千の天使がバスケットボールする

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「音楽で人は輝く」樋口裕一著

2011-02-26 19:56:12 | Book
「君に送る手紙も、これが最後になるかもしれない。柄にもなく、いまフランスにいてね。」
・・・今月号の「ぶらあぼ」の音楽評論家の舩木篤也さんのエッセイは、こんな書き出しではじまる。ラ・フォル・ジュルネの原産地であるフランス、ナントを訪問されていた舩木氏の感想はいつもながら洞察力深く、最後の驚く結末に至るまで完璧。

さて、そのラ・フォル・ジュルネの今年のテーマーはなんと「タイタンたち」である。舩木氏によると今年生誕、没後の記念年にあたるリストやマーラーは当然だが、シェーンベルクまでもが挙がっているそうだ。プログラムをながめながら、早速チケット獲得の組み合わせを検討されている方も多いだろうが、おそらく国内でラ・フォル・ジュルネのコンサート参加数の最高記録は、樋口裕一氏ではないだろうか。何しろ樋口さんは会場近くにホテルをとり、勿論、ナントにも通い、この6年間で合計264のコンサートを聴いてきた熱狂的な音楽ファンである。なんと幸福な方であろう。

樋口氏が同じくルネに熱狂する人々のために書いた公式本が、本書の「音楽で人は輝く」である。ブラームス、ワーグナー、ブルックナー、ドヴォルジャーク、マーラー、R・シュトラウス、、、からシェーンベルクまで、世界中で演奏され愛されている作曲家の中でも特に後期ロマン派のタイタンたちにスポットライトをあててご案内しているのだが、本書の特徴は西の横綱にブラームス、東をワーグナーに設定して、ふたりのタイタンたちの派閥の”対立”と”愛のドラマ”(女性遍歴)を軸にクラシック音楽を評論しているところにある。芸能レポーターのように、偉大な作曲家を偉大であるがゆえにおもしろおかしくした我田引水的な小話かとそれほど期待していなかったのだが、素人だからできる自由な発想によるナビゲーターは、新鮮で音楽家たちを生き生きと論じ、尚且つきちんと論拠をおさえているので説得力もある。

ブラームスもワーグナーも共通の基盤はベートーヴェン。ある時、ベートヴェンがゲーテと散歩をしていたところオーストリア皇后一行と遭遇した。ゲーテはわきにどいて深々と頭をたれたのに、ベートーヴェンは昂然とした態度で臨み、貴族たちの方が会釈したという有名はエピソードが残る。ベートーヴェンが傲慢などではない。純粋に、単純に?芸術を至高のものと考えていた彼流の矜持なのだが、この頃から貴族のための娯楽音楽から、人間の魂を揺り動かし、真実を音楽に奏でる芸術としての音楽がはじまったともいえよう。ベートーヴェンを意識して、彼をこえる作品を創作しようと流れていったのが、ブラームスをはじめとした音楽それ自体を目的として形式にそった楽曲にこだわった「絶対音楽」派と、一方、音楽を表現するものと考え、言語による標題を示したり、人間による声の歌詞を使って文学的な物語を創造したワーグナー派に分かれていった。ふたつの音楽観は、どちらが真の芸術かというのは永遠に解決できないし、する必要もない論だと私は考えるのだが、当時の評論家たちの論争が真剣で熱気があるだけに、おかしみがある。対立は、活気すらもうむものである。

そして興味深いのは、内向的で、秘めた恋を貫こうとしたためかどうかはわからないが生涯独身だったブラームスに比較し、ワーグナー派は華麗なる女性遍歴を重ねた。指揮者のハンス・フォン・ビューローの新妻コジマと友人を裏切り恋愛関係になり、57歳で晴れて再婚した愛のドラマは、ワーグナーの音楽同様、充分文学的かもしれない。
「音楽で人は輝く」という素敵なタイトルから感じられるとおり文章がうまいと感心したら、著者は小論文・作文の通信指導塾の塾長で「頭がいい人、悪い人の話し方」などのベストセラー作家だという。音楽に関しては素人とご謙遜されていえるが、ほぼオタクなワグネリアンの実力を知らしめた一冊である。

■大好きベート-ヴェン
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ジャン・ジャック=カントロフによるオール・ベートーヴェンのリサイタル