福田の雑記帖

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本 村山由佳「風よあらしよ」(1) 集英社 2020/9/25 単行本:656ページ 伊藤野枝の評伝

2022年01月14日 18時09分04秒 | 書評
 2021年年末に村山由佳著「風よあらしよ」を読んだ。単行本で656ページもある長編である。



 この本を手に取ったのは20世紀初頭に活躍した婦人解放運動家である伊藤野枝について知りたかったからである。

 伊藤野枝、大杉栄という人物については明治・大正期における日本の代表的なアナキストである。大逆事件で幸徳秋水らが死刑となった後に共産主義の中で目立つ存在になった大杉栄はアナキストの立役者であったために危険視され、関東大震災直後、憲兵隊司令部で二人が不当に殺害され短い生涯を閉じた。これは甘粕事件と言われている。

 大逆事件は有名であるが実効性の乏しい幼稚な計画であり、無政府主義者の陰謀と言うよりも、むしろ検事の手によって捏造された陰謀と言う方が適当なようである。政府の巧みなキャンペーンで一般社会に社会主義の恐ろしさを植え付けると同時に、文学者にも大きな衝撃を与えた。
 徳冨蘆花は一高で「謀叛論」を講演して幸徳らを殉教者と訴え、石川啄木は事件の本質を鋭く見抜いて社会主義の研究を進め、森鴎外や永井荷風は事件を風刺する作品を書いている。欧米の社会主義者も日本政府に多数の抗議電報などを送るなど、抗議運動を展開した。

 伊藤野枝、大杉栄については歴史上の事件を介して若干の知識はあった程度だったから、先入観なく読むことが出来た。このような激動の人生を歩んだ女性が大正の時代にいて若くして殺害されたのかと知って驚いた。彼らは「国家より国民」の無政府主義を理想とし、行動した人たち。当時の恐るべき国家に抵抗した自由主義者である。

 この本は伊藤野枝、大杉栄の家庭の描写から始まる。彼らには五人の子があったが出生届も出さず、二人の婚姻届も出していない。無政府主義の考えに沿って国の機構には始めから頼ろうとしていない。骨太の活動家であった。

 次に、大正12年9月1日11時58分発生した関東大地震の被災の様子に移る。死者・行方不明者は推定10.5万人で、明治以降の日本の地震被害としては最大の被害となっている。
 この地震で「富士山が大噴火した」、「大津波がやってくる」、「伊豆大島が水没した」、「皇居が炎上した」・・・などなどの流言が広まった。

 それらの中でも最もまことしやかに囁かれているのが、「朝鮮人が攻めてくる」というもの。「朝鮮人が大挙して暴動を起こし、強盗、強姦をくり返し、井戸を見れば次々に毒を投げ入れている」。おまけに彼らの後ろには、この機に乗じて何ごとか起こさんとする「社会主義者たちがいて糸を引いている」、という流言であった。

 流言は広まるばかりだった。何しろ政府までもそれを信じてか、「不定な輩を取り締まれ」との通達を下したのだ。またたくまに自警団が地域ごとにされた。逃げれば追いかけ、抵抗すれば問答無用で殺したという。戦争でもないのに不安はさらに不安を煽り、いよいよ収拾がつかなくなって行った。

 こんな社会的背景の中、震災から半月後、二人は憲兵に突然拘束された。

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