実戦教師塾・琴寄政人の〈場所〉

震災と原発で大揺れの日本、私たちにとって不動の場所とは何か

福島詣・4 実戦教師塾通信八百五十一号

2023-03-10 11:26:50 | 福島からの報告

福島詣・4

 ~引き継がれるもの~

 

 ☆初めに☆

しょっ端なので少し躊躇しましたが、野球のことを。ジャパン勝ちましたね。オオタニさん、ちゃんと見せ場で見せるし、二塁のベース上では中国の選手と談笑してるしで。すごいな~。気持ちの緩急を自在に出来ないと……出来るもんじゃない。日本の球団の監督が「みんなあんなにはしゃいで、なんだと思ってるのか。勝負はそんなに甘いもんではない」と、手厳しく批判していました。大戦中のことですが、「日本の上官は下っ端の兵隊に、行進の仕方がどうでこうでと文句を言い、アメリカの兵隊はガムかんでる。そんなアメリカに日本が勝てるわけがない」と言ったのは、さて、吉本隆明だったかな。ということで、楽しそうなジャパン、どうなるか。今日は韓国戦ですね。

 ☆精いっぱいの人々☆

楢葉・宝鏡寺の早川住職に、二度目に会った時だったと思います。

「住民は今日と明日のことで精いっぱいなんだ。原発なんか考えるもんか」

と、原発が誘致された頃を振り返って言いました。私は2019年に露出した、福井県・高浜原発をめぐる金品授受という不可解な事件を思い出しました。あの時レポートしましたが、私がしみじみ思ったのは、原発誘致の際、町に橋が出来る!と驚き喜んだ当時の人々の姿です。海沿いの断崖に臨んだ場所で苦しんでいた漁師や農家の人々の思いです。楢葉の渡部さんのおばあちゃんが言っていた言葉も思い出します。

「大熊の人たちは今までも大変だった。空襲で(特攻兵を訓練するため作られた)空港が焼かれ、戦後は広大なその跡地でひっそり塩を作ってた。そこを原発がやって来て、今度は事故で追い出されたんだよ」

早川住職の言葉がずっしりと響きます。もっとたくさん話を聞きたかった。

 ☆「げんぱつ和尚」☆

手塚治虫の「鉄腕アトム」の連載開始が1956年。日本で「原子の火」が灯るのが1957年。日本初の原発が同じく東海村で運転を始めるのが1966年。福島第一原発の運転は1971年の開始です。「アトム」の日本語訳が「原子」とは言うまでもないでしょう。アトムは十万馬力なのです。原子力が「いいものとしてよみがえる」時期でした。早川住職の起こしたのは、そんな中での原発反対運動だったのです。当時を振り返る人は、原発との「共存共栄を考えた」などと朝日新聞の連載では言いますが、今日明日のことで精いっぱいの人々がそんなものであったはずがない。連載によれば、「げんぱつ和尚」なるあだ名は「変わり者」に貼るレッテルだったようです。以前紹介した『月刊住職』の巻頭の記事は「たった一人の人間の力で暗も明も決することがある」と結ばれます。宝鏡寺に身を寄せている檀家の皆さんは一体どんな思いでいるのか、聞いておくんだったとも思いました。通夜に訪れる人から聞こえる多くは、いかにも檀家の人たちらしく、何時に来たんだとか、誰だれは来たのかというものでした。そんな会話からだけでは、現在も早川住職が「変わり者」とされているのか、測りかねました。

 ☆存続問題☆

新聞の連載についてはまだあります。二回目の最後に「早川亡き後、伝言館が危機」とあります。反原発のお寺は支持されていたわけではない、と読める記事でした。檀家からの支援も必要ですが、根本的なことを言えば、寺は宗派の大本山・本山・末寺といった階層分類からなっています。伝言館も含めた宝鏡寺存続にあたっては、宗派全体の指針や検討が不可欠、という私の認識です。この2月、その点は「いい方向に進むようです」と聞かされたと思っています。

 ☆ブタ熱☆

天神岬に「うさぎとカメ」のスタッフを案内しました。空に向かう広野火力発電所手前に、整備された堤防や土地。初め見渡す限り瓦礫だったのが、次に地面を一杯にしたのは汚泥を入れた黒いフレコンバッグだったと説明しました。

ここから徒歩で3分ぐらいで、北田天満宮。「これ以上頭が良くなっても困る」と口の減らないスタッフもお参り。

そして最後に、渡部さんの牧場へ。

牛の相場や取り引きは、思わしくない。渡部さんからは、変わらず色よい言葉が聞けません。牧場が「もってあと三日」とは、冗談なのでしょうか。奥さんは「ん~、あと四日半かな」等と言います。少し明るい顔だったのは、イノシシがいなくなったな、と話した時。ブタ熱のせいではないか、と言うのです。イノシシがブタに移したのかブタがイノシシに移したのか、両方がやられたということらしい。どっちにせよ、イノシシが居なくなるのは良かった。

「お父さんは、七五三も入学のお祝いも、いつもここで撮るのよ」

シャッターを押してくれた奥さんが言いました。スタッフのみんなで、渡部さんにも入ってもらいました。

 

 ☆後記☆

今日は柏市内中学校の卒業式です。天気は式終了までどうやら持ちそうで良かった。まだ在校生の入場できない学校がほとんどですが、今まではフェンスから眺めるしかない保護者だったのですよねえ。

手賀沼沿いに咲いた河津桜で~す。

金かかるんだね~と嘆きつつ、でも嬉しそうに知り合いが言っていたのは二日前です。合格祈願なんてとても考えらないキャラなのですが、湯島天神まで行ってお守りを買ったんだそうです。高校の知名度実力度の地図はすっかり変わりましたが、子を思う親の気持ちは変わらない(といいなぁ)と思った日でした。卒業おめでとう


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