尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

青春映画の傑作「君の鳥はうたえる」

2018年09月15日 22時48分10秒 | 映画 (新作日本映画)
 佐藤泰志原作、三宅唱監督の「君の鳥はうたえる」は青春映画の傑作だった。函館生まれの作家、佐藤泰志は失意のうちに世を去り忘れられていた。数年前から相次いで映画化され、小説も文庫で読めるようになった。それをまとめて読んで「佐藤泰志の小説を読む」(2016.10.5)も書いた。その時思ったのは、「海炭市叙景」「そこのみにて光り輝く」「オーバー・フェンス」の「函館三部作」で映画も終わりかということだ。だって函館が出てくる長編はもうないんだから。ところが東京を舞台にした「君の鳥はうたえる」を函館に移して映画化したのである。その手があったか。

 70年代の東京の携帯電話以前の青春を、現在のスマホがある青春に移す。それが函館という町だと、案外違和感なく描ける。佐藤泰志の小説には、「三人の物語」が多い。この映画は(原作も)二人の男と一人の女のひと夏の物語だ。もちろんカラー映画なんだけど、ほとんどモノクロかと思うような暗い画面が続く。「僕」の独白で「ずっと続くかと思っていた」夏。クローズアップも多く、登場人物たちの焦燥が直に伝わってくるような映像が続く。でもやっぱり時は経って、人は変わってゆくのだ。終わりなき夏なんか、ないのだ。

 「僕」(柄本佑)はバイト先で知り合った静雄(染谷将太)と住んでいる。今は書店でバイトしているが、そこで佐知子(石橋静河)と知り合う。他に店長(萩原聖人)や同僚たち、静雄の母(渡辺真起子)なども出てくるが、映画の大部分は中心となる3人が酒場やディスコで過ごす時間である。それがものすごく楽しそうというわけでもない。ただひたすら暇つぶしみたいな感じもする。仕事もあるのに気にする素振りもない。冒頭で「僕」は無断でバイトを休んでいる。その日に佐知子を路上で待つとき、「僕」は120まで数えようと思って数字をつぶやき続ける。名シーンである。

 何を考えているのか伝わりにくい「僕」は、その揺れる心を柄本佑が好演している。「素敵なダイナマイトスキャンダル」もあったから、今年の主演男優賞かも。(主演女優賞は「万引き家族」の安藤サクラだったりして。)石橋静河(しずか)は昨年の「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」で多くの新人賞を受けたが、どうしてもセリフのつたなさは拭えなかった。今回は柄本、染谷の間で全く遜色ない演技と存在感を示している。石橋凌と原田美枝子の間の娘だが、期待できる。染谷将太が二人の関係に絡んでくる。いつも不思議な感じだけど、この映画でもいつの間にか大きな存在感を発揮している。三人の危うい関係はどう動いてゆくか。

 三宅唱(1984~)は札幌出身の新進監督で、自主映画で作った「Playback」(2012)が評判になったが見ていない。深田晃司、濱口竜介ら最近世界的に活躍している日本の若手監督の一人である。脚本も担当した「君の鳥はうたえる」は見事な達成だと思う。最近見た「寝ても覚めても」とはまた違った感じで、恋愛や青春について思いを巡らすことになる。立川辺りを舞台にした原作を函館に移した脚本が見事。もともと「70年代の中央線沿線」ムードが原作にはあるが、現代の函館でうまく行かされているのに驚いた。原題は静雄が歌うビートルズの『And Your Bird Can Sing』に基づくが、映画では石橋静河がカラオケで「オリビアを聴きながら」を熱唱している。
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