あの松山千春。
なんかドキドキしながら観た。
かつて、
テレビなんか出ない
北海道に拠点を置く
かっこよすぎる大スターだった
コンサートでも
音が気に入らないからと
なかなか始まらない事もあった。
利かん気の
生一本の
男気の
素敵な男が
年を重ねて
広い心を感じさせる男になった。
のど自慢のゲストが松山千春
と言うのは
時代が変わったのだという
事件
とにかくファンサービス満載の
大スター~だった
★千春ってば、あの美声で 愛煙家
★産めば母なのか
★秋雨前線のはざまを泳いでいる
★鏡には、いつの間にか しかめっつら
★慢性骨髄性白血病と言われて5年、元気
★欲が無くなるとともに無感動
★生きるのは、案外苦しい、でも存外嬉しい
★重い荷を背負うのが好きかも知れない
★何もかも加齢のせいにする世間
★アンチエージングが嫌い
★結局、介護は、近くの他人だよな
[引用]
自由律俳句(じゆうりつはいく)とは、五七五の定型俳句に対し、
定型に縛られずに作られる俳句を言う。
季題にとらわれず、感情の自由な律動(内在律・自然律などとも言われる)を
表現することに重きが置かれる。
文語や「や」「かな」「けり」などの切れ字を用いず、口語で作られることが多い
のも特徴である。
特に短い作品については短律とも言う。定型の意識を保ったまま作られる字あまり・
字足らずや句またがり、破調の句などとは区別される[。
また自由律俳句はあくまで定型から自由になろうとすることによって成立する
俳句であり、したがって単なる一行詩がそのまま自由律俳句となるわけではない。
例
生きていく目標が無く余生をどう過ごしたら良いかという72歳の男性に
大原敬子先生と、加藤諦三先生の答えが秀逸。
★夢を持っているかいないかが大切
★価値の相対化
★基準変更
見えるものだけに価値を置くのでなく 見えないものに価値を置く
年を取っているから年寄りということは無い
家族が居るから幸せということもない
一人で、ここまで生きて来たと言うことにも意義がある
結婚だけが、幸せということではない。
仮に、結婚願望が満たされても、相手に不満を持つかもしれないし
自分を看取ってほしくてもできないかもしれない。
とかく、人は無い物ねだり。
我が家は、義母が入院中の今は、介護の負担が少なく
在宅介護になった時のほうがむしろ大変になると思う。
幸せということを考えれば、
義母にとっては、一日も早く在宅介護を願っているに違いない。
幸せというものは、ひとりひとりの
心の置き所で変わるものだと思う。
さだまさしの 楽曲 「SMILE AGAINN」が心に響く。
もしもあなたが今 悲しみの中に居て
よるべない不安に震えているのなら
声にならない声を今 その見えない涙を今
分かち合うことができないだろうか
言葉で伝わらない言葉もあるけれど
せめてこの声があなたに届いたら
勇気をふりしぼって今 涙を拭い去って今
なつかしい笑顔に もう一度会いたい
SMILE AGAIN 祈りは海を越え
SMILE AGAIN 願いは 風に乗り
SMILE AGAIN 夢を忘れない
愛は時を渡る
ひとつあきらめると 百も何かを失う。
希望は、生まれたときから誰もが持っている。
生きていく過程で、何かをあきらめるたび失くしていく、
そんな気がして・・・・
ブログに書くことを、このごろ想いつかないのは
行動していないからだと思う。
たちどまったまま、時が過ぎていく。
かつて 何をしたかったのか
これまでに 何をしたのか
これから 何ができるか
身体の中に残っている希望を振り絞って
一歩踏み出そうか・・・・