尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

国宝・曜変天目を見る

2015年09月11日 23時53分14秒 | アート
 ここしばらく強い雨が続いていた。台風と秋雨前線のためで、茨城県常総市で鬼怒川が決壊するなど、ちょっと考えがたい被害が起こっている。自分の家のあたりは雨の災害にあったことはまずないけれど、使っている電車が栃木県や茨城県に通じているので、ダイヤが大きく乱れてしまった。よく行く日光なんかも、電車が不通になっている。鬼怒川温泉でも大被害。確かに、特に水曜日(9日)などものすごい雨が終日降り続いていた。(ちなみに「常総市」と言われても、どこだという感じだが、水海道(みつかいどう)市が石下町を編入して2006年に出来た市名である。)

 書きたいことがまたたまるので、今日は頑張って二つ書きたいと思っているが、新聞切り抜きをしているうちに遅くなってしまった。時事問題系はもう一つに回して、まずは今日見た「藤田美術館の至宝展」の話。六本木のミッドタウンにあるサントリー美術館で、9月27日まで。昨日までは映画を見るつもりだったのけど、疲れていたので突然こっちに行こうかなと思って、仕事帰りに久しぶりにサントリー美術館へ。前売り券を買ってあるので、早く行ってしまいたい。藤田美術館というのは、大阪にある美術館で藤田組を作った明治の実業家・藤田傳三郎(1841~1912)とその長男、次男のコレクションを収める。藤田組というのは明治時代にはよく聞くけど、今はどうなっているのかと調べてみたら、同和鉱業を経て、今はDOWAホールディングスという。そこから別れたのが藤田観光で、椿山荘、箱根小涌園、ワシントンホテルなどを展開している。
 
 藤田美術館というのは、年中公開している美術館ではなく、なかなか行きにくいようだ。その前にまず大阪に行ったことが数回しかない。「維新国の首都」だから、しばらく足を踏み入れる予定もない。こうなると予想して、数年前に(まだ橋下知事だった時代に)、リバティ大阪(大阪人権博物館)やピース大阪(大阪国際平和センター)はたっぷりと見学して記憶に焼き付けてきた。ということで、今回は大変貴重な機会。国宝、重文がいくつもあるすごい展覧会である。例えば、奈良時代8世紀に作られた「大般若経」。あるいは「紫式部日記絵詞」。さらに「玄奘三蔵絵」。まあ、大般若経はよく判らないから、字を見るだけだけど、絵は素晴らしい。いずれも国宝。快慶作の「地蔵菩薩立像」も素晴らしかった。

 入り口は3階なんだけど、まず4階から展示が始まり、「第1章 傳三郎と廃仏毀釈」が出てくる。この宗教美術がもしかしたら一番いいかもしれない。続いて「国風文化へのまなざし」「傳三郎と数寄文化」となる。曜変天目はどこだという気持ちで見てしまうので、つい急ぐのが残念。3階に下りてきて、「茶道具収集への情熱」「天下の趣味人」となる。「曜変天目」と書かせるけど、普通は「窯変」である。要するに焼いた時の予期しない変化だけど、特に星の輝きのような模様になった物を日本で「曜変」と呼ぶ。中国の福建省建陽市で作られたというけど、こういうことは今調べたこと。世界で3つしかない。いずれも日本にあり、国宝指定。(もう一つ、重文指定のものがあるが、曜変ではないという説もあるという話。)一つが、今回の藤田美術館だが、もう一つが世田谷の静嘉堂美術館。三菱系の美術館だけど、今は改修中。両方の写真を並べてみる。最初が今回見たもの。
 
 これが案外小さくて、ちょっと「へえ」という感じがあった。もう一つがあるだろうということになるが、それは京都にある「龍光院」所蔵。大徳寺の塔頭だけど、一切公開しないという。国宝4つの他、建築も含めて多くの重文もあるが、特別公開もしないという。ということで、見られないから写真も載せない。「曜変天目茶碗」を見ると、確かに美しいのである。だけど、同時にそれは一種の「破格」の美でもある。デザインにシンメトリーが全くなく、偶然にできたものだからである。しかし、それを「破格」と見てしまうのなら、日本で作られた志野などの方がしっくりくるという部分はないだろうか。僕がどうしても感じてしまったのは、志野の破格の懐かしさだったとも言える。茶に素養も経験もない自分には茶道具のことは判らない。いっぱい並んだ茶道具を見て、これは判らないなと思った。自分は要するに、彫刻や工芸の一種として陶芸を見るしかない。

 日本で国宝に指定されている茶碗は数少ない。他に中国・朝鮮のものでは、大阪市東洋陶磁美術館の油滴天目茶碗や孤篷庵に伝わる「井戸茶碗」などがある。しかし、日本の物では国宝は二つ。三井記念美術館の「志野茶碗 銘卯花墻」とサンリツ服部美術館(長野県諏訪市)にある光悦の「楽焼白片身変茶碗」である。この二つはどっちも見ている。驚くほど素晴らしいと思う。僕には評する言葉が出ない。やっぱり「曜変天目」より好きなのではないかと思う。写真を見つけて載せておく。前者が志野、後者が楽焼。それはとにかく、この展覧会は本来、最初の方をじっくり見るべきなのではないか。見応えのある日本美術の集成であり、昔の実業家はすごかったと改めて思う。
 
コメント (1)
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