千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「音楽で人は輝く」樋口裕一著

2011-02-26 19:56:12 | Book
「君に送る手紙も、これが最後になるかもしれない。柄にもなく、いまフランスにいてね。」
・・・今月号の「ぶらあぼ」の音楽評論家の舩木篤也さんのエッセイは、こんな書き出しではじまる。ラ・フォル・ジュルネの原産地であるフランス、ナントを訪問されていた舩木氏の感想はいつもながら洞察力深く、最後の驚く結末に至るまで完璧。

さて、そのラ・フォル・ジュルネの今年のテーマーはなんと「タイタンたち」である。舩木氏によると今年生誕、没後の記念年にあたるリストやマーラーは当然だが、シェーンベルクまでもが挙がっているそうだ。プログラムをながめながら、早速チケット獲得の組み合わせを検討されている方も多いだろうが、おそらく国内でラ・フォル・ジュルネのコンサート参加数の最高記録は、樋口裕一氏ではないだろうか。何しろ樋口さんは会場近くにホテルをとり、勿論、ナントにも通い、この6年間で合計264のコンサートを聴いてきた熱狂的な音楽ファンである。なんと幸福な方であろう。

樋口氏が同じくルネに熱狂する人々のために書いた公式本が、本書の「音楽で人は輝く」である。ブラームス、ワーグナー、ブルックナー、ドヴォルジャーク、マーラー、R・シュトラウス、、、からシェーンベルクまで、世界中で演奏され愛されている作曲家の中でも特に後期ロマン派のタイタンたちにスポットライトをあててご案内しているのだが、本書の特徴は西の横綱にブラームス、東をワーグナーに設定して、ふたりのタイタンたちの派閥の”対立”と”愛のドラマ”(女性遍歴)を軸にクラシック音楽を評論しているところにある。芸能レポーターのように、偉大な作曲家を偉大であるがゆえにおもしろおかしくした我田引水的な小話かとそれほど期待していなかったのだが、素人だからできる自由な発想によるナビゲーターは、新鮮で音楽家たちを生き生きと論じ、尚且つきちんと論拠をおさえているので説得力もある。

ブラームスもワーグナーも共通の基盤はベートーヴェン。ある時、ベートヴェンがゲーテと散歩をしていたところオーストリア皇后一行と遭遇した。ゲーテはわきにどいて深々と頭をたれたのに、ベートーヴェンは昂然とした態度で臨み、貴族たちの方が会釈したという有名はエピソードが残る。ベートーヴェンが傲慢などではない。純粋に、単純に?芸術を至高のものと考えていた彼流の矜持なのだが、この頃から貴族のための娯楽音楽から、人間の魂を揺り動かし、真実を音楽に奏でる芸術としての音楽がはじまったともいえよう。ベートーヴェンを意識して、彼をこえる作品を創作しようと流れていったのが、ブラームスをはじめとした音楽それ自体を目的として形式にそった楽曲にこだわった「絶対音楽」派と、一方、音楽を表現するものと考え、言語による標題を示したり、人間による声の歌詞を使って文学的な物語を創造したワーグナー派に分かれていった。ふたつの音楽観は、どちらが真の芸術かというのは永遠に解決できないし、する必要もない論だと私は考えるのだが、当時の評論家たちの論争が真剣で熱気があるだけに、おかしみがある。対立は、活気すらもうむものである。

そして興味深いのは、内向的で、秘めた恋を貫こうとしたためかどうかはわからないが生涯独身だったブラームスに比較し、ワーグナー派は華麗なる女性遍歴を重ねた。指揮者のハンス・フォン・ビューローの新妻コジマと友人を裏切り恋愛関係になり、57歳で晴れて再婚した愛のドラマは、ワーグナーの音楽同様、充分文学的かもしれない。
「音楽で人は輝く」という素敵なタイトルから感じられるとおり文章がうまいと感心したら、著者は小論文・作文の通信指導塾の塾長で「頭がいい人、悪い人の話し方」などのベストセラー作家だという。音楽に関しては素人とご謙遜されていえるが、ほぼオタクなワグネリアンの実力を知らしめた一冊である。

■大好きベート-ヴェン
ベートーヴェンがやってくる
映画『敬愛なるベートーヴェン』
ジャン・ジャック=カントロフによるオール・ベートーヴェンのリサイタル

不透明な「格付け業界」

2011-02-25 15:24:35 | Nonsense
とある外資系女性証券会社の女性営業マンは、業界では”ボンド・ガール”と呼ばれる有名人。
彼女は安くいが格付けの高い債権(BOND)を集めて、素朴な地方銀行や自治体に債権を売りさばきトップセールスも記録したことがある。彼女の業績には、そのスカートの短い丈も貢献しているのかもしれないが、「高格付けです」という言葉が切り札となり次々と買われていくという。投資家は、日本は、格付けと市場価格や倒産件数との相関関係が低いのをご存知ないのか。2001年9月、社債発行による資金調達で延命を図ったマイケルが破綻し、発行された社債はあえなくデフォルトとなったが、当時の格付け機関の格付けは”投資適格”だった。確かに黒木亮氏の小説「トリプルA」に登場する梁瀬次郎が言うように
「格付け会社は探偵団ではありません。(中略)我々は神ではなく、市場に生き物です」
になるが、優秀な頭脳が判断しているはずの格付にも関わらず、なんとなく不信感がぬぐえないのは、格付会社そのもののビジネスモデルにある。そこで情報誌「選択」を参考に格付け業界の問題をおさらい

①依頼格付けのように、自らが発行する債券や証券化商品の発行者から手数料をもらうため、依頼主への甘い思惑が生じる余地がある。
「トリプルA」の某格付け会社の駐日代表・三条の営業に偏った行動が、単なる架空の物語とは思えないのは、この無理なビジネスモデルにもある。

②一方で勝手格付されて、低く格付けされた会社が、手数料と会社情報を貢いで、格付けをあげてもらっているという哀れな話も・・・。ある外資系格付会社は、一時期、危ない地銀に勝手格付けを乱発して営業をかけていたそうだが、これではまるで反社会的勢力によるゆすりやたかりと変わらないのではないか。

③利益相反による格付けへの影響。米国では、格付会社自らが株式を保有する発行体にへの格付けをする際に影響がすでに問題として浮上している。

④格付けショッピング。より高い格付けが欲しいが為に、複数の格付け会社に打診して判定をもらい、最も高い格付けを付与してくれる会社に手数料を払う。東北地方のある自治体は、地方債の発行を検討して最も条件のよい格付け会社に手数料を支払ったという経緯がある。

⑤もっと悪質なのは、格付け会社が商品設計に関与するマッチ・ポンプ営業。実際に、パチンコ店の権利を証券化商品にする案件がもちかけられ、高格付けとともにパチンコなど何も知らない欧州の機関投資家に売られていったそうだ。

サブプライム問題では、信頼度の低いローン商品にも高い格付けがされていたことは承知のとおり。この事件から、世界の金融当局が「格付け会社」そのものへの規制と監視の必要性で一致した。日本でも、2009年6月、金融商品取引法改正によって、格付け会社の登録制が導入されて、証券取引委員会が格付け手法の妥当性、対象企業の株式保有状況を検査することになった。早速、S&P、ムーディーズ・インベスターズ・サービス・インクの日本法人2社、フィッチ・レーティングス、日系の日本格付研究所と格付投資情報センターが金融庁に業者登録をした。格付け会社から社員をリクルートして、実情の把握に努めているというが、どこまで疑わしいビジネスの闇にせまることができるだろうか。最近は、大学も学長が経営手腕を証明するかのように学校の格付けを公表しているが、学生の立場からしたら経営としての格付けよりも、教育内容の中身の格付けが欲しいところだろう。何でも効率化を求め、経営力を問う時代にも疑問を感じるが、”選択”を他人まかせばかりにもしていられないことも自覚すべきか。格付け業界だけでなく、そこに依存する証券業界の姿勢にも問題がありはしないか。

■アーカイヴ
小説「トリプルA」

「トルプルA」黒木亮著

2011-02-24 22:42:35 | Book
今さらながら、、、であるが、米国の格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズが、日本の国債を上から3番目の「ダブルA」から、4番目の「ダブルAマイナス」に”格下げ”をした。そもそも、世界一の債務国が、世界一の債権国の日本の格付けをするなんて生意気だぞっ。格付け会社のビックスリーが、破綻寸前までエンロンを”投資適格”とリリースしていて、間違いだらけの格付け会社の格付けをCCCにしたいくらいだった記憶が残っている。そんな日本国民の屈折した感情にこたえるかのような黒木亮氏の「トリプルA 小説格付会社」である。

主な登場人物は、M大学を卒業して和協銀行の銀行員になった乾慎介やマーシャルズの格付アナリストの水野良子、日比谷生命保険会社社員の沢野寛司。彼らはほぼ同世代で、バブルがはじまる頃に働きはじめて、現在は40代後半の年齢になる。まあ、誰でもモデルは協和銀行、ムーディーズ、第一生命ではないかと検討がつくのだが、その他の社名(山一證券など)や社長名はほぼ実名で登場しており、また物語は1984年夏、日経平均が1万円台の大台に乗り、バブル景気の高揚感にうきたちはじめた頃からはじまり、リーマンショックまでの25年間に渡ることから、まるで四半世紀の経済の歴史をおさらいする格好の読み物となっている。

20世紀初頭、米国で格付けがはじまった頃は「勝手格付」だった。ところが、1960年代から発行体から依頼を受ける「依頼格付け」の比重が高まり、年間手数流料500万円をめぐって、格付け会社も営業をしてお客様を獲得する競争が生じるようになった。そこには、発行体であるお客様に受ける”優しい”営業トークもあるのではないだろうか。おまけに、ムーディースは2000年にNY証券取引所に上場していて、自ら投資家を意識して営利追及をしなければならない民間企業である。しかも、米系の格付会社は伝統的なコーポレント(社債)部門よりも、収益率の高いストラクチャード・ファイナンス部門が台頭して、より多くの案件を獲得するために走るようになった。これって、利益相反行為に抵触しないのだろうか。

黒木氏の小説は、こんな素人の格付会社への疑問(疑惑)を、ヒール役を含めてわかりやすいキャラクターの登場人物を通した物語化に成功している。私は、黒木氏のこれまでの著作物の中では、経済小説として本書は最も円熟していると感じた。特に乾慎介と妻の香がそれぞれの局面でくだした決断は、読者に共感をもたらすだろう。(女性心理を書けないのは、この際仕方がないだろう。)それでいて、連載誌が意外にも「東京スポーツ」だったためだろうか、彼らのふるまいにはそこはかとなくユーモラスさもただよい、おもしろい読み物にもなっている。
沢野が「発行体が高い手数料を払うのは、単なる記号の格付のためではなく、格付会社やその背後にいる投資家とのグッド・ディスカッションのためだから」と小説の中でマーシャルズ(=ムーディーズ)を一蹴した時は、私ですら快哉をあげたくなった。最後になったが、乾や沢野の予想外の転進も、エピローグで皮肉とも受け止められる真面目な日本人的な身の振り方として後味がさわやかだったが。
・・・不透明な格付け業界に続く

■アーカイブ
今さらながら、日本国債格下げ
「排出権商人」
「冬の喝采」
「巨大投資銀行」
「エネルギー」

今さらながら、日本国債格下げ

2011-02-22 23:45:48 | Nonsense
米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスのトーマス・バーン上級副社長は9日、都内で記者会見し、日本国債の格付けについて、「下ぶれ要因が高まっている。社会保障と税制改革の中身や実行度合いに注視していきたい」と述べた。
現時点で格付けは変更しないが、政府が取り組む「社会保障と税の一体改革」の内容次第では格下げもあり得るとの見方を示した。
バーン氏は、日本国債の不安要因として、経済の成長率の低下やデフレの長期化、税収の回復の遅れを指摘した。
米格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズは1月、日本国債の格付けを21段階中、上から3番目の「ダブルA」から、4番目の「ダブルAマイナス」に引き下げた。これに対し、ムーディーズは同じく21段階中3番目の「Aa2」を維持している。(2011年2月9日)


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「振り向けばボツワナ」と日本国債の格付けを揶揄したのは、9年ほど前か。そんなこともあり、某会社の格付けも2011年1月27日付けでS&Pの格付が「AA/ネガティブ」から「AA-/安定的」に格下げした。企業の格付けは、所在国の格付けを上回ることができないという原則「カントリ-・シーリング」があるから、それもいたしかたがない。それはともかく、黒木亮氏の「トリプルA」を読了して、あらためて格付け会社ってどんな会社?とおさらいをしてみた。(タイムリーにも新聞に「基礎からわかる格付け」の特集があったので、当該記事を参考に)

格付け会社のビックスリーは、S&P、ムーディーズ、フィッチであるが、日本にも85年に設立された格付投資情報センター(R&I)や日本格付研究所(JCR)がある。右の表を見る限り、予想外に相当数のアナリストがいる。ところで格付には二種類あり、まず、企業などが年金基金や保険会社といった機関投資家の「格付けが一定以上の相手」という投資ルールに適うために”お墨付き”を得るために自らの格付を要請する「依頼格付け」。(「トリプルA」に登場する日比谷生命では、年間500万円もの手数料を支払っていた。)

一方で「勝手格付け」というユニークなネーミングの格付けは、その名の通り企業側から要請もないのに、公開されている情報をもとに分析して、勝手に格付けをする(された)のを呼ぶ。格付け会社はりっぱな営利団体で、ムーディーズの2010年度の売上高は約1700億円!自らが格付けする債権や証券化商品を発行する会社から手数料をもらうというビジネスモデルってどうよ、と思うのだが、この件はまた後述したい。

格付け会社は、時と場合によって国や企業の命運すらも握ることがある。昨年の春、財政危機に陥ったギリシャは、国債の流通利回りが年10%を超えたために市場から資金調達が困難になり、ドイツやフランスから融資を受けたのは記憶に新しい。2008年のリーマン・ショック直後、米国の大手保険会社AIGなどが格下げにより株価が急落して資金ぐりが悪化、巨額な公的資金の注入で瀕死状態からなんとか延命した。格付けは各社がそれぞれ決めたルールに従い、担当アナリストが企業からヒアリングしたり、財務資料を分析して、複数のアナリストが審議のうえ投票して決める。

今回の格下げについては、民主党政権が債務問題に対する一貫した戦略に欠けるという指摘を受けたが、市場関係者は冷静に受け止めている。それは、日本の国債市場の95%が民間銀行などの国内の投資家などが購入しているため安定していて、消費税率引き上げによる財政再建の余地があるからだ。しかし、国の11年度予算案は、国の新たな借金にあたる新規国債発行額が当初予算段階で税収を2年連続で上回る異常事態だ。国と地方をあわせた借金のGDP比が200%ととんでもないことになっている。「そういうことに疎いので」と発言した管総理大臣、それでは総理は務まらないと思うのだが。。。

小説「トリプルA」黒木亮につづく

結婚したいのに… ~止まらない未婚化~ 「クローズアップ現代」より

2011-02-21 23:41:53 | Nonsense
昨年、俳優の織田裕二さんが結婚して年貢をおさめ、最後の大物独身貴族となった福山雅治さんは、いつ結婚するのか。。。
中年になっても独身を維持するのは、福山さんだけではない。*1)日本人の生涯未婚率は、現在は男16%、女8%と意外と低い感じもしたのだが、いやいや2030年には男29%、女22%と一気に上昇基調。結婚しようが独身でいようがそれは個人の問題とばかり言えないのは、独身者が増えれば社会的に無縁社会や少子化につながっていくからだ。今も独身、ずっと独身が増えたのは、いくつかの理由がある。

①職場の変容
職場結婚がなんと半減しているそうだ。昔は、職場で働く男性も女性も全員、正社員。家族よりも長い時間を過ごす職場の同僚や先輩・後輩と恋を育んだり、サークル活動を通じて、年頃の男女が出会う場まで用意されていた。また、職場の花の新陳代謝を促するためにも、女性社員が何年か勤めて寿退社して職場結婚をするのを上司も歓迎していた時代だったのではないだろうか。それが、今や、バイト、派遣社員がやってきて、人間関係を築く前に人が入れ替わる。さよなら・・・。積極的に仲人を務めためんどうみのよい上司も減ってきているのだろう。

②非正規雇用の増加
1995年では8.9%だった男性の非正規率が、2010年には18.9%、これを未婚者に限ると3割近くになっている。福山さんも非正規雇用で働いているが、未婚者の10人に3人は非正規雇用という事情には、同じく非正規雇用の女性が、結婚相手に安定と経済力(年収400万円以上)を求めているからだ。結婚したい「男性の年収」と「女性が求める年収」の乖離が、結婚したいのに未婚という現象に拍車をかけている。

③米国や西ヨーロッパと違って、日本の独身者はいくつになっても親と同居
成人して一人暮らしをしていると、二人暮らしの方が経済的にメリットがあることに気がつくが、結婚するまでの待機期間を実家で過ごせることも未婚率を高めている。

番組では、実際に婚カツをしているが、年収がネックでなかなかご縁まで至らない男性が登場する。あかるく朗らかな男性が、夜アパートでひとりでコンビニ弁当を食べている姿は、さすがにわびしいものがある。しかし、不図、思ったのだが、何故この男性は自炊をしないのか。お米は炊飯器が上手に炊いてくれる。冬は簡単にできる湯豆腐や、食事のバランスのよい鍋物料理でも作ればいいじゃん。最近の鍋は、キムチ味やカレー、トマト味などそれなりにバラエティに富んでいる。簡単な料理ぐらい自分でできる家事能力を身につけることも、婚カツには必要ではないだろうか。妻に家事を期待するのであれば、それなりの年収をえること、それが無理ならば家事をしっかり身につけて、家事が得意というのをアピールした方がよいのでは。

事実、番組の後半には、新婚夫婦が登場したのだが、男性は婚カツの時に「結婚したら全力で家事をやります!」と宣言してゴールインをした。彼は、それまで実家住まいで家事などはしたことなかったそうだが、せっせと風呂荒いや洗濯に精をだすその表情は、実に楽しそうだった。ふたりの年収をあわせても380万円という厳しい生活も、家計簿をつけてお互いに節約と協力しあい、よい夫婦になりそうなふたりの笑顔が微笑ましく応援したくなる。

その一方、大学卒業時に就職氷河期でずっと派遣社員として働いてきた女性は、派遣契約がきれる前に何とか結婚したいとセツジツ。相手の希望職種は”官公庁”。ちょっと前までは、毎年就職ランキングで上位にあった鶴のマークのカイシャも、賞与はでていないと聞いている。もし彼女が、福利厚生の整った一流企業の正社員で、出産後も働けるような環境だったら、ここまで相手に経済的にも生活まるごと依存するような結婚を希望していなかったのではないかと思われ、これもせつなくなった。そして、大手企業の正社員でそれなりに年収のある女性たちは、都内に快適なマンションを購入して誰にも邪魔されず、こどもにもわずらわされることのない独身生活を謳歌している。昔のように、結婚を親身になって心配してくれる上司もいなくなり、うっかり結婚はいつ、なんていったらセクハラ親父と呼ばれるから禁句、女性も安心して定年まで勤められるので、結婚なんかしなくても経済的にはなんら不自由がない。いくつになっても一緒に遊ぶ同じく独身の女ともだちもいるようだし。

愛媛県では、自治体が積極的に男女の出会いの場を設け、ボランティアの方たち(結婚生活の長いベテラン)が若い人たちの相談にのったりお見合いをセッティングして成功している。これは、なかなかよいアイデアだと思う。身近に聞いた話だが、高校時代は野球に打ち込んだスポーツ青年で容姿も整っている、出身大学は女子に人気のJARと聞けば、さぞかしもてるだろうにと思うのだが、”出会いがなくて”彼女がいなく、近頃少々焦り気味だとか、そんなこともあるのだ。自然な流れで結婚に至るのは望ましいが、待っているだけでは運命の人に出会えないのも昨今の事情か。
番組にゲスト出演していた山田昌弘さんは、親も含めて男性だけが働いて妻子を養うという意識改革が必要であると訴える。また、そうは言っても、派遣社員が増えれば正社員の負担が増え、子育てと仕事の両立も厳しくなる現状では、ワークライフバランスやワークシェアリング、非正規雇用の実情を変えるなど社会として取り組む課題もあると言っていたが、全くである。

福山さんやGacktのようにいい男がず~^っと独身というのも、それはそれでよいとも思うのだが(#^.^#)、本当は結婚したいのに未婚というのは、なんとかしなくちゃっ。

「結婚、いかなる羅針盤もかつて航路を発見したことのない荒海。」byハイネ
しかし、、、「結婚とは誰もが犯さなければならない過ちである。」byジョージ・ジュセル

*1)生涯未婚率というのは、「45~49歳」と「50~54歳」未婚率の平均値から、「50歳時」の未婚率(結婚したことがない人の割合)を算出した数字。

『シチリア!シチリア!』

2011-02-20 12:09:17 | Movie
誇張なく感動の名作 『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督を作風からもっと御年の方かと思っていたが、現在54歳。ところが、ジュゼッペ監督は、2007年ローマで暴漢に襲われて一時意識不明にまでなったという。意識がなくなっていた時、監督はどんな夢をみていたのだろうか。そんなことを尋ねてみたい映画だった。というのも、『シチリア!シチリア!』を鑑賞して胸にうかんだ言葉が、本来の栄枯盛衰のはかなさをたとえた格言とは意味が違うのだが、「邯鄲の夢」だったからだ。

舞台は、1930年代のシチリアの監督の故郷である原題の「BAARIA」にはじまり、最後までバーリアで終わる。
監督の父と思われるジュゼッペ、愛称、ベッピーノ(フランチェスコ・シャンナ)は牛飼いの次男に生まれる。この時代には、どこの国も似たような事情だったのだろう、チーズをたったの3つとひきかえに、幼いベッピーノは農場の出稼ぎに行かされることになる。こどもの労働など考えられない現代では、児童虐待になりかねないベッピーノ少年のハタラキも、家族や町の人々に囲まれて彼の暮らしは充実しているといえよう。中学受験をめざして頑張る日本の小学生と、貧しいながらも自然、家族、隣人達に囲まれたベッピーノ少年の生活を比較してみて、考えたりもする。

やがて成長したベッピーノは、町一番の美人、マンニーナ(マルガレット・マデ)と運命のように燃える恋に落ちる。両家の経済的格差の反対なんぞなんのその、イタリア人の逆境の恋は、日本的な忍ぶような”駆け落ち”とは異なり、あかるくユーモラスに堂々と若いふたりは恋を成就する。不穏で激動な時代を予感させながら、ベッピーノのマンニーナのたくましい恋愛のエネルギーは、人生を生きる喜びと希望を感じさせる。最初に妊娠した胎児は流産してしまうのだが、その後、次々と愛児に恵まれるふたりだったが、ベッピーノは共産主義の政治活動にのめりこんでいくのだった。。。。

イタリアのシチリア、しかも遠い名前すら知らなかった田舎町ながら、日本人の私でもどこか懐かしさを感じてしまったのは、”田舎”にあるのだろうか。彼らの時代は、男女の役割が明確に分かれている。夏の昼間からのんびりと外でお酒を飲みながら、トランプに興じて賭け事をする男たち。苦しい家計の中から家を守り、こどもたちを育てるのは妻や姑の役割といった女たち。日本の村のハダカ祭りに興じる男たちのために、宴席の準備の下働きをする、割烹着姿の女たちを思い出したりもした。中年になったベッピーノは経済力もなく家を不在がちでも家長としての権限を行使して、思春期にさしかかった娘のスカートの長さを決める。ただし、ここでは男女差別などという意識よりも、男が男であり、女が女であったある意味よき時代のひなびた素朴さを遠く懐かしく感じるだけだ。

ベッピーノは政治家を志し夢を追いかけ、映画では殆ど定職らしい定職にもついていないように見えたのだが、少しずつ一家の暮らしがそこそこ豊かになっていくように見えるのは、国の平和と経済力上昇もあるが、そこはやはり肝っ玉かあさんのマンニーナの功績も大きいだろう。モデル出身というマンニーナ役のマルガレット・マデは現代的にスリムにしたソフィア・ローレンを彷彿させる大輪の花のような素材だ。彼女は、イタリアを代表する女優になれるかもしれない。壮大な一大叙事詩をみせつつ、邯鄲の夢を連想させる監督から生きる喜びが充分に伝わってくる名作だ。そしてタイトルにあるバーリアの町が、ずっと行きかう市井の人々を見守っている。

監督・脚本: ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽: エンニオ・モリコーネ
2009年イタリア製作

帰ってきたアパレル生産

2011-02-19 23:38:38 | Nonsense
別に不都合な事情があるわけでも不適切な情事があるわけでもないのだが、私はブログ内で日記に近い個人的な内容はあまり書かない(ふれない)ようにしている。しかし、今回は解禁して一部日常を暴露?、、、というのは、毎日着るファッションに関わる内容だからだ。

ここではっきりブランド名を言ってしまうが、最近の私の服装のお気に入りはフランスの「オールド・イングランドOLD ENGLAND」。
名前では、「えっ、イングランドなのにフランスなの?」と疑われるが、れっきとした1867年創立のフランスの老舗ブランドで本店は創立以来「12 Boulevard des Capucines 75009 Paris」にある。あの”のだめ”がブルーのダッフルコートを着ていたことでご記憶にある方もいるかもしれないが(私は気がつかなかった・・)、お店につけた名前から想像されるとおり雰囲気はトラディッショナルな英国風なのだが、伝統の重さというよりも昔のフランス映画のような礼儀正しい美しさを感じさせてくれるフレンチ・トラッド。

先日、有楽町西武デパートの閉店セールで買ったYシャツにはじめて手を通してみたところ、ボタンをはめて、そのあまりのはめやすさに感動したのだった。あらためてよくよく眺めてみると、乳白色の小さなボタンの周囲には”OLD ENGLAND PARIS”とほられていることから、ボタンそのものが自社で製造されていること、またはめやすい秘密はボタンの上の部分の角に丸みがあること、ということが判明した。そしてイタリア製。この澄んだクリアーな発色の水色は日本にはなかなかない色だ。他の衣類も調べてみると、コートなどはフランス直輸入品も扱っているようだが、私がもっているPコートも含めて殆ど日本製となっている。丁寧でしっかりした縫製、秋から初冬にかけて着られる薄手のコートにもなる丈の長いジャケットの裏地はすべりがよくて着心地が抜群なキュプラ製で、濃紺のしっとりとつややかな生地にはブランド名の織柄が入っている。

ちなみに価格も再点検したら、半袖の薄手のポロシャツ仕様は定価だったら4万円程度だった。そう、”だった”という表現でばれてしまうが、だいたいセールで買っているのも、ここのブランドの最大のネックが、オーソドックスなデザインでぱっとひかれるおしゃれ感がないけれども、価格帯は庶民の私には少々お高めというところだ。ところが、昨年の晩夏、このポロシャツよりも安いダンガリー素材の半袖ワンピースが登場した。春からの出番を待っているこのワンピースの値段の理由は、それもそのはず、これだけは中国製だったのだ。真剣にあらためてワンピースを見たら、なんとなく意識下で気になっていたとおり、ここのブランドの品物のわりには、縫い目があまり整っていないじゃんっ!カジュアルなものほど素材はよい物をと考えたい私には、不景気対策の企業努力がこんなところにあるのか、とちょっと複雑な思いもした。

女子的には、毎日着る服は、毎日の戦闘服。女子力アップには、予算内でおさまるデザイン的にもお洒落なものを身につけたい欲望があるのだが、どんなに人気ブランドや有名ブランドでデザインが優れていても、裏のタグで「MADE IN CHINA」やチュニジア製という表示を見つけたりすると正直がっかりする。しかもお値段もブランド名にふさわしいりっぱな価格である。いつもこの価格の構成を知りたいと思ったりもする。それから「オールド・イングランド」だけでなく、行き過ぎない旬な流行路線をとりいれている「ADORE」というブランドの服もやはり日本製が中心だ。ブラウスの裏生地にシルクを使ったりとよい意味での洗濯泣かせの品物もあるのだが、どの商品も手に取ると仕立てがよいのがわかる。中国製のすべてが悪いとは言わないが、昔々、森英恵さんが日本製のブラウスが米国のデパートの地下の売り場においてあることにショックを受けた頃からの、日本企業のまじめな技術力向上によって、現在は”日本製” は信頼にブランドにかわっている。シャープの亀岡工場などもそのよい例だろう。
だったら多少高くても、長い目でみて中国製よりも日本製へ回帰したらどうだろうか、とタイムリーにも「WBS」の知られざる日本の実力で「帰ってきたアパレル生産」を放送していた。

この20年間で、国内の衣料生産は人件費の安い中国に流れて9割も減っていた。この事実にも驚いたが、残念なことに技術という財産をもった企業の廃業も続いていた。ところが、国内の衣料生産が前年比1.6%と14年ぶりに上向きになっている。ある工場では、厳しく苦しい時代もあったが、今は前年比4割も受注が上昇し、16人の従業員が10万円程度の高級なジャケットを月500枚生産している。好調な理由として、欧米の受注が上向きな中国で、細かい注文の多いわりには多品種で小口の注文数の日本からの発注が嫌われ、はじき出された商品が国内にかえってきていることにある。

中国では人材不足の一方で賃金も上昇、単純労働を嫌う労働者で経営者も人材確保に苦戦している。ある染色加工工場では、織られた布にガスバーナーで不要な毛羽を焼きとり、その後、50度のお湯に通して機械で念入りに洗浄という加工をしている。客の要望で樹脂加工などで、通常の黒とは異なる深みのある黒をだしている。作業着を着た工場長が、普通の黒と深みのある黒をそれぞれの布で比較説明しているのだが、その差は歴然としている。黒という色は素材の良し悪しがはっきりわかるので、安物を買ってはだめという母の教えを思い出した。
また、大手アパレルメーカーの三陽商会では、国内の6つの直営工場で4割生産しているところを、数年で5割まで高める予定である。マザー工場では、年間、10数万円もの高級スーツを5万着製造しているが、前に向いている人間の肩にあわせて波をうっている”いせ”をつくったり、胸ポケットのコーナーを厚みをへらすために角でなく丸くしたりと、その工程作業はお値段を納得する細かい技術力に支えられている。切迫する食料危機に日本国債の格下げが続けばラーメン1杯が2000円時代がやってくるかもというなかで、この流れが本当に続くのか、またいつまで続くのか不安もあるのだが、やっぱり中国製よりもMADE IN JAPANだよ。。。

もともとオールド・イングランドを気に入るきっかけになったのは、妹が学校行事やコンサートへのおでかけ用にシンプルなワンピースを着ているのを見てからだ。一見、平凡なデザインだが着るとその人をひきたてるあたたかいフォーマル感がある。ところで、くだんのオールド・イングランドのHPの検索で見つけたのが、「関心空間」のこんな記事だった。
「数年前までは北九州市にも路面店が存在し、店内の居心地の良さに惹かれて、何かと理由をこじつけては足繁く通ったものだ。
しかし、オーセンティックゆえに表面上の新味に乏しいコレクションは、斜陽射す錆び付いた地方都市には深く根付く事はなく、消え入るような静かさで撤退。礼儀正しく気さくなスタッフたちの思い出が、手元の20数点のアイテムと共に残るばかりである。」
この店舗ではどうもアパレルよりも家具を扱っていたのではないかと思われるのだが、「“ノーブル”という表現こそ相応しい 」という記事に思わずうなづいてしまった。ファスト・ファッション店で大量の商品を見ても購買意欲はわかない。これは選択が広すぎるという心理的な理由ばかりでもないだろう。我家の爺さんが現役サラリーマンの昭和の時代は、仕立て屋さんが家にわざわざ来て採寸してスーツを作ってもらっていたことも思い出した。私は、ものを消費することではなく、大切に使用することも思い出したいのかもしれない。

■ファッション通信
映画『プラダを着た悪魔』
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ルイ・ヴィトン物語

ドイツとスイスをICで通学するチェリスト・宮田大さん

2011-02-16 22:33:40 | Classic
先日のプロボクシングWBC世界ミニマム級の試合で、井岡一翔さんが国内最短となる7戦目での世界王座獲得に成功した。記念に後援会関係者から1500万円の「ポルシェ」が贈られたそうだが、井岡君はこれまで負け知らずで全戦勝ち続けたそうだ。
スポーツと芸術ではかけ離れているが、2009年第9回ロストロポーヴィチ国際コンクールに優勝した1986年生まれのチェリスト、宮田大さんも9歳で初出場した国内の学生音楽コンクールで優勝して以来、出場したすべてのコンクールで1位入賞を果たしてきたそうだ。そんな宮田さんのインタビューが某私鉄の広報誌に掲載されている。

「とちぎ未来大使」にも任命されている宮田さんは、この私鉄が通る栃木県ご出身。お父様がチェロ、お母様はヴァイオリンの教師と恵まれた環境で生まれた宮田さんは、3歳の頃からチェロをはじめられた。ヴァイオリンではなくチェロを選んだ理由が、落ち着きのないこどもでヴァイオリンをもたせても歩きまわるためにチェロだったらちゃんと椅子に座って練習するだろう、、、というご両親のお考えによるそうだ。音楽家からみれば落ち着きのないこどもも、活発なこどもともいえるかもしれない。

そんなきっかけではじめたチェロとのお付き合いも、まだ若いながら、すでに21年に及ぶ。宮田さんにとってはチェロは友達を会話しているような気がするそうで、一緒に呑んでいるような・・・と言ったら言い過ぎかもしれませんが、とのこと。ところで、そのお友達、もしくは呑み仲間のチェロは、なんとサイトウ・キネンの齋藤秀雄氏ご愛用の18世紀イタリア製「テストーレ」だそうだ!この楽器を使用されていることで、音楽界の宮田さんへの期待度がわかる。

ところで、掲載誌が私鉄の広報誌と関係で宮田氏と電車とのおつきあいもわかったのだが、宇都宮っ子の宮田さん高校から東京の桐朋に電車通学をしていたとのこと。どれだけ通学時間がかかったのだろうか。乗り換え検索で調べてみたら仙川まで新幹線を使って1時間50分程度。これって近いのか遠いのか?日本が好きな彼は楽器さえ持っていなければ満員電車も大丈夫。桐朋学園大学を卒業してからは2007年からスイスのジュネーヴ音楽院に留学するかたわら2008年からはドイツのクロンベルク・アカデミーにも在籍して研鑽を積まれる。どちらか一方ならパリ経由で行ったが、両方を往復するときはICなどで片道8時間かけて通学しているそうだ!大変だな・・・と思いつつ、最近はパソコンを使用して時間を過ごすそうだが、最初の頃は車窓から眺める景色が花が咲きハイジの世界のような山道や湖の畔を走り、ドイツに入ると山々のすべてにお城が建ち大変きれいだとおっしゃっている。確かにヨーロッパの景色の美しさは格別だ。私はテレビ番組の「世界の車窓から」という番組がとても好きなのだが、旅のような電車通学とはスケールが違う。

現在、宮田さんはフランクフルト近郊のクロンベルクという裕福な方たちの別荘地でホームスティをして、東京ではひとり暮らしだそうだ。海外と日本を半々往復して演奏活動をしている。倉田澄子さんからは母親のように接していただき音楽だけでなく人間性も磨かれ、現在師事しているフランス・ヘルメルソン氏からは男として育てていただいているという。「音楽家として自分が目指していきたい方向を示していただいているような気がする」という宮田さんは、本当にまだ若いこれからのチェリストだと感じる。世界的な権威のあるコンクールで優勝しても、音楽家としてもひとりの人生もはじまったばかりだ。ハイジのような美しい車窓からの景色を眺めていた青年がのる列車がどこへたどり着くのか、今後も気になるチェリストになりそうだ。

■熱かった演奏会
読売日響サマーフェスティバル2010

『ケネディ家の妻たち』

2011-02-15 22:44:44 | Movie
ケネディ家と言えば、王侯貴族をもたない歴史の浅い米国では、それにかわるように国民に敬愛されている政治家や実業家を排出する名門一族として知られている。
なかでももっとも著名なのは、第35代アメリカ合衆国大統領に就任したジョン・F・ケネディ(ケネディ家の次男)と妻のジャクリーヌである。本作は、その名門ケネディ家に嫁いだジャクリーヌ、通称ジャッキーと3男のロバート・ケネディ夫人のエセル、そして4男のエドワード・ケネディ夫人のジョーンの3人の妻たちの一般人の人生では味わえない栄光と悲劇の記録である。

1960年11月、ケネディ一族が集合して、多数の報道陣とともに長男亡き後の一族の期待を担うジョン・F・ケネディが立候補した第35代大統領選挙の投票結果の発表を待っていた。それは、43歳の最も若くカリスマ性がある大統領誕生の瞬間でもあった。ジャッキーにとっては、夫の栄達をともに喜ぶべき結果ではあったけれども、その後の悲劇やギリシャの海運王オナシスとの再婚も含めて、終生つきまとう”ケネディ大統領の妻”としての国民の期待と関心の重い冠を与えられることになり、3男のロバート・ケネディ夫人のエセルにとっても名誉や権力、4男のジョーンにも政治家をめざす夫の妻として華やかな舞台が用意されることとなったのだが。。。

有名なケネディ兄弟は、あまり似ているとは思えない俳優のキャスティングに多少の違和感を感じたのだが、ジャッキーを演じたジル・ヘネシーは長身で知的な風貌と落ち着いた声で本人にとてもよく似ている。彼女の演技による優雅な立ち居ふるまいを観て、あらためて生前のジャッキーの美しいが個性的な容貌がどれほど魅力的だったか、私にもよくわかった。最近、日本の女性ファッション誌でよくとりあげられるのが、ジャッキーが好んだ服装の「ジャッキー・スタイル」だ。健康的でシンプルながら上流階級の奥様らしい清潔感と高級感があるファッションの人気が、再び復活しつつあるのだが、映画の中でも女優が身につけたジャッキーのファッションは、現代でもちっとも古く感じさせないどころか、街で見かけるファスト・ファッションと比較してどれも素敵できまっている。

ところが、不思議なもので、こちらの思い込みもあるのかもしれないが、彼女のファッションは本人がエセルの服装をセンスが悪いとけなすくらい自信があるようにセンス抜群で、知的でもあるのだが、上流階級出身で選ばれた超一流の女性にありがちな距離感を感じる。ジャッキーほど、大統領夫人にふさわしい女性はいない。しかし、思慮深く賢すぎる合理的な精神の持ち主が、妻として激務の夫を心広く受け入れその汚点を赦せるかどうかは別である。

一方、映画ではエセルは1953年の聖パトリック祝日のパーティでの初対面から、ジャッキーとは対立する女性もしくはひきたて役として描かれている。単純だが素直で常に前向きに夫の政治活動を支えて、一族の期待どおりに次々と子孫を残す多産型。悪気はないのに、うっかり失言してその度にジャッキーに軽蔑され拒絶されるのが、むしろエセルの人のよさを感じさせられて少々気の毒な感じもなきにしもあらず。ふたりの義理の姉の後ろから、なんとかケネディ家の嫁としてついて行こうとしていたのが、美貌のジョーン。しかし、その顔立ちの美しさほど、彼女は政治家の妻としての自信がなく、気が弱く繊細で、死産やふたりの義兄の暗殺事件、夫の不祥事に精神状態が不安定になりアルコールに依存していく姿が痛々しい。車椅子生活になってもケネディ一族を支配する義父の大きな存在の前に、ケネディ家に嫁ぐ嫁たちの気苦労も大変なことだったと想像される。

しかし、それぞれにタイプが異なる嫁達だが、夫の女性関係に生涯悩まさせれたのは同じ。結婚生活の最大の苦悩である配偶者の女性問題という、立場上、他人には言えない悩みをお互いに傷をなめあうようにわかちあうことで、彼女たちの嫁としての連帯意識と絆がめばえたのではないかとも推測する。そして、夫が目の前で暗殺された事件の後、次はこどもたちが狙われると心配したジャッキーが、その保護者としてオナシスを選んだのも無理からぬことだったのだろうか。しかし、米国人を失望させたまでこどもを守るための評判のよろしからぬギリシャ人との結婚も、最も国民が期待していた長男ジョン・F・ケネディ・ジュニアが自家用飛行機の墜落事故で亡くなる。ロバートの息子も事故死したり、麻薬中毒で亡くなったり、悲劇のケネディ家の王朝も終焉にむかっているという。

「LIFE」の特集”Remembering Jackie” の紹介文が的をえている。

America has no royal family, but in the earliest 1960s, the White House was graced with the presence of a couple so attractive, so vibrant and so glamorous that the eminent historian Theodore H. White, writing in LIFE, likened the situation to Camelot.
And if Jack Kennedy was our King Arthur, then Jackie was our queen.

監督:ラリー・ショウ

■読むならこの本も
「ケネディ 神話と実像」
・こんなこともあった「オバマ次期大統領候補を歓迎するベルリン市民」

『ハート・ロッカー』

2011-02-12 16:06:35 | Movie
我家の爺さんが、まだ子どもだった頃の思い出話だ。
近所のこどもたちと一緒に不発爆弾についている”紐”をとりに出かけて、後で警察署からこっぴどく怒られたそうだ。当たり前だーーっ!
「だけど、あの紐は、下駄の鼻緒にちょうどいいんだよ。」
3連休で珍しく家にこもって家族で映画『ハート・ロッカー』を鑑賞しながら、米軍の命と隣り合わせの爆弾処理のお仕事の実態を映像を通じて知ろうとしていたら、いきなりの爺さんのこども時代のやんちゃなエピソードの披露に私たちが目をむいたのも無理からぬこと。

物語はシンプル。2004年の夏、イラク、バクダッドの郊外。米軍の爆発物処理班は、世界で最も危険な任務のひとつを遂行する。ある日も、路上に仕掛けられらた「即席爆発装置(IED)」の撤去作業中に、罠にかかり爆弾が爆破してひとり殉職した。後任としてブラボー中隊のリーダーとしてやってきたのは、命知らずのウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)だった。彼は一瞬の判断ミスで命が吹っ飛ぶ爆弾処理の仕事なのに、安全対策も行わず、死を恐れないかのようにそのプロフェッショナルな腕前を披露しながら次々と爆弾処理を行っていくのだったが。。。(以下、内容にふれておりまする。)

映画は小気味よく ジェームズ二等軍曹のプロフェッショナルな流儀を次々とみせていく。映画の終わりになり、彼の熟練の匠の腕前もそのはず、彼が戦争の狂気にとりつかれたプロフェッショナルな人間だったと理解する。それでは、この映画が戦争に心が病んだ人間の狂気を描くためだったのかと言えば、それは重要ではない。私たちは、これまで映画『ディア・ハンター』や『ソフィーの選択』などで戦争の狂気を充分にみせられてしまい、それにも関わらず、これらの名作が反戦にたいして役にたたなかったのも現代の紛争で知っている。

それでは、監督の意図はどこにあるのだろうか。
おりしもバクダッドで暮らしているこども、通称ベッカムがサッカーボールを片手にやってくる。少年らしいあかるく可愛い笑顔は、ジェームズのいかつい防護服すらも脱がしてしまう。ここですでに予感していくのだが、少年が人間爆弾として利用されるために、サッカーボールと無垢な笑顔が必要だったということが凄惨な場面ととともに知らされていく。少年や知的障碍者に爆弾が入った小包を届けさせて、遠隔操作で体と一緒に爆破させるテロ事件も実際に起こっているのだが、そのあまりにも非人道的な事件の記憶とあわせて、映画を観ているとアメリカ=世界の番人、正義ではないだろうか、というようにだんだん思い込んでいくようになる。骨太の作品の監督がハンサムな女性というのはあまり関係ないが、ここでやはり只者ではない女性が描いたマッチョな戦争映画だと私は感じた。そして、見事なプロバガンダ映画を観た、と言ったら見当違いになるだろうか。

本作はアカデミー賞をはじめ、米国では多くの映画賞を受賞した。アカデミー会員をはじめ投票をした審査員は何故、この映画を選んだのだろうか。その答えは、ジェームズが任務を終えて帰国し、妻からシルアルを買うように頼まれて、スーパーの棚に大量に並ぶシリアルを目の前にして”選択できず”に呆然とする姿にあるのか。

今でも不発爆弾の紐とりをおまわりさんから禁止された爺さんは、下駄の鼻緒にちょうどよかったのに・・・と残念そうに映画を観ながらつぶやいている。我家の爺さんこそハート・ロッカーだ。。。
*ハート・ロッカー(Hurt Locker)とは"行きたくない場所”や棺おけ"を意味する兵隊用語である

監督:キャスリン・ビグロー
2008年米国製作