リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

バルコニー菜園はベビーブーム

2016年07月13日 | 日々の風の吹くまま
やっと平年並みに戻って、最高気温は22度くらい。霧深い蝦夷の地生まれ育ったワタシに
とっては20度は夏日、25度なら真夏日だから、20度台前半が一番快適。10時近くになっ
てシーラが来て、いつものように毎週土曜日のまじめ掃除でバスルーム担当のカレシが見
落とした汚れやまったく手をつけないシャワールームの徹底掃除。ワタシはスプレーボトル
の汎用クリーナーと簡易モップのドライパッドが要ると言われてSave-On-Foodsへ。いつ
ものブランドがなかったので、携帯でシーラに聞いて指定されたブランドのを買って、ついで
におやつのプチシュークリームも・・・。

掃除の後は、まず午後1時にスカイプレッスンのあるカレシのために簡単なランチを作って、
ワタシとシーラはアールグレイの紅茶を入れて、バルコニーの椅子でシュークリームを食べ
ながらお茶。女同士のおしゃべりは話題が尽きないから不思議。カレシと同い年のシーラは
ワタシにとっては頼りになるお姉ちゃんのような存在。苦労して来た人だけあって、ワタシが
辛くてもがいていたときにつかず離れずで支えてくれた。ワタシには頭の上がらない「妹お
姉ちゃん」もいるし、甘ったれのくせにいつもあさっての方を向いている極楽とんぼがどうし
てこんなにも幸運なのか不思議だな。だって、世の中には甘えたくても甘える人がいない人
たちがたくさんいるだろうに・・・。

ランチを食べたカレシがバルコニーに出て来てシュークリームをさらってぱくっ。さっそくシー
ラにプランターに野放図に育っている野菜の自慢。シーラも負けずにお客のお下がりの蘭
がたくさん花を咲かせたとスマホの写真を見せながら自慢。年の差10日のこの2人、園芸
となるとけっこう負けず嫌いで張り合うから見ていておかしくなる。でも、若い頃から園芸を
趣味として来たカレシが「想定外」の成功に遭遇しっぱなしのバルコニー菜園は自慢しても
いいと思うな。摘み菜の収穫がほぼ終わって、今は実物のベビーブーム。たとえば・・・

    ブロッコリ

    きゅうり

    いちご

    トマト

この2ヵ月ほどはサラダ用の葉っぱはカレシ菜園で間に合っていて、買ってくるのはトマトや
セロリくらいだった。ほうれん草は葉を摘み取って坊主になったと思うといつの間にか新しい
葉が出てくるもので、いったい十何回食べたことか。シーラにあげたきゅうりも花が咲いてい
るそうだし、今から収穫の自慢合戦が楽しみ・・・。

デジタル時代のはかない記憶

2016年07月12日 | 日々の風の吹くまま
今日はちゃんと午前8時に起床。何がないと慌てることなく普通に朝食をして、カレシは英
語教室に出かけ、ワタシは簡単な床掃除。フローリング専用のクリーナーに変えてせっせと
モップをかけていたおかげで、新旧のフローリングの光沢の差があまり目立たなくなってい
る。しばらく前にエレベーターで一緒だった他のユニットの人が、雨漏りで傷んだフローリン
グを取り替えるのに予備の在庫が足りなくて、家具を全部どかして全面的に張り替えるの
でタイヘンだと言っていたな。(ごめん、うちの修理が思ったより広範だったの。)掃除が済
んだら、日曜日にカレシママから借りて来たワタシが一番好な写真をスキャン・・・。

      パパと一緒

ほんとにほのぼのとしたいい写真だな。当時の街頭写真師が撮った写真は他にも新婚
早々のパパとママの「目を合わせて微笑んだ一瞬」とか何枚かあって、どれもすばらしい。
まあ、そうでないと頼みもしないのに写真を撮られたって買う気にもならないか。そこがプロ
の腕の見せどころということか。写真を撮ったのは1935年から1979年に引退するまでの
44年間バンクーバーのダウンタウンの一角で通りかかる人たちを撮り続けた名物写真師
「フォンシー」で、その数は1500万点を超えていたという。

1930年代の北米では各都市の街角で街頭写真師が活躍したそうで、フォンシーも被写体
になった人に引換券を渡し、翌日奥さんが小さな店先でその引換券を持って来た人たちに
現像した写真を売る商売をしていた。デジカメもスマホもなかった時代の人たちの人生の
「ある日」を記録していたわけで、背景にはバンクーバーの街頭風景の移り変わりが写し込
まれている。みんなが普通にカメラを持つ時代になって、街頭写真師は姿を消したけど、当
時バンクーバーに住んでいた人のアルバムにはフォンシーが撮った写真が必ず1枚はある
と言われている。

デジタル時代の今は他人の手を借りずにスマホで自撮り。でも、自撮りであれ何であれ、写
真を保存した記憶媒体に何かあったら、その人の人生のひとコマの貴重な記録が消えてし
まうんじゃないかな。将来は赤ちゃんの頃、幼児の頃、育ち盛りの頃、生意気盛りの頃、悩
める青春の頃と言った自分史の記録が失われて、自分の人生を振り返ろうにも記憶を手繰
る術を持たない人たちがたくさん出てくるかもしれない。悲しいでは済まされない深刻な問
題のような気がするけど・・・。

行きは下り坂、帰りは上り坂

2016年07月11日 | 日々の風の吹くまま
目が覚めたら午前9時過ぎ。ゆうべは寝酒をやりながら子供の頃の話をしていて、寝るの
が真夜中をかなり過ぎてしまったせいかな。カレシが英語教室に行く日でなくて良かったけ
ど、それにしてもちょっと寝すぎ。おまけに朝食担当のカレシはミルクがない、ジュースがな
いとひと騒ぎ。このところ「要るものがない」と言って一緒に買い物に来なかったからじゃな
いの。担当者の在庫管理ミスってこと。まあ、ミルクはたまたまあった低脂肪クリームを薄め
て代用して、ジュースは冷凍庫にあった濃縮ジュースを使って間に合わせたけど、朝食が
済んだらもう10時・・・。

ランチの後は6番ストリートをまっすぐコロンビア・ストリートまで散歩。行きは下り坂だから
楽々。途中でカーナヴォン・ストリートに古めかしいレンガの建物が見えたのでルート変更。
入口の銘板によると、植民地時代の裁判所として1891年に完成し、1898年の大火で外
壁だけ焼け残ったのを1899年に再建したもの。「縛り首判事」として(死後)名を馳せた当
時のベグビー判事(「吊るしちまえ」と言う癖があったけど、実際は公平な裁判官だったらし
い)にちなんで別名「ベグビー・コート」と呼ばれ、市の歴史遺産に指定されている。一度は
カメラを持って来なくちゃ・・・。

そこからスカイトレインの高架下をくぐってコロンビア・ストリートに出たところが「Bridal Row」
(花嫁通り)と呼ばれる一角で、なぜか昔から花嫁衣裳の店が軒を連ねている。ウェディン
グドレス姿のマネキンがウィンドウに並び、花婿のタキシードを売る店もある。結婚式のこと
ならお任せということで、花嫁が必要とするものは全部揃うそうだからすごい。このあたりは
ニューウェスト開基当時の商業地区で、大火で全滅したものの、1950年代の郊外の発展
とアップタウンへのシフトで寂れるまでは市の中心街だった。バンクーバーのガスタウンの
ようなところかな。今は「オリジナル・ダウンタウン」として古い建物の外観を温存しながらの
再開発が進められている。

ダウンタウンの外れは1980年代に高層マンションの開発が進んだキー地区。新しく建つタ
ワーマンションの杭打ちの音がすごい。川べりなので地盤が軟弱らしい。立っている杭の数
はいったい何本あるのやら。全部打ち込むまで毎日この騒音を聞かされるのは辛いだろう
な。ガン!ガン!と後ろから押されて8番ストリートの坂上り。ああ、帰りはコワイ・・・。

古い家族写真が語るもの

2016年07月10日 | 日々の風の吹くまま
日曜日の今日は晴れ。Sundayだもんね、は駄洒落にもならないけど、日が差していれば
気持も軽くなると言うもの。午前中のうちにゆうべ仕上げておいた置きみやげ仕事2つをひ
とつにまとめて、圧縮して納品。日本はまだ夜中だから、今日は仕事鉢巻を外して遊びモー
ド。ランチを済ませてから、カレシママのご機嫌伺い。道順をわかりやすく整理して印刷して
おいたおかげで車線を間違えずにすいすいと走って、30分ほどで到着。

今日はママが持っている写真を見せてもらって、カレシの小学校時代の写真があったらス
キャンするために借りて来ようというのが目的。9月にカレシの母校ブリタニア高校の同窓
会があって、そのときに出身小学校での学級写真があったら持ち寄ろうという話になってい
た。高校(secondary school)はだいたいが8年生(日本の中学2年)からで、日本と違って
入学試験がないから、小学校(elementary school)から同じ学区内の公立高校に進むこと
になっていて、義務教育は16歳までなので、そこでドロップアウト(中退)する子もいる。

ママのアルバムやバラの写真が入った箱には少々色あせた古い写真がたくさんあって、マ
マが「これは私のおじいさんとおばあさん」と見せてくれたのは、ビクトリア朝時代が終わっ
た直後の二十世紀初めに撮った、カレシには曽祖父母に当たるデルフ夫妻の写真で、イギ
リスの典型的な中産階級と言う印象。あの頃の肖像写真はみんな大まじめで何となく怖い
顔をしているけど、大おじさん、大おばさんたちの面影はカレシにも伝わっているみたい。ス
コットランド人だったカレシのおじいさんの若い頃の写真は末弟のデイヴィッドにそっくりだし、
2歳のカレシと1歳の弟ジムが顔を寄せ合っている写真には、カレシにもこんなにかわいら
しかったときがあったのかと見入ってしまった。(まあ、誰でも赤ちゃんのときはかわいいけ
ど・・・。)

カレシが探していた学級写真は1年、4年、6年のものが見つかって、カレシの子供時代の
写真と一緒に借りて来た。御年16歳のクールな写真はカレシが箱に戻してしまったけど、
ワタシのお気に入りは、パパと手をつないで何か話しながら歩いている4歳頃の金髪坊や
のカレシを若いパパが長身を折り曲げて聞いているほほえましい写真で、街頭写真師が撮
ったもの。(当時はダウンタウンに通行人の写真を撮って売る写真屋がいた。)古い写真は
ワタシの(養)家族の歴史の空白を埋めてくれるような気がするから好き。

ストレスが減ったら寝る子は太らない

2016年07月09日 | 日々の風の吹くまま
土曜日。寒いっ!午前8時になってもルーフデッキの気温は12度。みんないったいいつに
なったら夏が来るんだろうとイライラ。向こう2週間の長期予報によると、最低気温は平年よ
り少し高めだけど最高気温は平年より低い状態が続くらしい。(夏が半分終わっちゃう・・・。)
でも、夜間の気温が高めなら家庭菜園は凶作にならないと思うから、昼間が暑すぎないの
は悪いもんじゃないな。

ぐっすり眠ったようで、目が覚めたのは午前6時半。前は寝付いてから3、4時間でいったん
目が覚めてしまったもんだけど、最近は5時間以上通して眠れることが多くなった。旧居の
生活時間では、寝付いてから3、4時間後は午前7時前後で外の世界が騒々しくなる頃だっ
たから、無意識に騒音に叩き起こされることを予期した脳が先回りして体内時計の目覚まし
を鳴らしていたのかもしれない。引越しのときに一気に減った体重は11ヵ月を過ぎた今でも
横ばい。ワタシはストレスが続くとよけいに食べなくても体重が増える傾向があるんだけど、
新生活で眠りの質が改善されたことがストレスの軽減に役立っているんじゃないかと思う。

月月火水木金金で1日10時間は仕事をしていた頃には「適正体重」を5キロくらい超えた
のが、人生の大嵐にもまれてあっという間に激やせして、「M」の領域だった服のサイズが
「S」よりも小さい「XS」になってしまい、クローゼットの服は全部ぶかぶか。生活が落ち着い
てからは小さいサイズの服を新調した手前、太らないように気をつけていたんだけど、5年く
らい前から増え始めて、去年の初めには適正体重を3キロ超えていた。半現役になって仕
事を減らしたんだからストレスも減ったはずなのに、じわじわ増える一方。それが2日がかり
の引越し作業でいきなり適正体重に戻って、そのまま安定したからびっくり・・・。

人間のストレスには突発的な「戦うか逃げるか型」のストレスと飢饉の冬を耐えるような「持
続型」のものがあって、前者では精一杯戦うか全力疾走で逃げるかするために体重を落と
して身軽になり、後者では体力を維持するために代謝率を下げて脂肪を蓄えるんだそうで、
先史時代に遺伝子に組み込まれたものらしい。つまり、慢性的なストレスを減らして眠りの
質を改善すれば基礎代謝率が高まって、寝ている間に余分な脂肪を燃やせるわけで、ダイ
エッターは果報を寝て待ち、ダイエットしてないワタシは現状維持・・・。

手持ちぶさたになると・・・

2016年07月08日 | 日々の風の吹くまま
もう金曜日。あっという間に1週間が終わる。夏のシーツと木綿のブランケットに変えたのに、
夜はちょっと寒いくらい。昔は暑がりだったカレシが寒くて目が覚めると言うので、とうとうゆ
うべはしまってあった純毛の半毛布を出して、ブランケットの上にかけて寝た。7月だと言う
のに、もう。でも、寝酒をやらずにわりと早寝したせいもあるけど、やっぱり適度に暖かくなっ
てよく眠れたような気がする。

いつものところからいつもの駆け込み注文の置きみやげ仕事。この会社も何かブラックっぽ
くなって来た感じで、コーディネータさんも辟易しながら、ワタシが長らく担当して来ている長
い付き合いのクライアントだから断らないとわかっていて、金曜日の最後に「お願いしまぁす」
とメールを飛ばして来る。まあ、よく考えてみると、フリーランスの看板を出して以来、こうい
う時間的に引き受ける人が見つからないような仕事やベテランは見向きもしないような小さ
な仕事を拾って来たから人並み以上に稼いで来られたんだと思う。No job too big or too
smallってことだけど、日曜日の午後までにやればいいから、今日は棚上げ・・・。

午後はカレシがスカイプレッスン2つで手いっぱいなので、ちょっぴり手持ち無沙汰な感じの
ワタシは(仕事をすればいいのに)ひとりで川向こうのサレーにあるDIYセンターに行ってみ
ることにした。我が家からはパタロ橋のアーチの向こうに幅広の建物が見えるし、近くには
スカイトレインのスコットロード駅があるはずで、郊外の駅なら近くにショッピングセンターくら
いありそうだと踏んで、いざ探検。でも、いざ駅に着いてみたらだだっ広い駐車場があるだ
けで、ショッピングセンターなんかないし、目指す量販店までは広い空き地の中にできた踏
み分け道をてくてく。店はものすごく大きかったけど、びっくりしたなあ、もう・・・。

夜はカレシの発案でメトロタウンにあるBest Buyへ。駐車場が込んでいそうなので、少し
離れた裏通りに止めて、インドア型ショッピングセンターのMetropolisの端っこのベイから
入って、反対側の端っこに連結して新しくできたショッピングセンターStation Squareまで
延々と歩く。メトロタウンがあるバーナビーは30%以上が中国系なので、リッチモンドに来
たような感じがしないでもない。Best Buyではカレシはこれから買うラップトップの下見。ワ
タシは2台目のラジカセCDプレーヤーをミニアトリエ用に買ってほくほく。でも、暇だと買い
物に行きたくなるというか何というか・・・。

何だかエコでのんびりの雨の日

2016年07月07日 | 日々の風の吹くまま
雨。寒いなあ。カレンダーを見れば7月のはずなんだけど、予想最高気温が20度以下。今
日はカレシが出かけている間にリビングの大まじめ掃除。ソファもコーヒーテーブルもエリア
ラグもぜんぶ窓際に動かして、まずソファの下になる部分、次にラグの下になる部分、と順
番に箒でさらさら、モップでごしごし。エリアラグには掃除機をかけて、よっこらしょとテーブ
ルを置いて、普段は手をつけない部分をきれいに掃除。家具は「フローリング床仕様」で注
文したので、どれも下にウレタンのパッドがついていて、女の細腕でもひとりでけっこう楽に
動かせる。(本人はわりと腕力があると思っているけど・・・。)

雨が小休止した3時過ぎにティペラリー公園のマーケットへ。隔週で来る塩屋のテントでは
すっかり馴染みになったお兄ちゃんがせっせと編み物をしていた。羊毛を自分で梳いて、紡
いだ毛糸で編んだショールをスティーブストンに開いた店で秋の商品として売るんだそうな。
半分ほど編み上がったショールの何とも言えないほわんとした手触りに惚れ込んで、どうし
ても欲しくなっちゃった。でも、そんなにたくさん作れないからマーケットでは売らないんだそ
うで、スティーブストンまで行かなきゃだめかなあ。それとも、何とかお願いして、前払いの
予約としうことにして、マーケットに持って来てもらおうか・・・。

寒さに負けずに賑わっているマーケットを端から端まで回って、カレシは今朝収穫したばか
りと言うカリフラワーと黒にんにくとアップルパイのジャム、ワタシは鮮やかな黄色のパティ
パンスクォッシュといつものブリオシュパン。トートバッグはずっしりと重い。4番ストリートを
上がって帰る途中で大きな瘤だらけのカエデの老木の写真をとっていた2人連れの男性と
しばし樹木談義。市内の樹齢の高い大木を保護する活動をしていて、古い家の建て替えや
マンション開発が活発になると、大きく茂った木が邪魔扱いされて次々と伐り倒されてしまっ
て、ニューウェストから緑がなくなってしまうから、特に保存したい「天然記念物」級の古木の
目録を作っているんだとか。

夜は久々に本格的な雨。夕食後は雨にかすむ夜景を眺めながら、ソファにカレシと並んで
座ってフットボールの試合を見た。あまりぱっとしない試合で、BCライオンズは負けちゃっ
たけど、テレビの前で一緒にひと時を過ごすのはほんとに久しぶり。こんなご隠居さん暮ら
しもいいもんだね。

注文品が間に合ったし、スツールを買ったし

2016年07月06日 | 日々の風の吹くまま
水曜日。郵便はまだ動いているようで、郵便箱をチェックしたら、雑誌やカタログに混じって、
いつもの商店街のチラシや不動産屋の「高く売ってあげます」広告でいっぱい。チラシや宛
名のないダイレクトメールはメールルームの隅に置いてある大きなくず入れにポイ。旧住所
からの転送ラベルを貼ってある葉書はよく見たらカナダポストからの「転送サービスの終了
まであと1ヵ月」というお知らせ。「サービスの延長は最寄の郵便局へ」なんて書いてあるけ
ど、郵便が止まったら転送も何もあったもんじゃないじゃん。

そろそろランチの時間というときに道路向かいの私営郵便局から「小包到着」のメール。ア
マゾンで買った「サウンドマシン」。やったぁ、間に合ったぁ。ぐずぐずしていられないと、番号
をメモして引き取りに。マンションの玄関からまっすぐ道路の真ん中を突っ切って向かいの
郵便局へ猛ダッシュ。郵便公社のサイトで登録して特定の郵便局に「仮想私書箱」を作って
おくと、小包が着いたときにメールで知らせてくれるサービスで、日中家にいない人たちに
は便利至極。ストが始まっていたらあと一歩で間に合わないところだった。ふう・・・。

     

ワーカホリックだった頃に覚醒しすぎた脳をリラックスさせるためにサウンドマシンを使い始
めて、今日届いた新しいマシンは3台目になる。生活時間が変則的だった旧居では朝の騒
音対策として手放せなかったけど、普通の生活時間になった新居では夜が静か過ぎて寝つ
けないので、音を出して眠りを誘っていた。でも、愛用の2台目に寿命が来ている兆候が表
れて来たので、壊れる前に新調することにした。何しろ長年子守唄代わりに聞いて来た「雨」
のぴちゃぴちゃという音がなくなったら眠れそうにないもの。(ちなみに旅行には時計兼用の
小型のマシンを持って行く。)

     

ランチの後でカレシがスカイプレッスンをやっている間にモールへひとっ走り。ドラッグストア
で切らしたものを買って、ついでに立ち寄ったウォルマートで見つけたのがガス圧で高さを
調節できる「スツール」。ワタシの「ミニアトリエ」で使うのにぴったりだし、しゃれてるし、セー
ルでたったの4千円だし、箱は持って帰れる大きさと重さだし、ということで衝動買い。3分で
組立てて、うん、いいね。でも、アトリエの周りを整理せずに放っておく言い訳がなくなってし
まった。去年から頓挫したままの整理整頓、やらなくちゃ・・・。

このデジタル時代に郵便ストだって?

2016年07月05日 | 日々の風の吹くまま
朝からしょぼしょぼの雨が降ったり止んだり。それでもまだバーンズボッグで消火作業を続
けている消防隊には恵みの雨。今日中には延焼を完全に食い止められる見通しとか。焼失
面積78ヘクタール。東京ドームは約4.7ヘクタールだそうだから、ゆうに16個半の面積。
(11年前には東京ドーム42個分の200ヘクタールが焼けた。)エアタンカーの取水のため
に船が退去させられていたフレーザー川も、今日は埠頭には自動車専用船が入って来たし、
タグボートやはしけもいつものように往来している。うん、どうやらもう大丈夫そう・・・。

カナダ郵便公社と郵便職員組合の間での団体交渉が難航していて、この2週間ほど郵便
が止まりそうだと言われて来た。まず組合投票でスト権が成立し、72時間前の通告でいつ
でもストに入れる状況になり、連休からストが始まると予想されていたのが、要求の修正案
を出して「水曜日まではストはしません」。もっとも、週末に投函したって週明けの2日間で
宛て先に届く可能性はほぼゼロだとみんなわかっているから、組合としては法定祝日だっ
た金曜日プラス週明けの2日はさして仕事もせずに給料をもらえるというおいしい話で、何
かええかっこしいの感・・・。

ところが今朝になって雇用者側がロックアウトを通告して、金曜日から郵便がストップする
公算が大になったもので、組合は「5万人の組合員を路頭に迷わせることで理不尽な要求
を飲ませようとしている」と大憤慨。おいおい、「ストをするよ。郵便を止めるよ。じじばばに
年金の小切手が届かなくなるよ」って圧力をかけて要求を通そうとしていたのは組合じゃな
かった?ストに入れば5万人の組合員が無給になって、毎日ピケを張ってやっと雀の涙の
スト手当てがもらえることになるんだから、同じことじゃないかと思うけど・・・。

トルドー君は労使交渉を尊重してスト中止命令を出すつもりはないそうなので、ロックアウト
したら郵便がいつまで止まるかは神のみぞ知る。ネットも宅配会社も何にもなかった40年
前には40日以上もストが続いてみんな大変な迷惑をしたけど、今は郵便がなくてもあまり
困らないデジタル時代で、ネット通販だって郵便小包よりも早いFedExやUPSを使うとこ
ろが多い。でも、ちょっと待てよ。そういえば先々週アマゾンに注文した品があって、今週中
にカナダポストが届けて来ることになっていたんだ。郵便が止まる前に届くかなあ。知らな
いよぉ・・・。

☆とかいなか暮らしもいいもんだ

2016年07月05日 | 日々の風の吹くまま
7月4日。もう1年が半分過ぎてしまった。ニューウェストミンスター市民になって11ヵ月。もっと前からここに住んでいたような気がするのは、それだけ新しい環境に馴染んだと言うことか。総人口250万人の「メトロバンクーバー」の地理的な中心にあって、四方をバーナビーとコクィットラム、リッチモンド、川向こうのサレーという、いずれも移民の流入で近年急速に発展しつつある都市に囲まれた人口7万人そこそこの「スモールタウン」がニューウェストミンスター市。その地理的な中心がアップタウン地区にある「Sixth & Sixth」と呼ばれる6番アベニューと6番ストリートが交差するビジネスセンターなんだけど、初めて来たときの印象は「とある地方都市の○丁目商店街」。駐車場を備えた2フロアのインドア型ショッピングモールがあって、その後ろには1980年代から90年代に建てられたしゃれた高層マンションが並んでいるのに、夜になれば通りは閑散として、開いているファストフード店も人影はまばら・・・。

新しい生活が落ち着いたら、新しい「我が町」のことをもっと知りたくなって、週刊コミュニティ新聞『New Westminster Record』デジタル版をブックマークして定期的に読むようになった。(めったにない)事件のニュースや(かなり活発な)文化活動やイベントなどの身近なニュースに混じって、市議会や市役所の活動もけっこう詳しく報じているところはいかにも「スモールタウン」らしいと言えるかな。最終的に私たちの新居になったマンションはゾーニングが「コミュニティ商業区域(高層)」(商業施設と集合住宅の混合用途)になっていて、正面玄関の両側は貸し店舗になっている。片側に歯科と補聴器クリニックが入っているけど、もう一方は空いたまま。向かいの建物も空き店舗があるし、6番ストリートには「テナント募集」の張り紙をしたウィンドウがあちこちにある。市が進めている「アップタウン活性化」はまだ途上という感じだけど、それでもモールにウォルマートが進出するなどして、Sixth & Sixth界隈はかなり活気が感じられるようになって来ている。

ニューウェストミンスター市の街づくりの目標は「ウォーカブルシティ」で、交通政策の主軸は「歩行者最優先」。面積がわずか15平方キロの気がついたら通り抜けてしまっていそうな小さな街で、生活基盤が基本的に徒歩圏にあるもので、歩行者は王様みたいなところがある。マンション前の道路と6番ストリートのT字型交差点はコーヒーショップのティムホートンとスターバックスが向かい合っているので「Coffee Crossing」と呼ばれていて、歩行者は信号のないレンガ色の横断歩道をコーヒーカップ片手に我がもの顔に渡るので、歩行者が続くときは6番ストリートは渋滞しがち。止まった車に後続車が追突することがあっても、のろのろ運転なので大事になることはないらしい。6番アベニューの図書館前とモールの間にある横断歩道には歩行者が渡ろうとしていることを知らせる「beg button(お願いボタン)」というのがあって、ボタンを押すと黄色の信号が急速に点滅するようになっている。歩行者が車に「お願い」して止まってもらうという趣旨なんだけど、みんなボタンをピッとやると同時に渡り始めるし、自動車の9割はきちんと止まって、歩行者が渡り切るまで辛抱強く待っているから、どっちが「通らせて」とお願いしているのかわからない。

都市学の修士号を持つジョナサン・コーテ市長は36歳で、市会議員を3期務めた後に、おととしの市町村選挙で現職市長を大差で破って初当選。フレーザー川上流のポートマン橋の有料化で古いパタロ橋を利用する車やトラックが急増して市内の主要道路の混雑や騒音が問題になっていた折、その緩和を選挙公約に掲げ、就任後は優先政策として進めている。市の交通計画の目標は2031年までに市内での移動手段の50%を徒歩と自転車、公共交通にすることだそうで、ダウンタウンのマンションに妻と3人の子供と住む市長自身も徒歩通勤。駐車スペースは不要だから市役所に来る市民に利用してもらおうと、市長専用駐車スポットに自転車ラックを設置してしまった。散歩がてら市役所裏を通ってみたら、自転車6台分くらいのラックがコンクリートの地面にボルトでしっかり固定されていて、「市長専用/駐車禁止」の標識に「自転車は除く」と付け加えてあった。(急な坂が多いせいか自転車はあまり見かけないけど。)

「スモールタウン」ニューウェストでは隣の隣で「世界一流」を誇るバンクーバーでは考えられない光景がよく目にとまる。たとえば、ある土曜日の午後、サイレンも鳴らさずに来た消防車が5番アベニュー角の銀行の前に止まり、降りて来た消防士?が銀行の中へすたすた。「銀行で金を出して来るんでちょっと借りるよ」ということだったのか、しばらくして消防士が戻って来て、消防車は何事もなかったように走って行った。暇なところなんだなあと思っていたら、今度は同じ銀行の前で車がエンスト。ドライバーと信号待ちの歩行者と後続車のドライバーの3人がかりで銀行の裏の駐車場へ移動させた後、手伝ったドライバーが後ろで立ち往生していたバスに「や、どうも」的に手を振って車を発進させ、バスの後ろで数珠つなぎになっていた車も何事もなかったように動き出した。その間、誰もクラクションを鳴らさずに辛抱強く待っていたからびっくり。

くだんのCoffee Crossingのティムホートン側の角にはいつも人が集まっていて、消火栓をテーブル代わりにコーヒーを飲みながら談笑しているんだけど、先週この角に忽然と「ミニ公園」が出現した。6番ストリートからの左折進入を禁止して、駐車スペースに木のテラスを作ってプランターやベンチを置き、車道部分は低いバリアで囲って人工芝を敷き、おしゃれなテーブルや椅子を並べてある。公園課の職員がまだプランターに花を植える作業をしている傍から椅子はもう満員。このミニミニ公園はコーテ市長が出張先のアメリカから持ち帰ったアイデアに基づくパイロットプロジェクトのひとつなんだそうで、他にも市内のあちこちの歩道にテーブルと椅子を置いて通りがかる市民に利用してもらう計画だとか。

6番ストリートをまっすぐ下がったところ、首都をビクトリアに取られなければ今頃は州議会議事堂が建っているはずの一角にある市役所へ固定資産税の補助金申請と繰延べの申請をしに行ったときのこと。正面玄関を入ってすぐのところ窓口業務のカウンターがあり、向き合う形で案内デスクがある。そこで受付の女性にどの窓口に行ったらいいのか聞いたら、「どうぞお座りください」。待たされるのかと思ったら、書類をチェックして、PCに向かって手続きを始めたのでびっくり。自宅所有者の補助金申請の「受付」スタンプを押したところで「ちょっと失礼」。デスクの下においてあった箱から犬のビスケットを出して、電気料金を払いに来た人が連れていた2匹のワンちゃんに「はい、おやつ」。(飼い主と一緒に列に並ぶペットのために用意してあるらしい。)何とものんきなところだなあと感心したけど、ニューウェストではスーパーでも銀行でも街角でもどこでも、知っている人同士のみならず、明らかに知らない人同士の交流風景が日常的に見られる。

郊外が波紋のように広がって行くメトロバンクーバーでドーナツの穴のような存在だったニューウェストは、大都市圏の便利さを享受しながら、知らず知らずのうちに誰とでも「知り合い」になってしまえる田舎っぽさを色濃く残しているということで、今どきの日本語で言う「とかいなか」なんだろうと思う。不動産バブルでバンクーバーから閉め出された子育て世代や郊外からダウンサイズするシニア世代がニューウェストに続々と移り住んで来て、10年後には人口が10万人を突破すると予測されているので、いつまでまったりした「とかいなか」でいられるかはわからないけど、州最古の市、元首都としての由緒あるニューウェストミンスターの雰囲気を守りながら都市再開発を図って行こうという若いコーテ市長の施策は、第1期目の張り切りもあるとしても、成果を上げつつあるように見える。住んでいる人、住んだことのある人が口をそろえて「好きだ」と言うニューウェストミンスター。「とかいなか」がこんなに住みやすいところだとは想像もしなかったけど、もうすぐ市民歴1年の私たちも今ではすっかり「ニューウェスト大好き」。とかいなかバンザイ!


何だか漂流し始めたような・・・

2016年07月04日 | 日々の風の吹くまま
月曜日。花火に火災警報騒ぎに湿原火災と、何だか「火」がテーマみたいだった三連休が
終わり。きのう発生したバーンズボッグの火災は78ヘクタールまで燃え広がったものの、
夜通しの消火作業の甲斐があって、心配されたティルベリー工業団地への延焼は免れた。
湿原に近い区域に出たままの退避命令も今日中に解除されて、夜のシフトから操業を再開
できるらしい。バルコニーに出ると白い煙がバンクーバーの方へ低く這っているのが見える。
大気汚染注意報は出なかったし、地中の泥炭に燃え移った兆候もないようだし、おまけに
天気はしばらくぐずついて雨がちという予報だし、やれやれひと安心。

学校が夏休みに入ったばかりだと言うのにもう「Back-to-School Sale」を始めた量販店が
あって、賛否両論を呼んでいる。北米では9月に新学年が始まるので、その準備のための
通学用の靴や衣服、学用品のセールがある。昔は8月の下旬くらいに始まったのが、中旬、
上旬とだんだん早くなっていた。親が共働きの家庭が増えたことだし、8月の初めくらいなら
あまり違和感はないけど、いくらなんでも7月上旬は早過ぎる気がするな。でも、5月半ば頃
から夏休みの需要を狙った公文の塾のコマーシャルが流れていた。9月にはハロウィンの
セールで、10月にはクリスマスセールで、1月早々からバレンタインデーセール。そんなに
急かせるなって・・・。

トルドー君が参加したトロントのプライドパレード。Black Lives Matter (黒人の命も大切)を
標榜する活動家グループが警察の山車の参加を阻止しようと座り込んでパレードの開始を
遅らせた挙句、主催者に何か条だかの要求書を突きつけたんだそうな。プライドパレードっ
て、性的マイノリティが社会的な受容と平等な処遇を求めた運動から始まったんじゃなかっ
たかな。警察官にだってゲイもいれば黒人もいるんだけど、(自分たちが)受け入れられな
いから排除しろと言うのはプライドの目的に逆行するんじゃないのかな。ミイラ取りがミイラ
になったというか・・・。

バンクーバーでは、カナダデイの日に美術館前で「カナビス(マリファナ)デイ」の抗議イベン
トを企画した2つのマリファナ合法化活動グループがけんかを始めたそうだし、近頃の「権
利獲得活動家」たちは目標を見失って、仲間同士でてんでに勢力争いをやっている感じが
する。彼らの活動の振り子も行くところに行き着いて振り切れたということかな。何というか、
みんな漂流しているような・・・。

湿原が燃えている!

2016年07月03日 | 日々の風の吹くまま
カナダデイ三連休の最終日。8時過ぎにのんびり起きて、朝食が済んだら、カレシはバルコ
ニーで「庭仕事」。何しろみんな野放図に育って、ブロッコリやきゅうりなんかジャングルみた
いに葉が茂っているからすごい。ときたま上昇気流?に乗ったハエや蜂が来るけど、葉巻
みたいに太いナメクジは上って来れないし、鉢植え用の土を使っているので雑草が生えて
来ないからかな。バルコニーは家の中の延長のような感じなので、カレシがまめに水遣りを
したりして、かいがいしくめんどうを見ているせいもあるだろうな。

午後は肥料と園芸ルームの隅に置く棚を買いにMarket CrossingのCanadian Tireへ。
樹脂製の組立て式4段棚と収納箱兼用のテーブルを買って家路に着いたら、バックミラー
に白と夕焼けのようなピンクの混じった雲が火山の噴煙のようにもくもく。こんな雲は見たこ
とないし、煙にしては黒くなくてヘンだねえと言いながら帰って来て、ドアを開けたとたんに
つけっ放しだったラジオから「バーンズ・ボッグで火災発生。急速に延焼中」というニュース。
バルコニーに出たら、おお、白い煙がもくもく。風があるから広がりそう・・・。

 

バーンズボッグはデルタ市にある広大な泥炭地で、ニューウェストから20キロ。泥炭採掘
などで、現在は面積がかっての半分になっていて、30平方キロ(ニューウェストの2倍)が
湿原生態系の保護地になっている。保護地は一般の立ち入りが禁止されているけど、とき
たま侵入する人の不始末や落雷で火事が起きる。表面の火は空からの消火活動で消せる
けど、いったんメタンを大量に含む泥炭に燃え移ると長い間地中でぶすぶすと燃え続けて、
自然鎮火を待つしかない。ワタシが覚えているだけでも、過去40年にメトロバンクーバーが
煙に包まれる大規模火災が数回あった。

夕方には風向きが変わって、サレーを覆っていた煙がニューウェストの方へ流れ始め、窓
の外がかすんで来て、ピートの燃える匂いがして来た。7時過ぎには煙が西に移って、もや
は晴れたけど、フレーザー川からすべての船を退去させてのエアタンカーによる消火作業
にも関わらず北へ広がって、閉鎖された州道17号線(産業道路)を飛び越え、ティルベリー
工業団地に向かって延焼中。操業中の工場には退避命令が出ているそうだけど、工業団
地に燃え広がれば、メトロバンクーバーの経済が受ける打撃は大きい。トヨタ自動車のアル
ミホイール工場もあるし、えらいこっちゃ・・・。

せっかくご馳走を楽しんでいるのに

2016年07月02日 | 日々の風の吹くまま
カナダデイのきのうはメトロバンクーバー中で花火大会。ニューウェストの花火は道路向か
いのマンションがちょっと邪魔だったけど、屋根が傾斜しているので9割がた見えて、近い
から迫力があった。あちこちで「ハッピーバースデイ!」の歓声が上がり、停泊中の貨物船
がぶおぉ~んと汽笛を鳴らしてお祝い。旧宅では音が聞こえるだけだったけど、今年はご当
地のだけじゃなくて、南の地平線にはホワイトロックとサレーの花火、上流のポートマン橋の
向こうにはポートコクィットラムの花火もよく見えて、あっちこっちと首をひねりっぱなし。さて、
4つの花火大会を採点するとしたら、高く上がって、大きくて、数も多かったサレーかな。

今日は三連休の中日で、起床は8時過ぎ。空いっぱいに白い雲がぼこぼこと浮かんでいて、
風もあるので7月としてはちょっと涼しい。先週はなんだかんだと一度も「中間」掃除ができ
なかったので、今日はいつもより念入りに床を掃いて、モップがけ。1週間もやらないでいた
らさすがに汚れがすごい。モップのパッドはいつもよりずっとすごい汚れようで、真っ黒け。
来週からまたもうちょっとまめにやるように心がけないとね。大汗をかいて掃除が終わって
ごみを捨てて来たら、もうランチの時間で腹ペコ・・・。

青空が広がった午後はのんびりして、4時過ぎに夕食の買い物。今日は(午前中だけだけ
ど)よく働いたから、ど~んとステーキを食べよう。大き目のひれステーキと白いとうもろこし
を買って来て、ししとうも乗せてレンジでグリル。スマッシュポテトにはさっとバター炒めした
しめじとマッシュルームを混ぜて、ちょっとバーベキューパーティ風。桜の木で燻製した塩を
振ったステーキはいい具合にミディアムレアに焼けたし、とうもろこしは甘いし、ししとうも適
度にぴりっ。ワインを傾けながら・・・。

楽しんでいたら突然ピッコン、ピッコンと火災警報。バルコニーに出てみたけど煙の臭いは
しない。デッキに出ていたカレシも「静かなもんだよ」。やれやれ、またかいな。ひと月くらい
前にも騒ぎがあったばかり。また粗忽な人のせいでディナーを中断されるのもしゃくだからと
食事を続けていたら、消防車のサイレンが聞こえて、しばらくして警報が鳴り止んだ。一度
鳴らしたら消防士にしか止められないのかな。でも、あんまり空警報を鳴らしていると、本物
の火事だったときにかなりやばいんじゃないかと思うけどなあ。

建国記念日に別れ話も何だけど

2016年07月01日 | 日々の風の吹くまま
7月1日。カナダデイ。カナダの「建国記念日」で、今年149周年。数字的には若い国だけど、
ケベックにフランス人が入植したのが17世紀早々で、今のケベックシティが拓かれたのは
1608年、イギリスの(スコットランド人の)ジェームズ1世がニューファウンドランドに植民地
を作ったのが1610年だから、月曜日に独立記念日を祝うお隣のアメリカと並行する歴史を
持っている。

ちなみに最初の植民地であるニューファウンドランドが最後の植民地としてカナダ連邦に加
入したのは第2次大戦後の1949年のこと。バンクーバー島植民地と本土のブリティシュコ
ロンビア植民地を1866年に統合して成立したブリティッシュコロンビア植民地が大陸横断
鉄道の延伸という餌に釣られて連邦に加入して州となったのは1871年。後者は発見され
た金を目当てにアメリカ人が押し寄せてアメリカ領になってしまうのを防ぐ目的でビクトリア
女王が英領植民地として勅許したもので、ニューウェストミンスターは女王が直々に命名し
た首都だった。(勅許状を請願した人たちは女王様に「アメリカ人が通り過ぎた後に残って
いるのはウィスキーの空き瓶と私生児ばかり」とアピールしたらしい。)

首都がバンクーバー島に移った裏には、女王が任命したダグラス総督がニューウェストが
大嫌いでビクトリアにいることが多かったので、市の礎を築いた王立工兵隊の司令官ムー
ディ大佐に市民の人望が集まり、むくれた総督が植民地議会で裏工作をして移転案を可決
させたという話がある。ビクトリアは英国本国から移住して来た人たちが主流で英国人気風
が強かったのに対して、ニューウェストはカナダ東部から大陸を横断してきた「カナダ人」が
主流で実務的な思考を持っていたという背景もあったようで、今でもジョージア海峡を隔て
て心理的な溝があるような感じ。

そのバンクーバー島では、本土からの分離を掲げる政党ができてちょっとだけ話題になっ
た。創設者は元オンタリオ州議会議員で30年前にバンクーバー島に「移住」した人。来年
の総選挙では島内の全選挙区で候補を立てると張り切っているとか。本土側にだって、カ
ナダから分離して、アメリカのワシントン州、オレゴン州と連れ立って「カスケーディア共和国」
を建設しようという人たちがいる。建国記念日に別れ話もなんだけど、何か「じゃ、出て行き
ます」的な、何ともまとまりのないご時世になって来たような・・・。