尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ガリン・ヌグロホ、「サタンジャワ」と映画

2019年07月03日 22時39分14秒 |  〃 (世界の映画監督)
 いま国際交流基金アジアセンター主催で「響きあうアジア2019」という催しが行われている。東京を中心に、演劇、映画などの興味深い企画をやっている。それらの中でも、僕が一番見たかったのが「サイレント映画+立体音響コンサート」の「サタンジャワ」。7月2日(火)の昼夜2回公演で、この日は仕事があったので夜のチケットを買ってあった。「ガリン・ヌグロホ×森永泰弘×コムアイ」とチラシにある。

 もっと細かく書くと、インドネシアの映画監督、ガリン・ヌグロホの無声映画、日本の森永泰弘の音楽・音響デザインによるコンサート、コムアイ(水曜日のカンパネラ)のダンスで構成されている。音楽はジャワのガムランなどの民族音楽、日本人奏者の弦楽アンサンブルなどが演奏し立体音響システムのエンジニアがいる。詩・マントラの朗読も行われている。というジャンル・ミックスの試みで、すでにベルリンやメルボルンで公演された。この作品は明らかにガリン・ヌグロホが中心の集団アートである。記事のカテゴリーに迷うけど、やはり映画監督も含めてガリン・ヌグロホのことを書いておきたい。
 (ガリン・ヌグロホ)
 アジアにはジャンルを横断して活躍する映画監督がいる。タイのアピチャッポン・ウィーラセータクン、台湾のツァイ・ミンリャンの名前がすぐ思い浮かぶ。インドネシアのガリン・ヌグロホ(1961~)もその一人だ。スハルト独裁時代から映画を作ってきた人で、日本では「枕の上の葉」(1998)が岩波ホールで1999年に上映された。ジャカルタで生きるストリート・チルドレンを描いていて、子どもたちが慕う女性を演じたクリスティン・ハキムが印象的だった。この映画の記憶が強いので、何となく社会派的なイメージを持っていた。しかし最初の頃から、多彩なインドネシア各地の文化がテーマになっていた。

 「サタンジャワ」は判りやすいとは言えない。正直言って僕にはよく判らなかった。上映される無声映画は美しい映像で心を揺さぶられる。20世紀初頭のオランダ植民地時代と字幕に出るが、その後は章の題名しか字幕がない。ジャワ島の民俗の古層に残る「神秘主義」がテーマらしい。入場時に配られたパンフに「あらすじ」が書いてある。植民地時代の貧しき村人は、サタン(悪魔)に頼るようになった。貧しい青年が貴族の娘と結婚するため、サタンと契約を交わすが…という「愛と悲劇の物語」だという。別にストーリー理解が必須というわけじゃないだろうが、途中でなんだか判らなくなったのも事実。

 会場が寒すぎて、冷房よけのシャツは持ってるけど、どうも気がそがれた。暑くても寝ちゃうけど、夏になると会場の冷房は大問題。それはともかく、音楽はいいけどマントラの朗唱が続くのでどうも眠くなる。昔ブータンやインド・ケララ州の伝統舞踊を見に行ったときの、なんだか判らないうちに眠くなった。まあ、そういうもんかと思う。映画は80分ほどで、案外短かった。真ん中で踊ると映画に差し支えるだろうから、ダンスはどうしても目の端になる。日本で初めてダンスを取り入れたというが、効果の判定は難しい。しかし、一番の問題は作者の「神秘主義」で、神秘主義の伝統が日本とつながると言ってたけど、今ひとつ理解できない。日本は神秘主義というより世俗的な社会だと思う。

 今回ガリン・ヌグロホの映画作品もかなり上映された。新作の「メモリーズ・オブ・マイ・ボディ」は4日、7日の夜に有楽町のスバル座で上映される。ジャワの女形ダンサーを描くという。「地域の芸能に根付くLGBTの伝統」とチラシに出ている。ベースとしてはイスラム教であるインドネシアで、なかなか取り上げにくいテーマだろう。今までも政治だけじゃなく、文化的、地域的にも危険なテーマをずいぶん取り上げて来たという。娘のカミラ・アンディニ(1986~)も映画監督で、東京フィルメックス最優秀作品賞の「見えるもの、見えざるもの」が上映される。

 僕はガリン・ヌグロホの初期作品をを2作見た。デビュー作の「一切れのパンの愛」(1991)は川崎市民ミュージアムまで見に行った。これは親子間のトラウマで妻とセックスできない青年が、モデルの妻、写真家の友人とインドネシア各地を撮影旅行してゆく。まだまだ手法的には初期という感じだが、テーマがインドネシアとしては大胆だったんだと思う。ロード・ムーヴィーとしても新鮮で、ジャワ島やバリ島の自然や民俗も面白い。写真家の友人も幼なじみで、同じ女性に思いを寄せていた。危うい夫婦関係を描いていて、東南アジア映画には珍しい。直接の性描写はもちろんないけど。

 その前に「サタンジャワ」のプレイベントで、第2作「天使からの手紙」(1993)を見た。ガリン・ヌグロホの映画はは東京国際映画祭に12本上映されているそうだ。この映画は第7回東京国際映画祭ヤングシネマ部門ゴールド賞を受賞した。かなりファンタジックな作品だが、中身は重い。古い習慣の残る村に住む少年ルワは、両親を失ってから天使に手紙を書くようになるが、ある日返事が来る…。イスラム教はコーラン以前の新旧聖書も認めるから、天使も信じている。でも古い伝統的な慣習も強い。この映画はこの前見た「マルリナの明日」に出てきたスンバ島で撮影された。少年の素朴な行動が村どうしの戦争に発展してしまう様を淡々と描いている。スンバ島の奇妙なとんがった家がフシギである。
(スンバ島の村)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする