尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「モンスーン」、変貌したヴェトナムに抱く孤独感

2022年01月17日 20時52分24秒 |  〃  (新作外国映画)
 ホン・カウ(HONG KHAOU)監督(1975~)の「モンスーン」(2019)という映画を見た。あまりにも小さな声で語られていると思うが、とても魅力的なロード・ムーヴィーなので紹介したくなった。監督の名前も覚えてなかったが、カンボジア生まれのイギリス人で映画「追憶と、踊りながら」(2014)を見てブログに書いていたことをすっかり忘れていた。ヴェトナムからイギリスへと逃れた過去同性愛者である主人公など監督自身の人生が反映されているようだ。

 解説を引用すると、「両親の遺灰を埋葬すべく、祖国であるベトナムのサイゴンに⾜を踏み⼊れたキットは、6歳のとき家族とともにベトナム戦争後の混乱を逃れてイギリスへ渡った"ボート難⺠"だった。訪れたサイゴンは今やすっかり経済成⻑を遂げ、かつての姿は⾒る影もなかった。」公式には「ホー・チ・ミン」に改称されたが、この映画では皆がサイゴンと呼んでいる。両親が戻るなと言ったのでキットは30年ぶりの帰郷である。幼い頃に事情も判らず気付いたらボートの上だった。多くの人がアメリカやオーストラリアを希望したが、母はイギリスを行き先に選んで認められた。
(サイゴンをさすらう)
 昔の住居を訪ねるが高度成長中のヴェトナムに居場所が見つからない。幼なじみにあっても、昔の思い出の場所はもうない。恐らくSNSで事前に知り合っていたゲイのルイスに会いに行くと、父がヴェトナムで戦った黒人兵の彼も居場所を求めていた。父は自殺し、ルイスはその後顔に痛みが出るようになったが、ヴェトナムの湿潤な風土があっていると語る。一夜限りのはずのルイスにはその後も偶然出会うことになる。サイゴンに散骨の場所が見つからず、両親の生まれ故郷のハノイに向かう。列車で行くと34時間掛かると映画内で言われている。その途中の風景を眺めると、湿潤なモンスーン気候の田園風景が広がっている。ハノイに着くと、そこには古い町並みが残っているのだが…。
(列車でハノイに向かう)
 ハノイではアートツァーを主催するリンに再会した。学生のリンには戦争はずっと前の話である。しかし、両親は家の仕事である「蓮茶」を手伝って欲しいという。キットもリンの実家を訪ねて手伝ってみる。蓮茶というのは知らなかったが、ヴェトナムの名物だとしてネットで売っている。リンは若い人は飲まないと言っているけれど。再びサイゴンに戻って来るが、要するにどこへ行っても帰属感が得られない。それは異郷に移り住んだり、あるいは同性愛者であったりすることと結びついているんだろう。生まれ故郷に戻れば帰属感が得られるかと思ったが、やはりそこにも思い出が残っていない。
(蓮茶作りを手伝う)
 85分しかない映画だから映画内では何も解決しない。むしろ自分の親が何故故郷を捨てたか、再び見つめ直す旅になる。高度成長と伝統の相克の中を旅するロード・ムーヴィーと言ってもよい。その風景が魅力的なのと、人生に違和感を持ち続ける主人公のたたずまいに惹かれる。主人公のキットはヘンリー・ゴールディングという人で、「クレイジー・リッチ!」の主人公役で知られたという。それは見てないが、父はイギリス人、母はマレーシア人という生まれで、マレーシアに戻って活躍していたが、今ではアジア系俳優としてハリウッドで活躍中。

 歴史も人生も小さな声で語られるから、どうも淡彩過ぎる感じもする。ヴェトナム戦争やボートピープルは何度も映画に出て来た大テーマだが、もう時間が経ってしまった。でも個人の人生には未だ大きな影を落としている。それも後から生まれた「戦後世代」にはなかなか通じない。日本でも60年代、70年代には、戦争が遠くなってしまった、高度成長でなじんだ風景が変わってしまったという感慨が多くの映画で語られた。この「モンスーン」という映画はあまり宣伝もされてないが、ヴェトナムや東南アジア現代史に関心がある人には逃せないと思う。すごい傑作とまでは言わないが、心に沁みるものがあった。
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