本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

つまらない住宅地のすべての家

2024-05-12 08:27:11 | Weblog
■本
41 なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない/東畑 開人
42 つまらない住宅地のすべての家/津村 記久子
43 むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました/石川 善樹 、 吉田 尚記

41 著名な臨床心理士である東畑さんによる、「カウンセリングルームでの実施内容の再現」をテーマにした、エッセイとも小説とも自己啓発書とも読める不思議な感覚の本です。臨床心理士らしく、全編を通して優しいトーンが流れていて読んでいて癒された気分になります。複雑な心をシンプルなかたちに分割する「心の補助線」、私は「本能」と「理性」と理解しましたが、心の二つの側面である「馬とジョッキー」、私は「doing」と「being」と理解しましたが、「働くことと愛すること」、「共同性」と「親密性」を表した「シェアとナイショ」、傷つきを外側へと排泄するか内側で消化するかを表した「スッキリとモヤモヤ」、ものごとを単純化し過ぎる危険性のある「ポジティブとネガティブ」など、「いかに生きるか」を考える上で参考になる視点を教えてくれます。「心の補助線」が強調されていることから一見分析的な本のようにも思えますが、心のいろいろな側面をいったん整理した上で、その様々な側面に優劣をつけることなく、複雑なものを複雑なままに理解しようという姿勢が貫かれています。個人的には「ポジティブな不幸せ」と「ネガティブな幸せ」という視点が、常々「ポジティブさ」を重んじ過ぎる昨今の風潮に違和感を感じていたネガティブな私にとってはとても参考になりました。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ではないですが、「極端なポジティブ」「極端なネガティブ」が問題なのであって、「ポジティブ」と「ネガティブ」にさほど優劣はないのだと思います。決めつけの多い自己啓発書やアドバイス(この本では「処方箋」という言葉が用いられています)とは一線を画す、そっと寄り添うような優しい本です。

42 引き続き津村記久子さんの作品を読みました。こちらは先週読んだ「水車小屋のネネ」の一つ前の作品です。ある住宅地の一区画に住む複数の家族による群像劇です。「ささやかな善意」に溢れていた「水車小屋のネネ」とは異なり、どちらと言えば、各家庭は「悪意」と「わだかまり」(それも「ささやか」で済まされない程度の)を抱えています。その各家庭が、ある逃走犯の騒動に巻き込まれて「ささやかな」交流を持つことにより、それぞれ「ささやかな」解決法や希望を見出す姿が描かれています。人と関わることで嫌な思いをすることは多いですが、それでも「関わる」ことでしか解決できない問題があることを優しく教えてくれる作品です。津村さんの作品なのでそこまでテンションは高くないですが、各登場人物の不満や悩みがある出来事で浄化される構造が、映画の「マグノリア」と似たような印象を持ちました。テレビドラマにしたら面白いかもと思っていたら、すでに2年前に制作されていたんですね。伊坂幸太郎さんの小説を思わせる伏線回収のエンターテイメント性にも溢れていて、津村記久子さんの作家としての引き出しの多さを堪能できる作品です。

43 ウェルビーイング研究の第一人者である石川善樹さんとニッポン放送のアナウンサーである吉田尚記さんのポッドキャスト番組を書籍化されたものだそうです。日本の古典や昔ばなし、そして、落語などを引用しながら日本的ウェルビーイングを考察されていて興味深いです。上昇志向の話(シンデレラのように不遇から抜け出してハッピーエンドに終わる)が多い西洋と比較して、日本はぐるっと回ってきて元の位置に戻ってくる話(浦島太郎のように竜宮城に行って戻ってきて歳を取っただけ)が多いことから、現状維持であっても存在すること(being)の大切さを尊重する日本文化の優しさを指摘しています。何かをしてくれる(doing)という理由ではなく、存在(being)自体を尊いと思う、アイドルなどの「推し」を「今の時代に最適化されたウェルビーイングのかたち」と考えることもできるという指摘と、「推し」の概念を天皇への敬意にまで拡張されている点が、個人的には興味深かったです。また、理系の知を「再現可能な知」、文系の知を「一回限りの知」と表現し、それぞれにメリットデメリットがあるという指摘も文系の私としては励まされました。存在(being)だけで満足していたら社会の進歩がないような気もしますが、これも程度問題で、現在の何をするか(doing)を重視し過ぎる傾向とバランスを取る意味でも、この本で主張されているように存在(being)自体を尊重し寿ぐ姿勢が、それこそよりよく生きる上では大切なのだと思います。


■映画 
41 生きる LIVING/監督 オリヴァー・ハーマナス
42 グロリア /監督 ジョン・カサヴェテス
43 地下室のメロディー/監督  アンリ・ヴェルヌイユ

41 黒澤明監督の名作「生きる」をカズオ・イシグロさんの脚本によりリメイクしたイギリスの作品です。イギリスのスタイリッシュな雰囲気を随所に感じますが、基本的には原作に忠実で、カズオ・イシグロさんの作家性は極めて抑制的な印象です。俳優陣も主演のビル・ナイ以外は知名度が低めで、地味な印象です。それだけに、元々のストーリーの良さを実感することができました。個人的にも定年が見えてきた年齢になったので、主人公が末期がんを宣告された後に、これまでの行動を改めて必死に何かを残そうとする姿に考えさせられるところが多かったです。主人公の死の直後には無気力なお役所仕事を批判していた同僚たちが、しばらくすると以前の事なかれ主義に戻っている描写は、強烈な皮肉を込めつつ人間の本質を描いていて改めて感心しました。カズオ・イシグロさんは大好きな作家なので、もう少し彼独自の解釈での作品を観たかった気もしますが、作品のテーマにマッチした慎ましくも誠実なリメイク作品だと思います。ただ、日本人は原作の方を優先的に観て欲しいとも思いました。

42 先週読んだ「水車小屋のネネ」の中で重要な役割を果たしている作品です。観たことがなかったので、慌てて観ました。若干ベタですが、「水車小屋のネネ」で8歳の妹を連れて家を出た18歳の姉が、自分の境遇とこの作品の主人公の姿とを重ね合わせていることがよくわかりました。ギャングに殺されたアパートの隣人から6歳の少年を預かった中年女性が、少年の気まぐれな行動やその子を狙うギャングに翻弄されつつ、必死に守り抜こうとする姿が描かれています。そのやさぐれた主人公をジーナ・ローランズが実にクールにかつ魅力的に演じています。ストーリー的には粗が多く、こういったひょんなことから他人の子どもを預かり、いやいや世話をしつつ困難を乗り切る間に双方の間に愛情が生まれる、というパターンの映画としては、「レオン」や「セントラル・ステーション」の方が上だと思います。にもかかわらず、津村さんがこの映画を引用したのは、主人公が少年を連れてニューヨーク周辺を逃げ惑う姿をくどいほどに繰り返し描かれている点が、「水車小屋のネネ」の姉の心境に合っているとともに、子育て全般に通じる不安のメタファーとして秀逸だからだと思います。個人的には「セントラル・ステーション」を先に観ていただきたいですが、独特の存在感を放つ作品だとは思います。

43 若い美形の実行犯を演じるアラン・ドロンと経験豊富な首謀者を演じるジャン・ギャバンが共演した1963年公開のフランス映画です。いかにもフランス映画といった、センス溢れるクライムムービーです。楽して儲けたいというこの二人と、その二人に協力しつつも楽して儲けると欲望に制御が効かなくなるので報酬は受け取らないという実行犯の義兄との対比もフランス映画っぽいです。ストーリー的には、カジノの金庫に侵入し現金を強奪する泥棒という「ルパン三世」でおなじみの展開ですが、実行に至るまでの準備の丁寧な描写と侵入シーンの緊迫感により、観ていて飽きさせません。逃亡に失敗してプール一面に現金が浮かぶラストシーンもいかにもフランス映画です。派手さはないですが、アクションシーンよりも人物に焦点を当てた古き良き作品だと思います。ハリウッド映画に少し飽きている方にお勧めです。
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