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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「薄氷の殺人」

2015年01月21日 21時42分54秒 |  〃  (新作外国映画)
 中国映画「薄氷の殺人」。2014年のベルリン映画祭グランプリ、主演男優賞を取ったというが、予告編が素晴らしくて是非見たいと思った。予告編はネット上で見られるので、ご覧になって見てください。往々にして、予告編の出来がいいと本編を見てガッカリすることがあるが、この映画も多少そういう面はある。でも、中国東北部(ハルビン)の寒々しい街を舞台に、「運命の女」(ファム・ファタール)に惹かれる男を圧倒的な映像で描く中国の「フィルム・ノワール」である。
 
 1999年、石炭工場で人間の腕が見つかる。その後、6か所の工場で同様に石炭の中から人間の各部位が発見され、その中の一つに身分証が見つかった。その人物がバラバラ殺人の被害者と思われ、妻のもとに刑事がおもむく。この妻を台湾の女優グイ・ルンメイ(「藍色夏恋」など)が演じていて、楚々とした美形に薄幸そうな風情がただよい魅惑的である。夫の家族のもとに捜査に行くと、弟たちと銃撃戦になってしまい、この事件は迷宮入りする。リャオ・ファンという俳優が演じる刑事は、事件をきっかけに警察を辞めてしまう。これが冒頭の謎めいたプロローグ。

 5年後の2004年、さらにバラバラ殺人事件が起きている。最初の事件を含めて3件。いずれも5年前の事件の妻の周りの人物が死んでいる。今は刑事を辞めたリャオも事件に惹かれて、彼女が務めるクリーニング屋を訪ねる。以後、知り合いになって事件の真相を探ろうとするのだが…。クリーニング店に残された引き取り手のないコート。寒々しい街にネオン輝くナイトクラブ「白昼の花火」(白日焰火=原題)の怪しげな証言。そして事件が起きている屋外スケート場にリャオは彼女を誘う。ヨハン・シュトラウスが流れるスケート場から、彼女はどんどん奥の方へ滑走していく。一体、どんな真相、または謎へと誘導されるのだろうか。

 「謎の女」と「街を動き回る探偵」が「フィルム・ノワール」の必要条件だから、これは映画史の様々な犯罪映画の記憶を封じ込めた魅力的な犯罪映画である。しかし、それは「外見」であって、内実は中国の都市と地方富裕層と貧困層男と女といった広がるばかりの格差社会を痛切な感情で描き出そうとした映画だと思う。謎は解明されるが、痛ましい余情が残る。99年のシーンから04年のシーンへ変わる「トンネル」の場面は素晴らしい。長い長いトンネルを抜ければ、そこは寒々しい雪が降る街に、元刑事がバイクとともに倒れている。事故かと思うと、飲み過ぎらしい。この「トンネルを抜けると雪だった」で判るかもしれないが、この場面は川端康成「雪国」の冒頭なのだそうだ。さすがに、見た時はそこまで判らなかったけど、監督は世界文学で一番素晴らしい書き出しだと言ってる由。

 その監督は、ディアオ・イーナン(1968~)という人で、漢字で書くと「刁亦男」と言うらしい。この姓は一体どんな字なのか。コピーしたので、読みが判らない。「スパイシー・ラブスープ」や「こころの湯」の脚本を書いた後で監督になり三作目。今までの作品は日本未公開なので、この監督の名前は初めて意識した。かつて、80年代後半から90年代にかけてチェン・カイコーやチャン・イーモウなどが世界的傑作を続々と送り出していた時期がある。それはかつてのイタリアや日本、ポーランドのような素晴らしい時代だったけど、それらの国の場合と同じく、映画の背景には抗日戦争や文化大革命といった「国民的な痛切な記憶」があった。しかし、「改革開放」政策も30年を過ぎ、中国経済なくして世界は存立できない。中国国内は腐敗と格差が広がり、もはや政府がいくら締め付けても「国民の物語」の時代は終わらざるを得ない。そんな新時代の中国映画を支えるのは、もっと個人に即した「犯罪」や「少数者」を取り上げるジャ・ジャンクーロウ・イエなどである。日本の高度成長期に大島渚や今村昌平が登場したように。そんな中国の今を描く新しい才能が登場したことを告げるのが「薄氷の殺人」だと思う。魅惑的なグイ・ルンメイと寒いハルビンを見るためだけでも、見る価値がある。
コメント (2)
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