千の天使がバスケットボールする

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『ブリンジ・ヌガグ 食うものをくれ』コリン・M・ターンブル著

2014-04-27 16:42:16 | Nonsense
人類学の目的のひとつは、社会組織の基本的な原理を発見すること。
それには、研究対象となる社会ができるだけ小規模で、孤立していることが望ましいそうだ。現代では、そのような研究対象になりそうな社会は存在しないだろう。しかし、1960年代なかば、東アフリカのウガンダ北東部にイク族(別名:テウソ族)という2000人ほどの小部族が暮らしていた。英国出身の人類学者であるコリン・M・ターンブルは、当時、アメリカを専門分野とする人類学者にも殆ど知られていなかった彼らと2年ほどともに暮らし、生活を記録した。

コリン氏は、イク族と出会う前に、ピグミー族を研究しており、慈悲、寛大さ、情愛、正直、思いやりなどが生き抜くために必要な社会を形成していることを体験した。未開の地であればこそ素朴で善良な人々、今度もそのような想像をしていた著者を迎えたのは、様々な”衝撃”だった。

イク族においては、社会の最小単位である「家族」すら消滅し、そもそも生物学的な意味の夫婦ですらその形態が不要となっていた。イク族がそこに至るまでの経緯がわかりにくいのだが、きっかけは1962年のウガンダ独立の年、彼らの狩や植物などの食料の供給源であったキデポ渓谷が国立公園に指定され、狩猟と採集が禁止されたことにはじまる。イク族は、不慣れな農耕生活に移行せざるをえなくなったが、旱魃にもみまわれ農耕の知識も経験も浅く、深刻な飢餓状態に陥った。著者がイク族と暮らしたのは、幻想的で美しい慣習も失われ、老いた弱者を笑い、食べ物を奪い、こどもは3歳で家から閉め出され、運がよければ生き延びるという生活を余儀なくされていった65年頃のことだった。

美しさがなければ醜さもない、そもそも愛というものがなければ憎しみも生まれようもなく、イク族においては人々は単に存在しているだけで、かっては生き生きとしていたひとつの世界は無感動な世界に変容していった。そして、悲しいことに、その後、作物が潤っても、たとえ満腹になっても、他人に食べ物を譲ることすら忘れて、吐くまで食べ物を口に押し込む彼らの姿だった。

本書は、まるで近未来のSF小説を読んでいるようなドキュメンタリーである。
屋根を虫が這いずり回り、排泄物の始末もしない不潔きまわりのない暮らしをおくるイク族。汚れた毛皮や布を肩からさげているのに、全裸で歩き回る彼らを想像すると、当初は滑稽すら感じた。もう50年前の昔の話だし、教育も受ける機会もない、未開の土地に自分とは遠い世界の民族のこと。そんな風に考えたくなる。けれども、読み進めるうちに”衝撃”が異次元のこととも思えなくなる。もし、あくまでも自分たちの生活とは無縁の民族のことと切り捨てられる人は、筆者によるときれいに印刷されたページを満ち足りたお腹の上で楽しめる人だからということになるが、まさにその通り。

イク族は特別に不幸な民族なのだろうか。
タイトルの「ブリンジ・ヌガグ」は、「食うものをくれ」という意味である。まるで挨拶のように、この言葉からはじまる。喰う物を、”money”に変えるとイク族とあまり変わらない人がいるようにも思える。ようやく食べ物にありついた年寄りから、すんでのところで奪い取って嘲笑する社会、それは自分たちに待っている社会、もうはじまりつつある世界かもしれない。

そんなイク族にも、かって思いやりのある生活を記憶している人々もいる。又、他人への優しさを持っている青年もいた。彼らは、その優しさゆえに命の炎が静かに消えていった。

本書を読むきっかけとなったのは、「科学者の本棚」で、人類学者の篠田謙一さんが人生の一冊に「ブリンジ・ヌガグ」をあげていたことからはじまる。篠田さんの文章には、深い感銘を受け、最も読みたくなった本がこの「ブリンジ・ヌガグ」だった。篠田さんが大学生の時に、この本を読みながら何度も途中でやめた理由もわかるが、一方で、私は著者の洞察力やアフリカの自然の美しさの描写とあわせて、ひとりの人類学者の体験物語としてのおもしろさも感じた。余談だが、国立科学博物館に研究者の方たちのこだわりのミニコーナーがあり、篠田さん企画の展示品もある。私は、縄文時代のある少女の骨格の標本を展示する”こだわり”が、気に入っていたのだが、本書を通じてその”こだわり”に敬意を表したいと思った。原題は"the Mountain People"。

「科学者の本棚」

2014-04-21 22:36:28 | Science
国内でその敷居の高さだでなく、内容の信頼度もトップレベルの出版社、岩波書店から「科学」という雑誌が出版されている。毎月の刊行で、金額は本体1333円プラス消費税。あっという間に消えていく雑誌も多い中、本書は1931年に物理学者の石原純と寺田寅彦によって創刊されて以来、科学の進展を80年以上も見つめてきた。その「科学」が、科学者たちや科学にかかわりの深い方たちに、自分の人生において最も心に残る本、研究への道を進むきっかけになった本、あるいは後輩たちに伝えたい本・・・、「心にのこる本」として連載されていたものをまとめたのが、本書である。

図書館に返却してしまい手元にないのが実に惜しいのだが(デジタル本になることを切望!)、上下二段組で3ページ程度の分量なのだが、どれもこれも密度が濃く、おもしろくて圧倒されまくった。科学者は、毎日数字と化学式を相手にして、論文は勿論英語の世界、、、と思っていたけれど、それにもかかわらずどうしてこんなに優れた日本語の文章を書けるのか。私だって、かなりの本を読んできていると自負しているのだが、本書に登場した科学者達の文章力、日本語のセンス、文系能力の高さに舌を巻いた。そもそも理系、文系のすみわけは意味がないと思っているのだが、世間的に理系と言われる方たちで文系の分野を凌駕してくるのは、古くは寺田寅彦氏、最近では白衣を着た詩人の福岡ハカセや脳科学者の池谷裕二さんだけではないことがよ~くわかった。

それは兎も角、漫画の「鉄腕アトム」にはじまり、最後は「ユークリッド原論」まで。とりあげられた本も、科学界の専門書にとどまらず文学、評伝、まで幅が広い。自分には1行も読めないような難しい本もあるのだが、目がひらかれるようなこんな本があったのかっ、という知的好奇心も刺激されつつ、科学者の情熱や若かりし頃の熱い想いが清々しくも伝わってくる。なんて楽しい書評が続くのか。とりあげられた一冊の本、一冊の本が、珠玉のアンコール曲を集めたような印象だ。読書好きにはたまらない。

もはや古典の域にあるのではないかと思われる本も多いのだが、名著は時代の趨勢に耐えるものである。 巻末に掲載された実物の本の表紙は、殆どが執筆者ご自身の本を借りて撮影したそうだ。長年、引越しをしても手離さず、科学者としての人生とともに歩み続けた大切な本たち。そんな本のリストアップは、次のとおり。

1 夢・・・すべてのはじまりはここに
手塚治虫著『鉄腕アトム』郡司隆男/柴山雄三郎著『驚異の科学』阿部龍蔵/L.M.オルコット著『若草物語』戸恵美子/G.ガモフ著『1,2,3,…無限大』廣田勇/小松左京著『果しなき流れの果に』福江純

2 学ぶ・・・この一冊に育てられ
M.Born 著『ATOMIC PHYSICS』佐藤文隆/鐸木康孝著『理工系物理学』天羽優子/G.Nelson & N.Platnick 著『Systematics and Biogeography』三中信宏/伊福部昭著『管弦楽法』伊東乾/L.D.ランダウ,E.M.リフシッツ著『力学』小磯晴代/E.マッハ著『マッハ力学』横山順一/R.C.Tolman 著『The Principles of Statistical Mechanics』樺島祥介

3 転機・・・出会ってしまったばかりに
中尾佐助著『栽培植物と農耕の起源』山本紀夫/G.バシュラール著『科学的精神の形成』金森修/澤瀉久敬著『「自分で考える」ということ』植木雅俊/A.クラインマン著『病いの語り』柘植あづみ/廣重徹著『近代科学再考』瀬戸口明久/平山諦著『和算の歴史』鳴海風/バナール著『歴史における科学』竹内敬人/東京国立文化財研究所光学研究班著『光学的方法による古美術品の研究』三浦定俊/A.Koyré 著『Études Galiléennes』伊東俊太郎

4 縁・・・めぐりあわせの妙
宮沢賢治著『鹿踊りのはじまり』大貫昌子/K.Aki (安芸敬一),P.G.Richards 著『地震学』蓬田清/片山正夫著『分子熱力学総論』大野公一/鈴木尚著『化石サルから人間まで』奈良貴史/宇井純著『公害の政治学』原田正純/R.エイブラハム,Y.ウエダ編著『カオスはこうして発見された』西村和雄/高木貞治著『解析概論』川合眞紀/『岩波 生物学辞典(第一版)』古谷雅樹/大塚弥之助著『日本の地質構造』杉村新/N.マイアース著『沈みゆく箱舟』長谷川博

5 衝撃・・・目眩がするほどに
C.ターンブル著『ブリンジ・ヌガグ』篠田謙一/オカザキ ツネタロー著『コンチュー700シュ』藤田恒夫/R.ドーキンス著『神は妄想である』三浦俊彦/織田正吉著『絢爛たる暗号』団まりな/C.シェーファー,E.フィールダー著『シティ・サファリ』浜口哲一/S.ゼキ著『脳は美をいかに感じるか』大隅典子/G.ベイトソン著『精神の生態学』池上高志/T.Winograd & F.Flores 著『Understanding Computers and Cognition』玉井哲雄/松本元著『愛は脳を活性化する』霜田光一/Philip Morrisonほか著『Powers of Ten』徳田雄洋/H.シュテンプケ著『鼻行類』今泉みね子

6 敬慕・・・先達をあおぎみる
高木仁三郎著『市民科学者として生きる』小野有五/湯浅年子著『パリ随想』山崎美和恵/神田左京著『ホタル』矢島稔/H.ヴァイル著『シンメトリー』伊藤由佳理/P.レヴィ著『一確率論研究者の回想』舟木直久/米沢富美子著『猿橋勝子という生き方』高薮縁/森毅著『数の現象学』瀬山士郎/武谷三男著『戦争と科学』吉村功/E.キュリー著『キュリー夫人伝』石井志保子/Shun-Ichi Amari (甘利俊一)著『Differential-Geometrical Methods in Statistics』江口真透/上原六四郎著『俗樂旋律考』徳丸吉彦/C.ダーウィン著『ミミズと土』新妻昭夫/朝永振一郎著『日記・書簡(新装版)「滞独日記」』佐々木閑

7 礎・・・いくつになっても読み返す
C.ダーウィン著『種の起原』八杉貞雄/プラトン著『パイドン』納富信留/C.Linnaeus 著『Species Plantarum』大場秀章/D.O.ウッドベリー著『パロマーの巨人望遠鏡』黒田武彦/渡辺格著『人間の終焉』島次郎/寺田寅彦著『寺田寅彦全集』高橋裕/E.フッサール著『現象学の理念』竹田青嗣/ユークリッド著『ユークリッド原論』砂田利一

ミッシング・リンクのわな

2014-04-14 00:06:49 | Science
「 米国のボストンにある、ハーバード大学医学部付属病院。世界最高峰のブランド力のあるこの病院に、若きエリート医師が勤務していた。彼の名前は、ジョン・ロング。彼の研究対象は、原因不明の難病の”ホジキン病”だった。難病の撲滅の研究のためには、まず疾患している患者の腫瘍組織から細胞をとりだして純粋培養をすることが必要だった。もしシャーレの中で、細胞を死滅することなく細胞分裂をさせることができれば、様々な方法で実験に活用できる。

ロングは、なんと短期間のうちにホジキン病の患者組織から細胞株の作成に成功して、一躍脚光を浴びることになった。まさに神の手の持ち主だ。有名な学術雑誌には、次々と論文が掲載され、出世もし、多額の公的研究費も獲得できた。そんな彼をまぶしくも尊敬していたのが、助手のクエイ。

1978年のこと、実験で行き詰った彼が、息抜きにでかけた2週間のバカンスから帰ってくると、待っていたのは休暇中のクエイの替りに行ったロングによる素晴らしい実験データだった。不審に思ったクエイが、ロングに実験ノートの提示を求めると激怒したという。益々あやしいではないか。そこで機械の使用記録を調べて矛盾に気がついたクエイは、尊敬する上司が一気に疑惑の人となり、悩みに悩んだがロングを告発した。

大学が調査をすると、データの捏造どころではなかった。10年間ホジキン病の細胞株として大切に培養されていた細胞株は、驚くことに全く別の実験で使われていたサルの細胞株だった。勿論、ホジキン病とは何ら関係がなかった。」

このお話は、福岡伸一氏の著書「やわらかな生命」からの要約(コピペ?ではない)である。
私は、ブログでこれまで何度もとりあげているが、福岡伸一さんの文章はかなりのお気に入り。たまたま図書館から借りて新作を読んでいたところ、あまりにもタイムリーなロング事件に衝撃を受けた。この事件をもう少し調べたところ、悪意があったのではなく起こりがちなサルの細胞が混入したミスだと主張したそうだが、データの捏造は認めたという。

本書は「週刊文春」に連載されているエッセイの2011年9月15日号~2013年4月18日号 分までをとりまとめた一冊である。大好きな福岡さんの本を、まるで大好物なバウムフーヘンを大切にちょっとずつちょっとずつ味わうように楽しみに読んでいたのだが、「世界を分けても・・・」という文章を読んだのが、偶然なのか4月9日の日本中が注目した記者会見の後だった。
研究者、専門家、報道の立場の方から、テレビのインタビューに「かわいそう~、もういいじゃない」と答える町のおばちゃんまで、あらゆる意見や感想がでつくした感があるから、ブログで言うこともないのだが、私は少々気になった点がある。

●写真の枚数を記者から質問されて
「写真は1000枚……。わからないですけれども、もう大量に」
私たち全くの門外漢でも、複数の画像やファイルを保存しておく場合、必ず時系列がわかるように年月日を入れる。特に科学分野での写真は”記録”になるからいつがとても重要だと思う。福岡ハカセによると実験に使う試験管はエッペンドルフチューブと呼ばれ、研究室内は多国籍なので共通使用でYYMMDD、その後に実験者、実験ナンバー、サンプルナンバーが決まっているそうだ。そんな環境で働いていて、非常に重要な投稿論文に、しかも結果を示す画像を間違えて貼ってしまうことがあるのだろうか。

●「私は学生の頃から本当にいろいろな研究室を渡り歩いてきて、研究の仕方がかなり自己流なままここまで走ってきてしまったということについては」と反省しつつ、一方で「いろんな未熟な点や不勉強な点は多々あったけれども、だからこそSTAP細胞に辿り着いたんだと思いたい、という気持ちも正直にある」ということも話されている。彼女のこの認識は、疑問に感じる。もし報道されているように、博士論文に大量の剽窃をしていたとしたら、そもそも未熟でも不勉強でもなく単なる科学者としての資質がもともとないのでは。もっとも科学者としての教育を受けてこなかったという気の毒な面もある。

●弁護軍団の「それから半数以上法律家にすべきである。それから理研の関係者を排除すべきである。」という意見で、科学の土俵ではなく世間一般的な”悪意”という抽象的な概念から画像を加工したことが捏造にあたらないとしたら、世界の科学界から日本の科学者は信頼が失われると恐れる。

人というのは、ついミッシング・リンクにワナに陥りがちだ。ジョン・ロングはその後どうしたのだろうか。
気になってネットで調べたら、彼は、その後中西部の町で病理開業医になった。病理で開業できるのか、と思ったのだが、さすがに勤務医として採用されるのは厳しいのだろう。しかし、30年後、ある病理標本を誤診したのをごまかすために、標本をすりかえてしまった。その事実が発覚して、彼は医師免許も剥奪されたという。

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