尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

素晴らしく面白い女性小説「三つ編み」

2019年07月26日 22時36分43秒 | 〃 (外国文学)
 芥川賞・直木賞と同じ日に発表される新井賞というのがある。書店員の新井さんが面白い本(主に小説)を独断で決めて発表するだけ。でも時にはそっちの方が売れるというから、立派な販促にもなっている。2019年7月発表の新井賞は、初めての外国小説だった。レティシア・コロンバニ三つ編み」(早川書房、1600円+税)である。2017年にフランスで大ベストセラーになった小説で、バカンスで大いに読まれたという。バカンスというほどの休暇がない日本でも、この夏にぜひ手に取って読んで欲しい。すごく読みやすくて、判りやすい。「世界」が身近に感じられる。つながってるんだと判る

 この小説には三人の女性が出てくる。国も違えば、年齢も、置かれた状況も全然違う。最初に出てくるインドのスミタ。あまりにもひどい差別を受けているので、ここでもうビックリ。ダリット(不可触民)として村人の糞尿処理をして生きている。しかし娘にはもうこんな生き方はさせたくない。バラモンにお金を包んで、明日からは娘を学校に通わせる。不可触民の夫の仕事もすさまじい。こんなことが今もあるのか。続いて、イタリアのシチリア島パレルモ。20歳のジュリアは家族経営の毛髪加工会社で働くが、父が倒れて会社の危機を初めて知る。町で見かけたターバンの男が警察に理不尽に扱われているのが気にかかっている。その男性が図書館にいるのを見かけたが…。

 そして最後はカナダ・モントリオールの女性弁護士サラ。40歳で子ども3人を抱えるシングルマザーだが、弱音を吐くことなく弁護士事務所でトップを目指している。そんなサラがある日、乳がんの告知を受ける。しかし、事務所には内緒にして乗りきろうと思う。妊娠の時は出来たんだから。少しでも弱さを見せたら置いて行かれてしまう。そんな厳しい競争社会なんだから。ということで、スミタとジュリアとサラの人生が交互に語られる。そうか、これが「三つ編み」なのか。小説の構造が「三つ編み」になっているのである。三人の女性の運命が三つ編みされている。

 著者のレティシア・コロンバニ(1976~)は、フランスの映画監督、脚本家、女優で、これが初めての小説だという。オドレイ・トトゥ主演の「愛してる、愛してない…」(2002)は日本でも公開されたようだが記憶にない。このデビュー小説はキビキビした文章で(翻訳がうまい)、グングン読者の心をつかんで行く。ある意味、映画のプロットみたいな感じでもあるが、実際コロンバニ監督によって映画化が進められているらしい。物語としては、小説の半ばでネタが割れる。こうなるんだろうなあという方向に物語が進んで行く。そこが弱点ではあるが、多分映像化されれば、実際の人間の魅力で感動を呼ぶだろう。

 インドとイタリアとカナダ。三大陸で生きる何のつながりもない三人の女性。しかし、世界の網の目はどこかでつながっている。インドのスミタは、単に女性というよりも、今も残る厳しい身分差別に苦しんでいる。しかし、その差別は娘には味わわせないという強い意志を持っている。そして「行動」に出る。イタリアのジュリアは、家族で働いているが伝統的な家父長制社会に疑問を持っている。読書が好きで、自分の世界を大事にしたい。そして、自分と家族のために「行動」に出る。カナダのサラは男社会の中で極限まで頑張ってきた。「女性の壁」は頑張れば突破できるが、「病気の壁」は彼女にもどうしようもなかった。そこでサラはどんな「行動」に出るのか?

 世界的に女性の小説が注目されている。この「三つ編み」も、多分最も成功しているフェミニズム小説の一つだろう。だけど、この小説は男こそ読むべきだ。いや、「世界」を描いている以上、性別を超えて誰もが読むべきだ。みんな「世界」の一部なんだから。それに面白いし、そんなに長くなくてスラスラ読めるのである。夏休みに読むのに最適。それにしても、「毛髪小説」というのは読んだことがなかったなあ。
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