リタイア暮らしは風の吹くまま

古希を迎えて働く奥さんからリタイア。人生の新ステージで
目指すは悠々自適で遊びたくさんの極楽とんぼ的シニア暮らし

2010年11月~その2

2010年11月21日 | 昔語り(2006~2013)
カレシは不思議がいっぱい

11月12日。金曜日。午前11時に目覚ましをかけてあったのに、外でチェーンソーの音がして、ずっと早くに目が覚めてしまった。明るくていい天気。窓の外を見たら、なんだ、ガーデナーのジェリーが前から頼んであった生垣の刈り込みをしている。何しろ放っておくと野放図に伸びるから、2年おきくらいに盛大にカットしてもらわないと、まさに「眠りの森の城」。かってはうっそうと茂って、おまけに住人がいるんだかいないんだかわからない、ということで、そういうニックネームがついていたらしいけど。

今日はカレシの古巣のBC州証券委員会のOB会。「じじむさい話ばっかりだから嫌だよ」というカレシ、ひと言だけ「都合が悪い」と言えばすむことなのに「金曜日しか空いていないから」と遠まわしに断ったもので、「じゃあ金曜日に変えようや」ということになったらしい。どっちみち揃って隠居人ばかりだから、そんなことは簡単。おかげで断れなくなってしまったカレシ、早起きして、(ランチの集まりなのに)しっかり朝食を食べて、ワタシからコーヒー代をもらって、かっこよく遅れてお出かけ。こういうわざとに遅刻するのをよくfashionably lateとからかうんだけど、なんとも不思議なことをする人だなあ。

カレシを送り出して、まず冷凍庫のドアの不具合を点検。冷蔵庫の下にある冷凍庫は引き出し式なんだけど、それをきのうカレシが勢いよく引っ張り出した後できちんと閉まらなくなってしまった。正面から見るとドアが微妙に左に傾いでいて、きっちり閉めたつもりでもいつの間にかガスケットとボディの間にすき間ができる。アラームは鳴らないから、庫内の温度が上がるほどのすき間ではないらしいけど、放っておくわけにはいかない。修理屋を呼ぶにしても、問題点をはっきりさせておかなければと、開けたり閉めたりしているうちに、引き出しが左のレールから外れていることに気がついた。勢いがありすぎて持ち上げてしまったのかな。それをよっこらしょとはめ込んでやったら、引き出しはスムーズに動くし、閉めてもドアは傾いでいないし、ガスケットもぴったり。なあんだ。それにしても、もう少し手加減して扱ってくれればいいのに・・・。

カレシの行動には35年間首を傾げっぱなしの「不思議」がたくさんある。過ぎたるは及ばざるがごとしか、及ばざるは過ぎたるがごとし。力や勢いがありすぎて壊してしまうか、中途半端に実行して反応がないと「壊れている」と言うかどっちかで、過剰と不足の間がないから不思議。実際に壊れたら、壊れていることははっきりしているのに、「直らないはずがない」と言っていつまでもしつこくいじって、そのうち修理不能にしてしまったりするから何をかいわんや。

棚やカウンターにモノを置くときは、落ちるんじゃないかと心配になるような端っこにちょこっと置く。探しものは目の前の空間しか見ていないしから、何かの後ろにあったりすると絶対に見つからない。戸棚の中もしかりで、「おき場所がない」とうるさいからのぞいてみたら、前にだけモノが置いてあって、奥の方はがら空きなんてことはざら。ひょっとしたら空間認識に問題があって「奥行き」が見えないのかなあと思うこともあるけど、逆に何にもない平面空間を見るとごちゃごちゃとモノを置いて表面を覆い尽くしたがる・・・。

ときどきは、何を思ってか突然スパイス戸棚のびんを全部出してカウンターに並べ、ひと通りラベルを点検してから、今度はアルファベット順に棚に並べてみたりする。(子供のときにそうしてアニマルクラッカーで遊んだんだろうなあと想像してみる。)アナログカメラだった頃は旅行に行って撮影済みのフィルムが増えると、毎晩ホテルでベッドの上に並べて数えてバッグに戻していた。そのおかげでパリでは凱旋門の周辺を撮ったフィルムをなくして来てしまった。ベッドから転げ落ちたのに気づかずにそのまま置き忘れて来たらしい。まあ、デジカメになってからは「旅の思い出」をなくすことはなくなったけど、あのロールは今でも惜しい。

DVDが登場する前のビデオカセットが普及していた頃は、いつ見てもVCRが何かを録画していた。いつも「録画中」なもので、めったに再生することもないままに貯まったカセットはいったい何百本あったことやら。DVDに移そうにもラベルがついていないから、どれに何が録画されているんだか皆目わからなくて、結局はほとんど捨ててしまった。同じ頃にラジオでやっていた古いドラマやジャズの番組をテープに録音していた。カセットテープの数は千本を越えていたかもしれないけど、これもラベルがないからどれが何やらで、いくつもあった段ボール箱ごと廃棄処分。「今ならいくらでもどこかからダウンロードできるからいいんだ」とご当人は言うけど、技術の進歩のおかげでテラバイト単位の外付けディスクが登場したのはありがたい・・・。

夜、温室を点検しに庭に出て行ったカレシ、入ってくるなり「ライトが点くのに30秒はかかった。おかしいよ」と報告。外を見たら消し忘れているからちゃんと点いている。でも、ハロゲンランプの寿命が来ているのかなあと思いつつ、スイッチを試してみたら、あれ、30秒もかからないよ。ちゃんと点くし、ちゃんと消えるけど。それを見ていたカレシ、「ひょっとしたら、きちんとスイッチを入れなかったのかもしれない」と自己分析?して、「きっちりとカチッと入れるようにしなきゃな」と言う。そうそうそう。指先でちょこっと動かすんじゃなくて、きっちりとカチッと手ごたえを確かめて入れなくちゃね。ただし、冷凍庫のドアは「きっちりカチッ」と引き出すのは困るけど・・・。

ときどきは慌てさせられることもあるけど、まあ、つい首を傾げてしまう「摩訶不思議」を満載した人間なのがカレシだから、さしづめワタシは「不思議の国の極楽とんぼ」というところか・・・。

極楽とんぼ亭:深まる秋はきのこづくし

 11月13日。土曜日。朝食後すぐ、雨の間を縫って運動がてらの野菜ショッピング。気温は5度まで行っていないから、手が冷たい。でも、カレシとつないだ手をカレシのジャケットのポケットに入れて行けば、モールに着く頃にはぽかぽか。とりあえず3日分くらいの野菜類を買って、トートバッグに詰めて、カレシに持たせて、ワタシはハンドバッグだけで楽々!

いつの間にかいろんなきのこを買い集めてしまった。今夜は深まる秋のきのこづくしと行こうかと、パッケージを並べて思案投げ首・・・。[写真」 左から、後はシャンテレル、松茸、平茸、椎茸、前は花えのきとエリンギ。

今日のメニュー:
 きのこの中華ラヴィオリ(しいたけとねぎ、えのきとイワナ)
 まつたけのフライとししとう
 ひらたけとポン酢味のほたて
 エリンギとイワナ、枝豆
 シャンテレルとスズキ、アスパラガス添え
 (ほうれんそうだけのサラダ、自家製ドレッシング)

[写真」 2枚のギョーザの皮を使って、一品は椎茸と刻みねぎ、もう一品はゴマしゃぶソースを塗ったイワナの切れ端と花えのきをはさんで、ゆでてみた。ちっぽけなインゲンはカレシが今年最後の収穫だと1本だけ持って来たのを半分にしたもの。椎茸入りの方にはちょっぴり醤油をたらして、くっつかないようにカイワレをはさんで、今夜の突き出し。

[写真」 前回のまつたけづくしで特に好評だったので、今回は大きいを2本、縦に4枚ずつにスライスして、ちょっと豪快にフライにしてみた。調味料は一切なしで松茸の味オンリー。香りもいいけど、歯ごたえがなんともいえない。今年は日本で松茸が豊作だったそうで、カナダ産の輸出が減ってだぶついたらしく、地元でいつもより良質のものが買えてたっぷりと楽しめた。

[写真」 ホタテをポン酢に漬けておいて、さっとバター焼き。サラダ油でソテーした平茸を添えて、刻みねぎをパラパラ。

[写真」 エリンギは大きいのを縦に4枚にスライスしてバター焼き。タイ風スパイスを振って別に焼いたイワナを乗せて、むき枝豆で彩り。

[写真」 アスパラガスと少しだけ残った松茸を蒸している間に、フライパンでミニ赤ピーマンとこしょうを振っただけのスズキを焼いている間にシャンテレルをソテー。スズキには焼き上がりび間際に白トリュフ味のオリーブ油をほんの1、2滴たらして香りをつけた。

おしるし程度に使うスパイスや調味料、バターなどに塩分が入っているので、塩は使わないか、使っても(海塩を)指先でつまんでまぶす程度。魚中心の食事をしているうちに、あまり塩を使わずに調理する習慣がついたみたい。

我が家のハウスワインStarboroughのソヴィニョンブランをお供に、2人とも大好きなシャルル・アズナブールを聞きながら、深まる秋の夕餉はきのこづくし・・・。

母語と生活言語環境のミスマッチ
                   
11月14日。日曜日。湿っぽい。天気予報を見たら、次の週末あたりは気温が急降下し雪が降るかもなんていっている。うはあ、やだ。周辺の山々ではスキー場開き間近だそうで、今シーズンはたっぷり雪が降ると期待しているらしい。まあ、ラニーニャの冬は厳しいということになってるから、こっちも覚悟はしといた方が良さそう。地下鉄ができて、今度は少しマシかもしれないけど、やっぱりこの年になってくると雪はあまり歓迎したくない。そうだ、融雪用の塩もストックしておかねば・・・。

きのうは久しぶりに言語学のDVDの続きを見た。世界に数千ある言語の源流をたどって復元しようと言う研究の話。人類が言葉で情報を伝えるようになったのは10万年以上も前のことで、それに比べると文字の使用はついこのあいだのことでしかない。そんなに昔の言葉をどうやって復元するのか不思議だけど、そこはいろいろな方法があって、それぞれに異論もたくさんあるらしい。地球上のどこかである集団が使い始めた言葉が、移動と共に広がって、行く先々でそれぞれに変化を重ねながら、やがて「語族」が形成される。その中で他との違いが大きいほど、それだけ変化する時間が長かったということで、その語族の中でも古参株の言語ということになるらしい。

講義を聞きながら、古代からタイムシフトして、ごく近代のごくごく最近考えたことを反芻していた。言語は長い時間距離が離れていると変わってしまう。他の土地へ持って行った言語だけじゃなくて、残った言語も変わって行く。3万年も、3千年も、3百年もかからない。30年でも変わってしまう。今の時代、フリーの翻訳者はどこにいても世界を相手に商売ができる。だから、日英・英日の翻訳者も、日本や英語圏諸国だけじゃなくて、ほんとに世界のおどろくようなところにまで散らばっている。それは人類が英知を注いだ結果の技術の進歩のおかげで、すごいことだと思うけど、長いこと母語の環境から離れていると、自分が持って来た母語と母国に残った母語との間にズレができて来るのではないのか。

たとえば日本で30年日本語環境で暮らした英語人が翻訳した英語はどれだけ「今」の英語なのか。逆もしかりで、日本の外で30年暮らした日本人が翻訳した日本語はどれだけ「今」の日本語なのか。また、英語あるいは日本語の環境に住む人の翻訳をチェックするのに、母語ではあっても長い間日常言語になっていない英語あるいは日本語がものさしになっているということはないのか。ワタシの場合は、英語は日常生活言語だからいつも「今」なんだけど、日本語は何年も職場で使っていたにもかかわらず、数年程社会人をやった35年前の北海道語からあまり語彙が増えていないような感じがする。それどころか、今の日本語はすんなりと理解できなことが多くなっているような気もする。(通訳はもう致命的にアウトだと思う。)この業界には昔から翻訳は取得言語から母語にするのが正道であって、その逆は邪道である(から許容されるべきではない)と主張する人たちがいて、ときどき逆方向や両刀使いの翻訳者たちと論争になるんだけど、母語と現実の言語環境の不一致についてはどう考えるんだろうな。

毎年25万人もの移民を受け入れているカナダには公用語の英語・フランス語を母語としない国民がごまんといる。バンクーバーだったら英語が母語でない人たちの比率がたぶん人口の半分はなっているかもしれない。問題は「母語」という言葉で、生まれて最初に覚えた言語でその後も「理解」できるものということだから、中国系一世の両親の下に生まれて最初は中国語だったけど、学校や交友関係を通して英語が優勢になり、大人になる頃には中国語が衰退して、ごく普通のまったく外国語訛りのない英語で生活している人でも、定義上「母語」は中国語ということになる。こういう人たちに、中国語が母語なんだから英語訳はいかん、中国語訳に専念しろと言ってもあまり意味がなさそうに思えるけどな。

イアンとバーバラはどちらもポーランド生まれで、どちらもカナダで学んだ最初の言語はフランス語で、イアンは大学を出てベルギーに亡命してから、バーバラは8歳で家族と法的に移住してから。年子のロバートとアーニャは兄妹は赤ちゃんの頃は揃ってポーランド語と(訛りの強い)英語を聞いて育ったから、一応はポーランド語が母語だそうだけど、小学校に入ってからは忘れてしまって、今では両親がポーランド語で話していてもほとんどわからないとか。高校は2人ともフランス語イマージョンで、大学の頃はペラペラだったけど、モントリオールで医者をしているロバートはフランス語が完璧なのに、地元に残って薬学博士になったアーニャは年ごとに錆び付いて使えなくなっているとか。

使われないものは失われる運命にあるわけで、言語の場合も「母語だから」とのんきに構えていられないということだと思う。バイリンガルで育ったといっても、最後的には日常生活の言語が「第一言語」なって、もう一方は使わなければ「第二言語」に格下げされてしまう。海外で英語で育ったからといっても、たとえば13歳で母国に帰ってそのまま母国語だけの生活になってしまえば、英語は英語環境を離れた13歳のレベルのままで止まってしまうことが多い。それでも日本では「バイリンガルの帰国子女」として重宝されるらしいけど、子供英語をしゃべっていることもあり得る。帰国した年令が低ければ低いほど、持ち帰った英語と現地の英語のギャップはどんどん開いて行くだろうと思うから、そういう人がネイティブとして英語訳したり、翻訳のチェックをしたりすると、笑うに笑えない結果にもなり得るし、実際にそういう例も見た。

この先、日本語の変化にどんどん水を開けられて、追いつけなくなったら、どうしようかな。まあ、死ぬまで英語環境なんだから、養母語の英語に磨きをかけた方がいいのかなあ。おしゃべりに生まれついたワタシが年をとって「ノーリンガル」になってしまっては由々しき問題だから、この先、じっくりと考えてみないと・・・。

寝て待つのは果報のみならず
                   
11月15日。月曜日。目が覚めたら、かなり暗い。起きないとそのまま眠りに戻ってしまいそうなほど暗い雨の日。ゆっくりレミをたしなんで、ぐっすり眠って、なぜか会ったこともないヒッピー風のカップルを相手に浅川マキの「愛さないの~、愛せないの~」を歌い出したりの、まるでミュージカルみたいなおかしな夢を見ているうちに、これから3週間の予定がびっしり埋まっていた・・・。

納期がかちあう3つのうち、少し大きめの(料金が一番安い)ひとつをを断って、残り2つを週末にかけてぎゅ~っと詰め込んで、その後にホームストレッチのお子様仕事を突っ込んで、休むヒマもなくもうひとつ一番大きいのを貼り付けたら、やれやれ、もう12月の最初の週末。それぞれの推定語数を計算して、作業日数を割り当てて、1日あたり何時間の作業で・・・まあ、だらけず、さぼらず、まっじめに作業を進められたら、なんとか徹夜しないでやれそうかな。

一段落したところで、まずは金曜日に予定の芝居の座席を予約。演目は『39階段』で、日曜日が最終日。ヒッチコックの映画で知られるジョン・バカン原作のスパイスリラー。(ジョン・バカンはイギリスの政治家でもあり、第二次世界大戦の前にカナダ総督になった在任中、脳卒中で頭を打ったのが原因でモントリオールで亡くなった。)ただし、この『39階段』はヒッチコック作品をもじりにもじって、モンティ・パイソン式のしっちゃかめっちゃかコメディに仕立てたとかで、4人の役者がなんと150もの役を演じるんだそうな。おもしろそうだから、仕事の予定がぎちぎちになって、カリカリする前に思いっきりげらげら笑って頭の中をすっきりさせるのもいいか。

と、途中の「息抜き」もカレンダーに書き込んで、さてと仮想鉢巻をしごいていたら、目いっぱい仕事を抱えている編集者が「もう1日欲しい」。発注元は「ダメ」だって。ワタシの方に「1日早く送れない?」とお鉢が回ってきて、能天気なワタシは「よっしゃ、何とかしたるで」。出張中のボスが遠隔操作で調整に乗り出してきて、3つの大陸の4つの都市の間をメールがびゅんびゅん飛び交っているうちに、最後は発注元が「じゃ、1日だけ」と折れた。おかげで、ぐるりとひと回りして最初のスケジュールに戻って確定。地球が丸いのはわかっているけど・・・。

今夜は強風注意報が出ているけど、なんだか薄気味悪いくらい静か。嵐が過ぎたら気温がどんどん下がって、週末ごろには高台で雪が降りそうだとか。仕事を抱えて、冬ごもりするか・・・。

新ダイヤ、初日から乱れ
                   
11月16日。火曜日。明るい。強風注意報が出ていて、荒れ模様だったはずじゃないのかな。これって、嵐の後の何とか?(ん?なんだか違っているような・・・。)夕べは午前3時半の就寝時刻でも、そよとも吹いていなかったような感じだし、起きて窓の外を見ても別に大風が吹いたような形跡がない。だけど、テレビを見たら、停電だとか、倒木被害だとか。ふむ、やっぱり大風は吹いたんだろうな。メトロバンクーバーは地形のせいかどうか知らないけど、マイクロ気候というのが多くて、予報しにくいところらしいから、当たるも外れるも八卦・・・。

さあて、今日からがきりりと鉢巻を締めて、日本の鉄道ダイヤ並みに、几帳面にまじめに、大小4つの仕事がぜ~んぶ終わるまでがんばるぞ。あ、だけど、その前にブロードウェイまでひとっ走り。カレシが買った新しいPC、移動する家具は週末のうちに動かしてあったから、後は好きなようにセットアップしてくれればいいんだけど、グラフィックカードがどうのこうのでモニターを接続できないとパニック状態で騒いで、アダプタを買えばいいということになった。Best Buyにあるというので、ま、Whole Foodsもすぐ近くだしということで、午後はおでかけとなった。

新しいPCはもうひと月近く前に買ったのに、先月ワタシの仕事がちょっと一段落して手を貸して上げられる状態だったときに「急がないから」とか何とか言って、腰を上げないまま。なのに、なのに、ワタシの仕事が詰まってど~しよ~と頭を抱えたとたんに、「早くセットアップしないと」と言い出して、オフィスの反対側でごそごそやりだした。おいおい、気が散って困るんだけどなあ。うまく行っているときはいいけど、まずモニターを接続できない。できたと言ったかと思うと、今度はどうしても映らない。イライラ、カリカリ、ぶつぶつ、うろうろ。ま、このあたりは人を急がせておいて、いざ出かけるという時にトイレに行ったり、探し物を始めたりして、結局ワタシを待たせるのと似たようなもので、カレシの不思議のひとつ。あの、ワタシ、お手伝いして差し上げる時間がありませんですからして・・・。

今夜の英語教室の準備はいらないからということで、すぐにでかけて、地下駐車場のWhole Foodsの領域に車を止めて(でないと無料にならない)、1時間半分の料金を払って、まずはアダプタの手当。すぐに見つかったけど、小さいくせになんと40ドルもした。今どきのPCはビデオだとかグラフィックスだとか、1年そこそこでもう新しい技術のものと合わなくなってしまうから、進歩も程々にしてもらいたいもんだと思う。主目的が早く終わったので、ゆっくり買い物をして、帰宅の途はもうラッシュ。車の時計は午後4時。え、そんなに時間がかかったの?と一瞬あわたけど、標準時に戻った時に車の時計を変え忘れたもので、実はまだ午後3時。まあ、標準時なんて3月までのたった4ヵ月の現象だから、いちいち変えるのもあほくさい。次の8ヵ月の夏時間が来るまでは1時間先を行くせっかち時計のままでいいか。

予定外のおでかけだったけど、さて仕事とPCを立ち上げてみたら、IMEがおかしい。Wordの方は英語だけでいいとしても、IEに日本語を入力できないから検索に困るではないか。再起動したら、今度はIEのツールバーのカラーが抜けて真っ暗。も一度せ~のと再起動して、やっと何とかいつもの環境に戻った。ふむ、やっぱりワタシのも買い替え時ってことか。それでも、仕事の進捗状況は今のところ上々。このままで、だらけずに、サボらずに、まっじめに・・・やれる?

ツイッター風につぶやいてみた
                   
11月17日。水曜日。今度は天気予報が的中して、6時半頃にトイレに起きたときにはかなりの風。さらには雨もかなり降ったらしい。正午に目を覚ましたら、うわっ、まぶしい!窓から外を見ようにも、あまりにもまぶしくて目を開けられない。こんな「晴天」はすごく久しぶりの感じがする。でも、これが秋の最後の光芒みたいなもので、週末には雪がちらつくかもしれない・・・というありがたくない予報なんだけど・・・。

お子様プロジェクトを区切りのいいところまでやったところでいったん棚上げして、残り2週間半になったすし詰め予定表を手直し。真剣に集中してやれば、週7日ぶっ通しで1日あたりの作業時間は平均6時間くらい・・・と胸算用。つまり、6時間×7日で合計週42時間はごく普通の勤め人の勤務時間と変わらないかな。まあ、これはあくまでも胸算用だけど・・・。

カレシの英語教室では、先週から後任のボランティア先生候補が実習中。カレシも10年やってそろそろ飽きてきたし、疲れてきたし、他にやりたいことがいっぱいある、ということで見つけてもらった人で、年の頃は30代前半くらいで、昨今カナダに帰って来る「ESL先生」のご多分に漏れず、大学卒業と共に付け焼刃のESL教師の資格を持ってスペインに行って、最近まで英語教師をしていたそうで、帰ってきても職がないもので見つかるまでボランティアでもしようかということらしい。一時は市の経済を支える勢いに見えた英語学校業界も、今は厳しいんだろうな。カレシの評は「文法を知らな過ぎるし、将来への野心もない」と厳しいけど・・・。

何だったか忘れたけどチラッと読んで思ったこと。世の中にはヒミツを持つのが好きな人がいて、人のヒミツを知りたくてしかたがない人がいて、人のヒミツを探り出してぶちまけるのが好きな人がいる。自分のことを他人の目から隠したい人がたくさんいて、身近な人のことを隠したい人もいて、いろんな骸骨を押入れにしまい込んでいる人がいて、よそ様の押入れの中の骸骨を見たくてうずうずしている人もいる。見られたくない人とどうしても見たい人の綱引きは、きっと悲喜劇こもごもだろうな。それで古来いろんな人間ドラマが生まれて来たんだけど・・・。

日本で普及しているツイッター。Twitterのtweetは鳥のさえずりだけど、なぜかツイッターでは「つぶやき」。空に向かってピーチクパーチクさえずるのと、うつむき加減で芝居の傍白よろしくぶつぶつとつぶやくのと、2つのイメージの落差がなんだか意味あり気でおもしろい。誰が「つぶやき」という名称を当てたんだろうな。元からネクラな人なのか、萌え~るタイプの人なのか、はたまた、世相の雰囲気に敏感なマーケティングの天才なのか。ツイッターでもTwitterでも、下を向いて、携帯をいじって、何やらぶつぶつ。ということは、あんがい「つぶやき」の方が正解に近いのか。ま、携帯からテキストしたことがないワタシにはど~でもいいんだけど・・・。

つぶやきってこんな具合?
                   
11月18日。木曜日。午前10時30分に目覚ましが鳴った。今日はカレシが正午に歯医者に予約がある。肘でちょいと突付いて起こしたら、「11時にかけ直して」。寝る前に10時半だ、11時だところころ変わるから、10時30分でいいのね!と念を押したのに~。まあ、寝たりないから、11時にセットし直し。

だけど、寝なおしも何も30分。うとうとしているうちにまた目覚ましが鳴ってしまった。しゃくだから、今度は肘でドン!と突いて起こしてあげた。「トーストだけ食べて行くけど、起きる?」と寝ぼけたことを言うので、だったらもうひと眠りすると返事をして、ワタシはそのまま眠ってしまった。

目が覚めたのは正午をちょっと過ぎた頃。雨らしいけど、やたらと音が大きい。起き出して窓の外を見たら、えっ、雪?みぞれ?それとも、大きなフレークの雨?このあたりは高台じゃないんだけど、みぞれ模様の天気。下へ降りて行って、玄関ポーチの温度計を見たら、たった摂氏3度。寒いよ、これ~。

キッチンでは、テーブルの上に朝食の食器が並んで、トースターにはパンが2枚。コーヒーメーカーもスイッチを入れるだけになっていた。帰って来て食べ直すつもりなんだな。ワタシは腹ペコなんだけど、まあ1時くらいには帰ってくるだろうと思って、そのまま通勤時間20秒でオフィスにご出勤・・・。

午後1時。腹ペコなのにカレシが帰ってくる気配はなし。携帯も置いて行ったし。電話をかけて来たのはトロントのデイヴィッド。30分ほどおしゃべり。壊れたPCを修理に出そうと思ったら、500ドルすると聞いて新しいのを買ったとか。エンジニアなんだけど、壊れたのは博物館に行けそうなくらい古い。

午後1時30分。もう腹ペコの絶頂。カレシがおみやげ?に歯ブラシ、歯磨き、デンタルフロス、新式のようじを持ってお帰り。「近頃の歯医者はやたらとあれこれいじりたがるなあ」と。歯科は医療保険の対象外だから、そうやって稼がないとスタッフの給料が払えないのかな。午後2時、朝食が終わり。

カレシは夕食前にデイヴィッドに電話。食事が始まってもまだ電話。サラダを食べ終わってもまだ電話。コーヒーをいれてもまだ電話。食器を下げてもまだ電話。この2人の電話は長い。2時間もしゃべっていたこともある。いっつも同じような話をしているけど、仲のいい兄弟だからこそなんだろうな。

今夜は冷え込みそうなので、改装のときに置いて行ってくれた断熱材の残りを削って、温室の屋根の端のすき間を埋める保温材を作ってあげる。大小のユティリティナイフ2本と定規とフェルトペンでほぼ同じものを4本。床いっぱいに飛び散ったくずは、受益者負担の原則?でカレシに掃除してもらう。

さて、仕事の日程がずれそうになって来たから、本腰を入れて・・・というときにPCが超がつくスローモー。のろのろと再起動したら、何だかおかしい。頭に来てシャットダウン。改めて立ち上げている間に、カレシが新しいPCを置いた「第2ワークステーション」にライトをつけてあげた。時間がないってのに。

午後10時30分。仕事、しなきゃ!

雪だ、雪!
                   
11月19日。金曜日。午後10時半。芝居が終わる頃にはちらほら雪の気配。家路の半分を過ぎる頃には本格的に雪。真夜中・・・外は一面の銀世界。まさか~。まだ11月なのに・・・。

仕事ひとつ、もうちょっとのところ・・・。

積雪5センチ、歩道の雪をどうしよう
                   
11月20日。土曜日。仕事ひとつ、午前3時に完了して、シンガポールに回す。その頃には雪はやんでいたけど、積雪量はたぶん5センチくらい。それでも、ひと仕事終えて安心した気分で正午まで熟睡。起きたら、日が差して、歩道が少しずつ露出して来ている。やれやれ助かった・・・。

雪のつもり具合が気になるのは、2年前の大雪の後で市が「雪が降った後は午前10時までに家の前の歩道の除雪をしないと250ドルの罰金」という条例を作ったから。あの冬は記録的な大雪で1ヵ月近く雪が解けなくて、除雪していない歩道は通れなかったから苦情が多かったんだろう。でも、条例そのものは思いつきで「急遽」作ったと言う感じがする。この前の冬はオリンピックの年なのに記録的な暖冬だったから、条例を発動する機会がなかったけど、ラニーニャに転じたこの冬は条例が試されそう。

冬でも温暖な土地柄のもので、雪が降ってもよほど積もらないと歩道の雪かきをしない人が多かったし、たいていは1日か2日で雨に変わるのでそれでよかった。市民もこの数十年それに慣れていたのが、あの「豪雪」で一変。メトロバンクーバーでは、わずか5センチ、10センチの積雪予想で「大雪注意報」が出る。そこへ「午前10時までに除雪しなければ罰金」のお達し、というわけだけど、注意報が出た後でニュースを見ていたら、市役所の担当者が「近所に高齢や障害や何かの理由で雪かきができない家があったら手を貸してあげてください」と呼びかけていた。市内には戸建にひとり住まいの高齢者がけっこう多い。ははあ、パニック状態のお年寄りから「どうすればいいんだ」という問い合わせが市役所に殺到したんだろうな。

まあ、近頃はやたらとあれこれと環境保護、弱者救済を掲げた条例を作りたがるファッショナブリーにエコだったり、ファッショナブリーにコミュニティ活動家だったりする手合いが多くなったような観がある。ステレオタイプ的に描写すると、都会育ちで高学歴、プロフェッショナルな30代から40代前半に多い。もちろん環境保護や弱者救済は人間として異論はないけど、こういう人たちの多くは「環境や弱者への思いやりに溢れるすばらしい社会活動家のワタクシ/ボク」という自己陶酔的な(ある意味で偽善的な)衣をまとっているだけに過ぎなかったりするから、せっかくの「思いやり」が逆の結果を生むことが多い。

現職の市長などはその典型で、自転車を普及させて(ヨーロッパ風味の)エコな街にしようと、あちこちの道路をコンクリートで仕切って「サイクリスト様専用レーン」作りに忙しい。彼らの視野には「自転車に乗れない(乗らない)人」は存在しないらしく、ファッショナブリーに風を切って走る自転車しか見えていないんだろう。おかげで、高齢者や身体障害者が遠回りを強いられるようになってしまった。だけど、サイクリスト様たちにしてみたら、自分たちはエコでえらいんだから、自転車に乗れない非エコな人間には配慮してやる必要はないということなんだろう。ふむ、自分ができるんだから、自分にとって「常識」なんだから、世の中のみんな・・・半径5メートルの人間が大増殖しているような・・・。

雪かき条例もその思考が透けて見える。表向きは雪が積もった歩道で難儀する「弱者」のためということだけど、要は市民からの苦情に対して、「だったら法律で市民としての責任を果たさせれば(自分の責任が果たせて)いい」式の発想だったんだろう。だから、「できない人」は初めから視野に入っていない。女性市会議員が「融雪用の塩や砂をコミュニティセンターに無料で配る」と言っているけど、80代の高齢者が10キロもある砂や塩の袋をどうやって家まで持ち帰ると思っているのか聞いてみたいもんだ。身体に障害のある人はどうすればいいのか。午前10時までというけど、夜勤の人はどうすればいいのか。早朝出勤しなければならない人はどうするのか。旅行などの理由で家を留守にしている間に雪が降ったらどうなるのか。(もし、家庭用の除雪機を買って、日曜日の午前9時に雪かきを始めたら、日曜日は午前10時以前に騒音を発生する機械を使うことを禁じた条例との兼ね合いはどうなる・・・?)

まあ、市役所はけっこう頭を抱えているようで、当面は違反チケットを切らずに市民を啓蒙するというけど、いくら啓蒙されたって、できない人にはできないんだってば・・・。