実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

2022 読書特集 実戦教師塾通信八百二十号

2022-08-05 11:24:12 | 思想/哲学

2022 読書特集

 

 ☆初めに☆

暑いですね~。動けない時は本を読みましょう。恒例の読書特集です。この特集の時は、いつも以上に書く作業が楽しいです。収穫の多い一年だったかな。ロシアによるウクライナ侵攻があったため、古い文献をあさることが多くありました。うっかりすると、そっちばかりになりそうでした。別なジャンルで、あと3冊ほど書きたかったのですが、来年にしようと思います。それでも結構長くなりました。夏休みですので、ブログもゆっくり読んで下さいね。

 

 

1 「Number 1044」  2022年

雑誌です。Numberのよさは、専門誌と違って外野の人間でも分かること。でも、将棋に通じている記者による記事は、将棋の面白さを逃していない。撮影担当記者の、藤井聡太をのぞき込む時の怖さは、「猛獣の怖さというより深い崖を覗き込んだ時の怖さ」だという。これは渡辺明との王将戦・第一局である。右端に少し見えるのが渡辺王将(当時)の袴で、鋭い眼光の藤井聡太の右手にはお茶。トイレに立ったあと、相手がすぐ差せば自分の持ち時間のカウントが始まる。だから、すぐ戻ってこないといけない。対局室には激しい呼吸が充満しているという。

藤井聡太は七局ある竜王戦で、天敵・豊島将之をストレートで破っている。そのレポートが興味深い。時間を惜しみなく注いで長考に入る藤井が、残り時間9分という時、豊島の方は2時間半も残していた。「これで勝てると思っているのか」と、控室の誰かが悲鳴をあげたそうだ。しかしその後、まだ1時間を残したまま「負けました」と豊島が駒台に手をかざす。感想戦に入ると、豊島が「負けですか?」と、藤井に言ったそうだ。自分にまだ何か方法があったか、という問いなのだ。ふたりは、たくさんの「難しい」「自信がない」を口にするのである。

歴代棋士・羽生善治や谷川浩司、会場となったいわき湯本温泉の女将の話なども見逃せない。

 

 

2「西郷札」松本清張 新潮文庫 2021年(改装版)

松本清張のデビューは遅く、41歳。この短編集の冒頭を飾る「西郷札」(「さいごうさつ」)は、清張が朝日新聞社に勤務中の時のものだ。廃藩置県によって、それまで各藩に流通していたお札を新政府が買い取る。大蔵省は各藩からの不満を抑えるため、藩それぞれの買い取り時期と値段を極秘としていた。それを聞きつけた三菱の創始者・岩崎弥太郎は、日本中の藩札を買い占め大儲けする。ここまでは本当の話。12個の短編すべてに通じるのは、幕末・明治初期において生まれた、士族や家族の運命・宿命である。表題作品の主人公(樋村雄吾)は、廃藩置県のあおりを食らって給料を失った父親を置いて、西南役の西郷隆盛の支援に向かう。仲の良かった義理の妹とも離れ離れになるが、明治になって再会する。坪内逍遥が言う通り、明治・東京の新風俗は、夢を追う若者が選んだ「書生」「人力車夫」だった。戦に敗れた雄吾も、車夫となった。その客として突然目の前に現れたのが義理の妹・季乃である。季乃は大蔵省・大隈重信の直近部下の妻になっていた。ふたりが一緒のところを偶然見た紙問屋の主人が、俥(くるま)屋の主人に、紙切れ同然となった「西郷札」買い取り仲介を持ち掛ける。この後のふたりは、荒れ狂う海に漂う木の葉のようだ。

時代に翻弄される男と女という清張の創作方法は、デビュー作ですでに堅牢だった。

 

 

3「戦争は女の顔をしていない」 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 岩波現代文庫 2016年

この本は大戦時のソ連(現ロシア)女性兵士へのインタビューを集めたものだ。2015年に著者がノーベル文学賞を受賞してすぐ、この本を注文したが明確な説明のされないまま、キャンセルとなった。著作権消失のためだと知ったのは最近である。ノーベル賞を受賞する前年、ロシアのクリミア半島への侵攻があった。そして、著者はベラルーシ出身である。これで、著作権停止をめぐる説明は要らないだろう。このインタビュー収録の時、大戦時に少女だった500人の女たちは顔に深いしわが刻まれていた。若かりし時の戦いの日々には二通りの姿があったように思う。ひとつに、女たちはいつも戦争の被害者だった。

「私がきれいだった頃が戦争で残念だわ、戦争が娘盛り。それは焼けてしまった。その後は急に老けてしまったの……」(自動銃兵)

茨城のり子の『私が一番きれいだった時』をコピーしたような女性の話は、「本当に困ったわ。水はないしトイレもない。分かるでしょ?」(電信係)等へと続く。もうひとつ、本のタイトルを思わせる女兵士たちの言葉も見逃せない。汽車の中で上級大尉が中尉に「堕落しないでくれよ……君は優しい娘なんだから。……戦争から清らかなまま戻るのは難しいんだよ」と言う。敵はファシスト(ドイツ軍)、こちらはソ連の兵士を指す。

「みんな喜んだわ。本物よ、本当に撃つのよって」(狙撃兵)「職務を解いて弾が飛び交っているところへ送ってください!」(通信係)

等のおびただしいくだりは、温厚で気弱な青年がガチガチの兵士になる姿を描いた、キューブリックの『フルメタルジャケット』を思わせる。それでも、女たちはわずかばかりの「おしゃれ」をたしなみ、戦地から戻った自分の身長が10㎝伸びていたと振り返る。著者はインタビューを通じて、「人間は戦争の大きさを越えている」と言うのである。

 

 

4「ロシア共産党党内闘争史」R.ダニュエルズ 現代思潮社 1971年

学生時代に読んだこの本を、もう一度引っ張り出した理由は、ロシアのウクライナ侵攻があったからだ。1950年代に始まるスターリン批判で、封印されていた文書が(一部)公開される。その中で明らかになった激動期のロシア革命での論争・抗争をめぐる記録だ。上巻には、ロシア革命からレーニンの死までの経過がある。いまニュースで当たり前のように「ロシアはずっとウクライナを侵略して来た」とすることが、いかにいい加減であるかが分かる。これは先述の『戦争は女の顔……』の、「友達と一カ月かかってウクライナの第四軍に追いついた(合流した)んです」に見ることも出来る。まぁこれは、ナチスドイツを相手にした第二次大戦での話ではあるが。第一次大戦において、まずはロシアも帝国、国土の拡張をねらうハンガリーやオーストリアなど、どこにも民主・民衆なんて言うものがなかったことは以前に書いた。この帝国ロシアを倒したボリシェヴィキ政権は民族自決権を尊重するが、このことをめぐって激しい論争が繰り広げられる。ウクライナの右派はモスクワ(党中央)を支持するが、同じく左派はモスクワからの自立を主張する。しかし、両派ともに「ウクライナはロシアの一部」という認識だ。左派はあくまで「自治権」の要求だった。これがウクライナ(地方)での出来事だ。こういうところまで、今のニュースなど知ったことではない。そんな革命政権内の抗争・混乱に乗じて、追放された帝国ロシアが再び頭をもたげる。将軍デニキンはモスクワの奪回にまで迫った。

プーチンの暴走に便乗した、単純すぎる「ロシア=悪・ウクライナ=善」なる図式で、歴史はなかった。

 

 

5「AV女優の家族」光文社新書  2020年

全て本人の写真入りインタビュー集。 ①茉莉菜さんは、芸能界で仕事をしていた。でも「自分の実力で仕事をしていたわけではなかった」ことに気づき、「完全に個人戦」のAV業界に入った。この人、人妻でママさんである。単身赴任の多い旦那さん(仕事のことはバレてる)を、ちゃんと愛してる。撮影での「体の満たされた感」と「プライベートでの満たされた感」は違うそうなのだ。 ②この業界に普通の人は少なくて、超お金持ちのお嬢様か、本当に貧乏な人がやってると語る心菜さんは、「男性がもう信用できない」「まともな男っているのかな」と語る。常々の目標は「女は自立しないといけない」である。 ③シングルマザーのゆきさんは、結婚に何度か失敗している。いろんなことが自由で、仕事もしっかりやってくれる男性だと思っていたのが、結婚すると、超束縛男になってしまう。良く聞くことではあるが、この人の「どうしてもダメ男に育てちゃう」のワンフレーズにはうなるものがある。 (番外)早漏オーディションを勝ち抜いた男優・中平くん。六秒で発射のギャラは、1万3千円だったという。時給換算すると780万円!なんだとか。まぁ1時間ずっとは無理だと思うけど……。5人の女優と1人の男優の話は、それぞれに奥が深い。

 

 

6「ハヨンガ」チョン・ミギョン アジュマブックス 2021年

ドリンクに混入された薬物で身体の自由が利かなくなった女性が、ホテルの一室に運ばれるところで物語は始まる。これなら日本の首相番記者が、女性ジャーナリストに行った行為かとも思う。しかし、女性を運び込んだ男はホテルを去る。その後、男が送信したラインを受けた男たちがホテルに殺到する。男たちは動けない女性に次々と行為に及び、ホテルの廊下は「待合室」の様相となる。女性の悲惨は終わらない。この後、強姦専用ネット(ソラネット)上で、本人の写真・個人情報が、性行為の動画と共に炎上するからだ。「雑巾女!」/オレを捨てたオマエが悪い/復讐してやったという幸福感/「いいね!」が膨らむことで有名になった等々。この小説が興味深いのは、韓国で実際に起こった事実をもとにしたものだからだ。この侮辱に耐え切れず女性が自殺したのをきっかけに、事件を取り上げようとしない警察を見切った女たちが立ち上がる。そして、ネットの「顔が見えない男たち」に、「顔が見えない女たち」の復讐が始まる。不可能に思えるリベンジが実現する経過はリアルだ。

「遊びでストレスを解消してるだけなのに……冗談の通じない石頭……そう思われるより沈黙した方がマシ」

「アホか、消えろ……他の相手には使わない言葉が遠慮なくあふれ出すのだが……傷つけていなかった。ブサイクと言われたら火星に行けと答えられる友だち……そんな友達を欲しがっている自分に気が付く」

いじめ社会に漂う空気、あるいはネット社会で見失ったもの、そんなことを考えさせるくだりも散見される。

 

 

7「2月の勝者」高瀬志帆  ビッグコミックス

コミック。ドラマになったので、ご存じの方も多いと思う。『家売る女』と似ている。チーフの三軒家がいつも最後に言う「おちた……」は、不動産屋の性根を表す。しかし、物語の核となるのは、家を買おうとする男や恋人、家族や親の、ある時にはあいまいな、ある時には相手を思いやらない考えを引き出し、修正していく三軒家の力だ。そして最後は、客にとっての最適な「家・物件」を示していく。塾講師の黒木蔵人もそうだ。業界トップのフェニックスをやめて桜花ゼミナールに来た黒木は、「Rクラスはお客さんです」と、難関校からはるか遠い受験生を「お客さん」、つまりお金を出してくれればいい人たち、と言う。Rクラスの生徒は勉強が出来るようにならなくてもいい、ともいう。何とか理解のつまずきを克服させようとする講師を「原始人」と言ってはばからない。黒木は、息子の成績がちっともはかばかしくない状況を嘆く母親を横目に、息子の「学力」ではない「夢」に注視する。その結果、息子が家はもちろん、塾、そして学校でも生き生きとし出す。拝金主義・合理主義に見える黒木のセリフは、『家売る女』のラストに似ているのだ。雑な内容の時もあるが、「子どものために」という大人の一方的カン違いを教えてくれる。大雑把に読んでて自信はないが、舞台は吉祥寺界隈と思う。ドラマでは黒木蔵人役が柳楽優弥。見てないけど、当たり役と思う。

 

 

補「『楢葉郷農家の10年』の軌跡」 2021年

その後も多く、新刊への感想をいただいている。「知らなかった」という感想の多くは、実は「忘れてた!」というもの。私も自分が書いていながら、読み返すと「そうだった!」と思う。繰り返しますが、これは批判・告発の本ではない。福島の「場所」に生きる人たちの「力」が記録されている。原発事故よりも大きい人の力が、そこにある。まだ読んでない人、ぜひ読んで下さい。

 

 

 ☆後記☆

8月になりました。ピラフを食べて、暑さを乗り切ってもらいます。涼しげなお吸い物も考え中で~す

裏面は「夏休み」\(^o^)/。今となっては古い記事になりましたが、拓郎のことも書きました。まだまだ続く夏休み

次号は少し休憩ということで、旅先の写真ばかりの記事になると思います。ほとんどが軽症であることを忘れてはいけませんが、コロナが爆発的です。東京での用足しや仲間との飲み会は、参加人数が多いため延期にしました。旅行は関係ねえ。楽しく行って来ま~す

 


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