リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

中国から乗り継ぎの旅をして来た小包

2014年12月23日 | 日々の風の吹くまま
暗い。今日も雨模様。正午過ぎに起きて、FedExの配達がまだだったのでカレシはおかん
むり。どうやらサインした通知を取り戻して、ゲートをロックしたらしい。今日はクリスマスの
小包の配達が集中する一番忙しい日なんだから、そのままにしておけば指示通りに置いて
行ってくれるのに、どうしてそうやってへそを曲げては事を難しくするんだろうなあ。

ググッてパッケージを追跡するサイトを見つけて、FedExのロゴをクリックして、不在通知に
書いてある番号を入力して、「追跡」ボタンをクリックしたら、ほらっ、現在位置は「FedEx車
両」ってなってるじゃん。元通りにしといたらと配達の人も待たなくて済むよと言ったら、カリ
カリし始めたカレシ。じゃあ好きにすればと言ったら、「郵便受けに入らなかったらチャイムを
鳴らせと書いて、郵便受けのノブにかけておく」と、カレシ流の妥協案?を出して来たから、
あなたっておもしろい人だよねえ、ほんっと。結局は、家の外でエンジンの音がするのを聞
きつけて「どこのどいつだ?」的に外に飛び出したカレシがFedEx車両に遭遇して、その場
で小包を受け取って、めでたし、めでたし。

この追跡サイトは送った方が配達状況を追跡することを想定しているけど、追跡番号があ
れば受取人でも調べられて便利。発送から配達までの足取りが(発送人の現地時間で)順
に表示されているので、起点から追ってみたら、19日に広東省の広州で発送されて、新圳
で輸出手続きをして、日本の泉南市を経てアメリカのテネシー州メンフィスに送られて、そこ
からバンクーバーに移送され、通関後にリッチモンドにある仕分け施設に送られて、月曜日
22日に配達。受取人「不在」のためリッチモンドのオフィスに戻り、今日の朝再トライのため
に「FedEx車両」に載ってオフィスを出発。午後「配達済」。

何だか乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎの旅をして来たみたいだけど、日本の泉南は関西空港があ
るところだから、そこで積み替えしたんだろうな。アメリカのメンフィスはFedEx本社がある
ところだから、国際小包の管理センターがあるのかもしれない。今どきの物流は各通過点
でバーコードをスキャンすればリアルタイムでどこにあるのかわかって、最後は配達する人
がモバイル端末でサインを取って確認するから、途中でなくなる心配はなくなったのかな。
まあ、どれだけ技術的に安全になっても「事故」はなくならないから、これだけ追跡してもなく
なるときはなくなるんだろうけど。

2 コメント

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ハーブ&ドロシー (モズライト)
2014-12-24 13:39:31
記事に関係ないのですが昨夜NHKでドキュメント
「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」
見ました 内容は貧しい暮らしの2人が審美眼を
もって安価でアートを買い続け 膨大なコレクション
を作った 一点も売らずに 貧しいのに。

狭いアパートはアートだらけ 最後にはアメリカの
美術館に全部寄贈します 美術館が夫妻の
生活を思い 謝礼を出した所 全部アートを買って
しまいます その美術館は1000点だけ収蔵

夫妻が買い続けるので全米50カ所の美術館
にもコレクションがいきわたるほどでした。
一点でも売れば生活が楽になるのにね~

lyra様はご存知の話かもしれません
だいぶお年だったからもう無くなられたかも。

夫妻のコレクションが貴重なのは
その作家が変わっていく過程が全部見られる
からのようです。
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ユダヤ人の信条 (lyra)
2014-12-25 14:08:50
Herbert & Dorothy Vogelの話ですね。ニューヨークのユダヤ人夫妻。公務員。夫は郵便局勤務で妻(夫より高学歴)は図書館勤務。共に社会活動家。一緒に絵を習ったけど、収集する方がいいということになって、コレクションを始めて、収集した作品はやがて美術館に寄付。

けっこう典型的なユダヤ人だと思います。アメリカにはそういう人たちが多いですよ、ユダヤ系でなくても。ニューヨークのメトロポリタン美術館(シカゴ美術館も)に行くと、だれそれ家の寄贈・貸与というピカソやマチスやモネでいっぱいです。ユダヤ系の名前がすごく多いです。おかげで人類がこれまで生み出して来た芸術を世界の人たち誰もが身近に楽しむことができているんですよね。

ユダヤ教にはキリスト教に劣らない強い慈善・博愛思想があるんです。お金儲けが得意なようなのでやっかみで批判されて、我利我利亡者のようなステレオタイプができあがっていますが、天賦の才で稼いだお金は寄付したり、財団を作ったりと、社会活動にどんどん使うようです。

そういえば、バブル時代の日本にゴッホやルノアールの絵を信じられない巨費で買って、死んだら棺おけに入れてもらうと言った大金持ちの御仁がいましたよね。あのときは呆れて物が言えませんでした。(一度だけ会ったことがあったので。)お金の価値を知らない人なんだなと思いましたけど。

文化的価値観や審美眼は貧富にも男女にも社会思想にも一切関係ないという証拠ですね。
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