尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

稲作開始は500年早かったー藤尾慎一郎「弥生時代の歴史」を読む

2015年09月01日 00時10分02秒 |  〃 (歴史・地理)
 講談社現代新書で出た藤尾慎一郎弥生時代の歴史」を読んだ。「新理論で描く、新書初の「弥生時代」の通史」と銘打っている。「新理論」とは「稲作開始は500年も早かった」という新説のことである。2003年に歴博(国立歴史民俗博物館)の研究チームが、炭素14年代測定の結果として発表した。その時はビックリしたが、著者はその研究で主導的な役割をになってきた。
 
 「炭素14年代測定」とはどういうものか、本の中で詳しく解説されている。遺物に残された有機物の中から、ごくわずか含まれる放射性炭素の量を求めて、その「半減期」(約5700年)から年代を判定する。だから科学的に確定されるかというと、実はかなり面倒な「較正年代」を求めないといけないことが判ってきた。「炭素年」というものがあり、1950年が基準になるという。それ以後は大気圏内の核実験が数多く行われ、大気中の炭素14濃度が大幅に上がってしまい使えないのだそうだ。

 当初この新説をそのまま受け入れるのはどうなのかと思った。日本では昔から「土器」が時代判定の指標となってきた。弥生時代とは「弥生土器」の時代。「縄文土器」と違う時代というわけである。その上で、実は土器の違いだけでなく、新しい社会の到来だったのだと説明する。「弥生式土器・水田稲作・鉄器の使用」を「3点セット」で教える。それが500年もさかのぼると、中国でもまだ鉄器が普及していない。歴博の研究で古い年代が出たのだから、ある程度は遡るとしてもそこまで古くなるかと思った。今でも世の中では「新理論」は通説にはなっていないと思う。

 でも、著者によれば、「3点セット」は当初の600年はなかったという。今までは「水田稲作は急速に列島各地に広がって行った」と言われていたのだが、500年もさかのぼれば「水田稲作の列島への浸透は非常に穏やかだった」と変わる。いやあ、そう来るか。僕はほとんど納得出来たような気がする。では、どうなるのか。本書の構成は以下の通り。

 第1章 弥生早期前半(前10世紀後半~前9世紀中ごろ)-水田稲作の始まり 
 第2章 弥生早期後半~前期後半(前9世紀後半~前5世紀)
                              -農耕社会の成立と水田稲作の拡散
 第3章 弥生前期末~中期前半(前4世紀~前3世紀)-金属器の登場
 第4章 弥生中期後半~中期末(前2世紀~前1世紀)-文明との接触とくにの成立
 第5章 弥生後期(1世紀~3世紀)-古墳時代への道

 「水田稲作」を受け入れるとはどういうことか、それは一種の社会革命だった。受け入れたら、もう後戻りできないのである。昔は縄文社会が発展的に水田を受け入れたという「単線的」な史観もあった。その後の研究の進展で水田稲作は朝鮮半島南部から受け入れたことがはっきりしてきた。現在では列島に渡ってきた人々の故地はかなり絞られているという。朝鮮半島南部、釜山と金海の間の洛東江(ナクトンガン)下流域である。(いま「朝鮮半島」と書いたが、「朝鮮」は李成桂が開いた王朝名だから当時にはない。日本の方は「列島」と書いているが、国も国境もない時代である。)

 水田稲作は初めから「完成された技術」として列島に移植された。一つの社会システムだったのである。一度始めたら、文化的、精神的な世界も変わらざるを得ない。そして、稲作農耕社会が始まると、実に早くから「階級分化」が始まっていく。「環濠集落」が生まれ、「戦争」が始まる。「戦争と格差社会」という、今もっともホットな問題を歴史的に考える時、ここまで遡って考える必要がある。

 この水田稲作は、北海道・東北北部と沖縄には浸透しなかった。今までは、つい「遅れた」と考えてしまうが、東北北部ではいったん受け入れた水田稲作を放棄していることが判っている。それは地域的にもっと有利な生き方があったからである。縄文文化で共通する列島一帯が、弥生を契機にして「三つの文化圏」に分立する。それは明治初期まで続くわけである。「日本の歴史の中で沖縄をどう理解するか」という重大な問題も弥生から考える問題である。

 古墳時代に最大の古墳が作られ政治上の中心だった大和・河内地方も、鉄器の普及した地帯ではなかった。一番発展した地方が、他の地方を従えて「ヤマト政権」ができるという理解は違う可能性が高い。文化的、位置的な理由から、最先進地ではなかった地方が政治的な中心として選ばれた。そして、「コメ」は鉄器と青銅器を大陸から受け入れる時の「交換物資」だったと想定できる。日本各地でどのように地域差が現れるか、非常に興味深い叙述がいっぱい出てくる。なるほど、こういう理解ができるかと知的興奮を覚えた。細かいことは飛ばして読めばいいので、多くの人のすすめたい本。
コメント
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