音楽の授業中、同級生でメガネの優等生・佐条利人が歌っていないことに気付いた草壁光。佐条は歌なんかくだらないのかと思っていたが、ある日の放課後、だれもいない教室でひたむきに歌の練習をする彼の後ろ姿を目にした草壁は思わず声をかける…。

《この一文》
“ そしたら お前の半分を 僕にくれよ ”





恋愛というのは、こんなに眩しいものでしたっけ。
こんな、春の小鳥のように軽やかで、夏の炭酸水のように爽やかで、雪解けのように清らかな、そんなにも眩しいものでしたっけ。いて、イテテ、胸は痛むし、息は詰まるじゃないですか。名作BLを探求しようと思って手に取った本書ですが、これは、いきなり、とんでもないものを読んでしまったぞ……。ループ読みを止められない。


というわけで、中村明日美子さんの『同級生』とそれに続く『卒業生(冬)』・『卒業生(春)』を読んでみました。なんだか、ものすごく売れているっぽい。だが、売れるのはよく分かる。これは凄い。凄く美しい。読めば読むほど、私に染み込んでくる。

恋に、美しいとか醜いとか、そういう区別をしてよいものかどうかは分かりませんが、ここに描かれた恋愛は、たしかに美しいものでした。あまりに美しい。持てるだけすべての純真を、与えられるだけすべての誠実を、相手に捧げようとする、そんな恋があったらいいですね。そんな初恋があったらいい。私はとにかくこのふたりの誠実さと、ふたりが恋愛に対して情熱を燃やしながらも、同時にある種の臆病さを見せるところに心を打たれました。シリーズ最初の『同級生』のあとがきに、作者の中村明日美子さんご自身の文章があるのですが、テーマは《まじめに、ゆっくり、恋をしよう》ということだそうで、その通り真面目な、真面目な恋愛なのです。


バンド少年の草壁光は、同じクラスの眼鏡の優等生・佐条利人(さじょうりひと)が、教室でひとり音楽祭の歌の練習をしているところを見かけ、その意外さに思わず佐条に歌の練習を見てやろうかと言ってしまう。

という、始まりからして美しい。ひとめぼれ、とか。
いや、まあよくある設定と言えばよくあるかもしれません。バンド少年と優等生という意外な組み合わせ、なんていうのは、もはやあまり意外ではない。けれども、恋が始まって、少しずつ積み上げていくその様子を、中村明日美子さんは、とても上手に丁寧に描いているんですね。物語構成ということで言えば、この人はもの凄くうまいようです。ちょっと他のも読んでみたくなった。

また、絵もとても綺麗なんです。基本的に、線が少ない。動作線や集中線のようなものはほとんど見られません。人物も、細い、すっとした線で描かれた、さっぱりした絵柄なのですが、こう、色気があるというか。特に瞳の描き方が独特で、見開かれた瞳の中心に向って線が放射状に収束していくので、私などは時々、佐条の眼に釘付けにされてしまったりもしました。

さて、優れた、品の良いストーリー、繊細で美しい絵ということのほかに、登場人物がそれぞれに魅力的に描かれていることも、このお話を面白くしている重大な要素のひとつです。

主人公のひとり、眼鏡をかけた、百合の蕾のようなたたずまいの佐条利人に、「お前の半分を僕にくれよ」なんてことを言われたら、音楽の原先生でなくとも、草壁光でなくとも、それは狂ってしまいますよね。それは狂ってしまうだろうさ。真面目で寡黙で優等生で、少し浮世離れしているところがあるという、魅力的キャラクターの典型のような少年。
ところで、佐条くんは最初は左利きという設定だったのか、第一話では右手に腕時計をしているのに、その後のお話では左手に付け替えていて、やっぱり右利きであるらしく描かれているのが気になりました。それとも、なにか意味がある表現なのかしら。誰か知ってたら教えてください。

そして草壁光。バンドでギターを弾いていて、感情表現が豊かで、明るくて、人気者で。でも人間関係にはそれほど執着心を見せなかった草壁が、佐条のことに関してだけは異常な執着をあらわにする、というところが醍醐味ですね。可愛くてたまらん。要所要所で物事をはっきりとさせようとするのは、この草壁の役割であるようなので、佐条くんと草壁くんの恋愛は、ほとんどすべて草壁のアクションにかかっています。優しくて、情熱的で、素直で、寂しがりやな草壁が、私は可愛くてたまりませんでした。

それから音楽の原先生。とにかくこの人には幸せになってもらいたい感じです。佐条に密かに思いを寄せていますが、教師なので、大人なので、黙って見ていたら、草壁にかっさらわれてしまいました。そんな境遇がなんとも可哀想なのですが、ギャグ要員として描かれているところがさらに悲哀を誘います。いやでも笑える。面白い。慰め役の橋本先生がまた良いキャラ。

最後に、草壁の友人である谷くん。いいやつ。いいやつだなぁ。


正直言って、初めはさっぱりしたお話だと思ったのです。でも、後になってさざ波のように押し寄せてくるものがあるので、もう一度読んでみたら、もっと面白くなりました。5度目にはさらに、さらに面白くなりました。これは不思議。



レモンイエローの炭酸飲料。その最初の一口のような、喉の奥まで弾けるような、爽やかだけどぴりぴりと痛むような、最初の恋の物語。しかし炭酸飲料というものには、それがいずれぬるくなり気も抜けてしまうだろうという苦い予感も伴うものです。

高校2年生の時に知り合って、好きになって、3年生になり、それぞれに進路も決まり、別れの時が近づいている。同じ制服、同じ靴、同い年で通った学校から卒業する。自分たちの生活を結びつけていた繋がりを失って、また別の物語が始まるということなのでしょう。もしかしたら、ぬるくて苦い結末が待っているのかもしれない。その不安感から、約束が、誓いが、必要になってくる。必死になって繋ぎ止めようとしても、いつかは炭酸が抜けてしまうのかもしれない。
けれども、だからこその最初の一口。最初だけしか味わえない最初の一口を、忘れ得ぬものとしたくなるような、味わい深い物語でした。



ちなみに、『卒業生』の冬、春2冊の帯についていた応募用紙を送ると、描きおろし番外編が載っているという小冊子が貰えるそうです。え…これは、送れってことですよね? え? 500円の小為替が必要なのか。そう言えば、部長(私が所属する、主に名作BL発掘を目的とした秘密倶楽部の先輩)が言ってたっけ。最近のこの業界ではあの手この手のおまけ戦略で金を搾り取ろうとするって……。なるほど、うまいことを考えるものです。ええ、ええ、私も申し込みますよ。郵便局へ走らなくては!