尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

伊吹有喜『犬がいた季節』、高校に犬がいた!感動の青春小説

2024年02月02日 22時32分07秒 | 本 (日本文学)
 伊吹有喜(いぶき・ゆき、1969~)『犬がいた季節』(双葉文庫、800円+税)という小説を読んだ。「本屋大賞第3位!」という帯と白い犬と二人の高校生を描くカバー・イラスト(金子恵)を本屋で見たら買わずにいられない。犬が好きな人なら気持ちが判るはず。2020年に出た本で、1月に文庫化されたばかり。ちなみにその年の本屋大賞は町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』、次点は青山美智子『お探し物は図書室まで』だった。著者の名前も覚えてなかったが、映画化された『ミッドナイト・バス』『四十九日のレシピ』の原作者で、『ミッドナイト・バス』『彼方の友へ』『雲を紡ぐ』で3回直木賞にノミネートされている。

 この小説は四日市市(三重県)の高校で白い犬(雑種とされる)が飼われて、数多くの高校生とともに生きた話である。というと松本深志高校の実話をもとにした映画『さよなら、クロ』(2003、松岡錠司監督)を思い出す人もいるだろう。調べてみると、その映画は昭和30年代半ばから10年ほどが舞台だった。映画製作時点から大体40年ほど前になる。一方『犬がいた季節』は1988年(昭和63年)の夏休み明け、つまり結果的に「平成初の卒業生」になった生徒たちから始まる。全部で5章あって、最後が2000年3月の卒業生。それに2019年の最終章があるが、ほぼ20世紀最後の10年間を描いている。
(伊吹有喜)
 この時間設定が絶妙なのである。出て来る話題、ヒット曲なんかが多くの人にとって懐かしいだろう。そして何より「あの頃」、つまり進路について迷い人生の岐路にあった自分を思い出して、登場人物たちの決断にドキドキしてしまう。つまり「犬小説」というより「高校生小説」だった。(「犬小説」を読みたい人は、『馳星周感動の犬小説、「ソウルメイト」2部作』を是非。)犬の名は「コーシロー」という。美術部の部室で早瀨光史郞という芸大志望の生徒がいつも座る椅子に座ってた。だから、なんとなく名前が付いてしまった。学校に迷い込んだらしい。(実は違うんだけど、生徒は事情を知らない。)皆で話合い、取りあえず里親募集のポスターを作ろうとなり、美術部前部長の塩見優花が書きかけのポスターを家に持ち帰る。

 塩見優花は湯の山温泉近くのパン工房の長女で、兄は高卒でパン屋で働いている。犬を飼いたいけれど、祖母が食べ物屋で動物はダメと言うに決まっている。進路をめぐっても、受かるかどうかは別にして、本当は東京の大学にもチャレンジしてみたい。それも許されるかどうか。モヤモヤして成績もピリッとしない。美術部も一番緩いと聞いて入っただけで、そこへ行くと同級生の早瀨は本当に絵に打ち込んでいる。早瀨は時々遅くなってパンを買いに来ることがある。ある日聞いたら、絵を描くときに消しゴムみたいに使うんだと言った。この塩見優花は結果的にこの小説のキーパーソンになり、第1章にもずいぶん多くの伏線があるのだが、それはともかく地方に住む女子高生の進路の悩みがリアルに迫ってくる。
(三重県立四日市高校)(校章の八稜)
 塩見らが通う高校は「三重県立八稜高校」とされ、略称「八高」(はちこう)だから犬がいるのに相応しいと言われている。そう思って付けた校名かと思うと、そうじゃない。著者は三重県有数の進学校である四日市高校の卒業生で、その高校の校章は上に示した画像のように「八稜形」をしている。本書公刊後に著者は母校の同窓会で講演していて、母校がモデルだと明かしている。近鉄富田駅近くという設定も同じである。そして解説を読むと、なんと四日市高校にはホントに「幸四郎」という犬がいたんだと出ている。実際は茶色い犬で、1974年から1985年までいたという。著者は69年生まれだから、最晩年の幸四郎を見たはずだ。
 
 なお、四日市高校は2回甲子園に出ていて、1955年夏には初出場で優勝している。卒業生にはイオン創業者の岡田卓也、映画監督の藤田敏八、作家の丹羽文雄田村泰次郎、イラストレーターの大橋歩らの他、数多くの衆参国会議員、四日市市長などがいる。異色な人として、1972年にテルアビブ高校で乱射事件を起こした3人の1人、安田安之がいる。(事件で死亡。)
(四日市ふれあい牧場)
 最初の話で長くなってしまったが、以後鈴鹿サーキットでアイルトン・セナを見た話、阪神淡路大震災で被災した祖母を引き取る話、八高生としては異色な、ロックバンドで活動したり、裏で「援助交際」してる生徒の話なんかが展開される。その間生徒たちは「コーシロー会」を結成して、部活とも生徒会とも違う形で犬の世話を続けてきた。時々コーシローの心の声が出て来るが、春になって桜の匂いがしてくると、世話してくれた人たちはいなくなる。そのことをコーシローは理解していく。彼らは時々戻って来るけど、大体は二度と会えない。ところが塩見優花は5章で再び戻って来る。ちょうど犬の寿命を考えると…という頃である。まあ、僕には予想通りだったから書いてしまうと、東京の大学を出た塩見優花が母校の教師に戻って来るのである。
(四日市の夜景)
 5章は1999年、ノストラダムスの大予言の年、四日市ふるさと牧場がモデルだという牧場主の孫が八高生となっている。祖父は今入院中。そして塩見先生の母親も。バブル崩壊後の10年に何があったのか。四日市の夜景を見ながら、振り返ることになる。人生はままならないんだけど、コーシローは人間を優しく見つめてきた。小説としては都合良く進みすぎる箇所が多く、どうなんだろうなと思う展開が多い。それは母校を舞台にしたためかもしれない。案外、犬小説という感じがしないけど、青春小説のドキドキ感は十分味わえる。自分の飼ってた犬は家族のケンカを一生懸命止めてたから、コーシローみたいに人間の恋心に気付く犬もいるかな。

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