千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「十三億分の一の男」峰村健司著

2015-06-27 16:02:47 | Nonsense
世界最高峰のオーケストラのひとつであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の次期音楽監督が決まった。
音楽ファンにとっては一大事件の人事であるが、その栄誉あるポジションを獲得したのは、若いバイエルン州立歌劇場音楽総監督でロシア出身のキリル・ペトレンコ氏。予想外の結果に少し拍子抜けを感じたのは、私だけだろうか。

この感覚は、私の中では大本命だったできる李克強を超えて、ただの太子党のひとりだった習近平が2013年に中国の国家主席に選任された意外感を思い起こした。けれども、私の意外感が、そもそも中国や権力闘争や”力”に縁のない者の浅い感想だったことを知らせてくれたのが本書だ。朝日新聞の気鋭のシャーナリストが、ペンでなく足と汗でたどりついた、たった1回、日本人指揮者がベルリン・フィルを振る舞台にたっただけで大騒ぎしてくれる日本のマスコミには想像もつかないような、権力闘争の果てに13億分の1の中国皇帝になった男と、その闘争が描かれている。

愛人たちが暮らす村でのカーチェース、ハーバードに留学している習近平の一人娘の姿を卒業式でとらえ、といった出だしこそ、テレビの企画ものとさして変わらない印象であるが、後半になっていくとすさまじい中国の権力闘争に第一級のクライムサスペンスを見ているような勢いとおそろしさがある。

エリート中のエリートのオーラを放っていた李克強を追い落とし浮上したのも、長い長い院政で胡錦濤を支配して縛り付けてきた老獪な江沢民の壮絶な権力闘争の妥協の産物だったのだろうか。それも確かにある。しかし、国務院副総裁まで勤めた父の習仲勲が、文化大革命中に失脚し16年間も獄中で迫害され、自身も16歳であまりにも貧しい寒村の下放されて洞窟暮らし。辛苦をなめながらも村人たちと交流し、その後清華大学に進学し、指導者になるには軍人の関係も必要と教わり、人民解放軍専属に人気歌手と見合い結婚。

一方、李克強は北京大学時代から優等生ぶりを発揮し、猛勉強で常にトップ、留学を夢見て英語の辞書を手離さなかった彼が、最難関校の切符を手にした頃に、共青団の幹部に1万人をまとめられるのはあなただけとくどかれれて、迷った末に政治家となった。その後、次々と最年少で昇格し、胡錦濤とは兄弟のような関係だった。1997年の党大会では、李克強が中央委員会の候補となっていたにも関わらず、習近平は、151人の最下位の候補者だったという。

しかし、遅れてきたダークホースにもならなかった習近平が頂点にたったのも、虎視眈々と用意周到に地盤を固めていったこともあるが、やはりそれもすさまじき権力闘争が”妥協ではなく”、生まれるべくして生まれた第7代国家主席だったことが、本書から伝わってくる。市民、政界、権力者に近づいて生々しい中国ルポをものにした著者の「現場主義」には、私はやはり敬意を表したいと思う。

「李克強が優秀なのは確かだが、同じくらい頭脳明晰な党員は、我が党にはいくらでもいる。そのたくさんの優秀な党員をまとめる”団結力”が最高指導者にとって重要。」という党関係者の見方は、説得力がある。しかし、それにしてもこんな中国と中国人を相手にする日本の総理大臣のひ弱さと自己中心的な幼さには不安と情けなさを感じる。

さて、ベルリンフィルの音楽監督の選任は、実は5月に開催された123人の選挙資格を有する団員による選挙と長い議論では結果がでなかった。ドイツ出身のクリスティアン・ティーレマン、バイエルン放送交響楽団首席指揮者を務めるマリス・ヤンソンス、若手のアンドリス・ネルソンス、まさかのベネズエラ出身のグスターボ・ドゥダメルといった名だたる候補者が浮上したが、年齢、保守的、他の楽団との契約等、さまざまな理由や事情から決定打がなかったそうだ。政治には、時の女神もいるのかも。

「ピアニストはおもしろい」仲道郁代著

2015-06-13 15:04:27 | Book
「なかみちいくよだが、まだまだ、わがみちいくよには到達できない」

ピアニスト・仲道郁代さんの、日本的な謙虚という美徳のオブラートに包まれたこんな言葉をうのみにしてはいけない。わが道を行くタフさと鍵盤の数ほど(←ちと大げさか)のバリエーションのある強さがなければ、音楽界というシビアな世界、需要も多いが層も厚いピアニストの世界では生き残れないのだから。

先日、テレビの対談番組で仲道郁代さん、川井郁子さん、吉田都さんの3人が登場して、芸術家の日常や娘のことなどたわいないお話をしていた。ゴージャスでお金をかけたつややかな川井さんの美貌に比較して、仲道さんの上品な変わらない可愛らしさは、人柄の良さが感じられた。そんな仲道さんの本を、気楽に、リラックスするため、と手に取ったのだが、これが実におもしろくって読み始めたらやめられないではないか。

私の中での仲道さんは、日本音楽コンクール優勝をきっかけに、誰からも”好感のもてる可愛らしさ”の魅力と運で生き残ってきたピアニストだった。確かに、日本で最も権威のあるコンクールの優勝歴は素晴らしいと思うが、グローバル化の昨今、その威光と輝きもうすれてきているのも事実。本書も、仲道さんの見た目どおりのプチ可愛らしく、誰にでも入りやすい、たわいないお話が綴られているかと予想したが、その語り口のうまさにどんどんひきこまれていってしまった。

ピアノやクラシック音楽にさして興味がなくても、彼女の専門的な話しも入りやすくてわかりやすい。しかし、これは実は難しい芸だと思う。専門用語を使用せずに、演奏家としての立場で、たわいないような語り口でショパンやベートヴェンの真髄にせまるような内容が、身近な単語で時にユーモラスに語られているのである。これは、お見事な芸と言ってもよいのではないだろうか。彼女のご自宅には、コンサート用のスタインウェイのフルサイズのピアノ、生徒用にヤマハ「S6」の合計2台がある。長年の友であり商売道具でもあるピアノが2台、はピアニストにとってはごく普通。しかし、その後なんと4台のピアノが次々とやってきて部屋を占拠してしまった、という顛末記はピアノの発達と作曲家の関係がよくわかり、目が開かれるようだ。

日頃の音楽観、こどもの頃やコンサートなどの思い出、予想外に多彩なお仕事、家族など、思いつくまま感じるまま続いていく。例えて言えば、テレビのゲストコメンターが大衆の胸の内を巧みに言葉で表現しているとすれば、仲道さんは、音楽好きの一般聴衆がなんとなく感じている領域から、実にセンスよく、ぴったりの単語を組み込んで、誰もが共感して楽しめる文章にしている。

ともすれば、プロフェッショナルなプライドや練習量などの努力を誇りがちなピアニストという職業だけれど、彼女の独白はもっと身近で親しめる。以前、ファッション雑誌で、ご自宅の靴の収納を公開していたけれど、同じ高さ、同じような太めのヒールの靴がずらっと後ろ向きにきちんと並んでいるのを拝見した時、いさぎよさと合理的な考え方をされる方という印象をもったが、本書でも大きなスーツケース4つを使いまわす技を披露していて、そうそう音楽家にはタフさも必要だったと納得した。

「真の美は、際立って孤独なものだと思う」

こう語る仲道さんは、上品でおっとりした佇まいな中に、美しくもタフな精神を持っている方なのだ。

ちなみにamazonの商品説明には、「ゴーイング・マイウエイ=「わがみちいくよ」、多事多端のピアノ人生」と紹介されているが、的をえていないと思う。”わがみちいくよ”は、協奏曲を演奏する際に強さがないと、時々舞台でへし折られるという背景からきた言葉であって、他人と我との違い、自分の信じる道をすすむという単純な話しではない。

■アンコール

「パリ左岸のピアノ工房」T.E.カーハート著
映画『ピアノマニア』