千の天使がバスケットボールする

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「今のピアノでショパンは弾けない」高木裕著&「スタインウェイ戦争」高木裕・大山真人著

2013-09-30 21:11:00 | Nonsense
今年の夏も猛暑、酷暑でただ生きて呼吸をしているだけのような日々だった。(不思議と、食欲だけは衰えないのがせめてもの救い?)この炎天下、チェロをかついでいる人、ヴァイオリンを背負っている方をみかけると、本気で行き倒れにならないかと余計な心配をしてしまう。こんな光景にいつも思うのは、ピアニストは楽器を持たなくてすむから荷物が少なくて、なんて身軽なのだろう、、、ということだ。地方のホールに行っても、スタインウエイさまがお待ちしているではないか。

そんなことを長年考えていた私は、調律師の著者からすればピアノという楽器を全く!わかっていないクラシック音楽圏外のヒトになるのではないだろうか。ヴァイオリンが百人(丁)に百の色があるとしたら、あのスタインウエイも楽器ごとに独自の個性があったとは、知らなかった。逆に自分の楽器をもち歩けないピアニストが、会場に用意されたピアノを弾かざるをえない難儀さやそんなピアニストを支える(時にはご機嫌とりまでも)調律師の責任の重さが、ずっしりと、明確に、しかも痛いくらい切れ味鋭く書かれている。

さて、こんな無知な私でもショパンは大好きでござりまする。
「今のピアノではショパンは弾けない」というタイトルに興味しんしん。私もうっすらと気になっていたことだが、そもそもショパンは某ピアニストによると、社交界のサロンを渡り歩き、美しい音楽の上澄みを繊細なレースのように綴った作曲家。 あの音響効果抜群とはいえ、サントリーホールのような大きなハコで演奏される音楽ではない。アメリカ人は、伝統あるヨーロッパ諸国のピアノを他の追随を許さないくらいの高い技術を完成させ、ホロビッツ、ルービンシュタインらの黄金の巨匠時代をつくり、100人を超える規模のオーケストラの奏でる音楽で大ホールを満たすスタイルに変えてしまった。3000人の収容人数がある有名なカーネギーホールがその象徴で、スタインウエイ社のフルコンサート用グランドピアノもおおいに貢献した。

しかし、現代の均一化されたピアノではなく、ベートベン、リスト、ショパンの時代の音色でサロンのような小さなホールで演奏されてもよいのではないだろうか。

又、スタンウエイと言えば、あのホロヴィッツ。彼が来日した時は、専用の調理師だけでなく、愛用のピアノと調律師まで抱えて飛行機でやってきたそうだ。何というスケール。ホロヴィッツ愛用のピアノはスタインウエイのCD75だが、この楽器は彼が購入したのではなく、スタインウエイ社が彼だけ当別待遇で専用に貸し出ししていたのだった。当時は様々な話題をふりまいたであろうこんな彼のふるまいだが、本書を読むとMYピアノと信頼している調律師を一緒にテイクアウトしていくのも、それもある意味当然かもしれないと思えてくる。要するにピアノというのも、他の楽器と同じで個性があり、それぞれ音色が違い、又、同じピアノでも調律によって美少女にも堂々たる紳士やまろやかな熟女にも変身しうる楽器なのだということだ。

さて、著者はNYにあるそのスタインウェイ本社コンサート部にのりこんで、実際に技術を学んだ実績がある。本場での修業は、知識、技術だけでなく、調律師としてのセンスや何よりもスタンウェイにつながる人脈という財産もえた、というところが最大の強みだろう。「スタインウェイ戦争」は、当時の若かりし頃の彼の武勇伝からはじまる。しかし、当時の日本ではこのピアノを輸入する専属代理店が存在して、バブルで次々とできたハコに納入されるスタインウェイのメンテナンスや調律をする人もそこから派遣される社員か契約のある調律師だったそうだ。そんな一企業と高木氏の戦いが、二冊目の「スタインウェイ戦争」である。

にわかには信じがたい某楽器商により行状が次々と暴かれていて、まさに悪代官による弱いものいじめの構図なのだが、結局、芸術系は良い仕事をする人が残っていき人々に感謝されるものだと思う。実際、高木さんは運命の女神が微笑むような幸運をひきよせホロヴィッツ愛用のピアノを購入し、ピアノをコンサートホールに運び貸しだしを行っている。彼に全幅の信頼をおくピアニストや音楽関係者も多いだろう。私はテレビドラマの「半澤直樹」が好きだが、実社会での「倍返し!」というのは難しい。本書は、様々な嫌がらせをした某企業への「倍返し」のようなものだと言ってしまえば、辛口批評だろうか。

そんなスタインウェイにまつわる次の経済ニュースが伝わってきた。

高級ピアノメーカー「スタインウェイ・アンド・サンズ」を傘下に持つ総合楽器製造会社、米スタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツは8月14日、米国の著名投資家ジョン・ポールソン氏のファンドに総額約5億1200万ドル(約500億円)で身売りすることに合意した。  スタインウェイは7月に別のファンドへの売却を決めていたが、ポールソン氏側の提案額が上回ったために売却先を変更した。同氏のファンドは、スタインウェイ株1株あたり現金40ドルを株主に払う。先に買収提案していたコールバーグ・アンド・カンパニーの案は、1株あたり35ドルだった。
ポールソン氏は買収理由について「創業160年で培った製品の質と職人技は、今後、業績が伸びる基盤」と説明。手続きは9月下旬の完了を目指す。その後、同社は非上場企業となる。

グローバル化時代というのも残酷だ。優れた楽器として君臨してきたピアノメーカーも、実際の商品、作品の品質、芸術性よりも、経営効率、利益追求が優先され、投資家の間で転がされている。現在、楽器業界は持続して売上を伸ばすのが難しい状況にあり、既存株主の圧力を避けて大胆な経営改革に踏み切ると予測されている。むしろ「スタインウェイ戦争」というタイトルをつけるなら、このような事情を本にしていただいてもよいのではないだろうか。