日本の冬の代表的な風物詩であり、もはや国民的行事ともいえる「箱根駅伝」。
1987年からテレビ中継が始まり、近年、平均視聴率は25%を超えるという参加大学にとっては、格好の受験生集めの手段ともなっているらしいのだが、この時間帯は、毎年我家でもずっとテレビがつけっぱなし状態である。
走ること。ただひたすら決められた道を走ること。これほど原始的でシンプルなスポーツはないと思うのだが、箱根駅伝は何故か人をひきつけてやまない魔物のような魅力がある。そんな箱根駅伝のドラマを書いたのが、意外にも経済小説作家のあの黒木亮さん!である。
現在ロンドン在住で、小説「巨大投資銀行」がサブプライム・ローン問題の影響で海外でも好評な売れ行きを伝えられる黒木亮さんは、早稲田大学競走部出身。在学中、2回ほど箱根路の「3区」、翌年には「8区」の21.3キロメートルを完走。1979年、初めて走った「3区」では、トップで快走する天才ランナー瀬古利彦選手から襷を受け取った。当時、予選落ちまで凋落した伝統ある早稲田を生き返らせるために、招かれたのが強烈な個性が災いして陸上界から追われていた中村清である。その中村ががなりたてる校歌をバックに、3区のなかばをこえて茅ヶ崎グランドホテルが見えて防風林が途切れると、新春の陽光をあびた海がきらきらと輝き続け、その美しさに著者は息を呑む。
この小説の最初のスタートの走りから、すでに胸がわくわくと興奮するようなドラマが感じられて、読書好きにはたまらない。”自伝的”小説とうたってはいるが、中学時代から選手生活を80年の駅伝で走り終えるまで書き続けて来た大学ノート8冊分の練習日記に基づいているために、日時、記録、参加選手名、その時の主人公の感情が忠実によみがえっていて、つくりごとではないストーリー展開に、どんどんひきこまれていく。ちなみに、黒木氏はこの練習日記の写しまでとっていて、別々に保管していたというから、作品のテーマーである箱根路にかけた青春への想いは並ではない。しかし、それをあえて奔流する感情をおさえて淡々と描くことで、まるで箱根駅伝のストイックな選手の走りのように、走ることにめざめた中学生が引退するまでそれこそ目を離せずに一気に読んでいってしまう。ところで、雪の多い北海道出身というハンディや指導者に恵まれなかったり、怪我が多かったりと、不遇だったこの主人公が大学で箱根を駈けるまでの伴走者はふたりいる。
ひとりは、奇人変人の中村監督である。陸上に執念のようにとりつかれた猛毒たっぷりのこの老人は、こどものように自己顕示欲が強く、執念深く、説教とエロネタも含めた訓示が大好きで、時には徹底的に選手を罵倒することすらある。彼によって潰された選手もあり、その変人ぶりと奇行は陸上界から一時ほされたのももっともだ。しかし、走ることに対する彼の献身に、この世界における監督と選手の異常とも感じられる繋がりがわかるのも事実。毒も喰わらば皿までで、中村監督の毒にも慣れてしまえば、そこにはユーモラスさえ漂う人間の独特なキャラクターにひかれていく。このようなタイプの監督を否定するかのように早稲田には、スポーツを科学する学部があるのだが、皮肉なのは、本書の最高の読みどころのひとつとして、こんなとんでもない唯我独尊の監督との出会いによって、黒木氏は「努力は無限の力を引き出す」ことを学んだことだ。
そしてもうひとりは、瀬古利彦である。
すでに高校時代にその走りを見た著者は、彼のダイナミックな走法、エンジン全開のマシンのような彼の驀進ぶりに、頭を一撃されたような気分になる。大学に入学してキャンパスで偶然瀬古を見かけた黒木青年は驚き、胸の鼓動が高まる中、思い切って彼に声をかける。後に世界的ランナーになる瀬古は、まるで5月の風のように爽やかな溌剌とした空気を発散して、学生服の後姿まで凛とした輝きに満ちていた。強さ、美しさ、その走りを国宝級の芸術品とまでたたえられた瀬古選手からまさか自分が襷を受け取るようになるとは、この時は想像もしていなかったのだから、人の運命はわからないものだ。
率直なところ、これまでの著者の書いた小説を読んでいて、私は決して巧い文章家ではないと思っていた。だから、”経済小説ではない”本にも関わらず手にとろうとしたきっかけは、やはり箱根駅伝で繰り広げられる若者たちのたった一度の長くも瞬間に疾走するドラマにある。そして、勤務先でちょっと関わったことがある箱根駅伝を走った早稲田出身の青年のエピソードだ。評判によるとよくも悪くも少し変わり種らしい彼は、自分が走った箱根駅伝のビデオを友人に披露しながら涙を流すという。その姿にひいてしまう会社の人間は、その話をおもしろおかしく伝えているようだが、確かに自分が主人公のビデオを他人に見せるというのもどうかと思うのだが、私にはそこまでの想いと青春がなんとなくわかる感じもあり、走ることの簡潔な美しさの魅力にとりこまれた人間のドラマを見たいと思っていたからだ。
文章を書くセンスよりも、要は書くべき中身の方がはるかに大事。最後の一行を読んだ時、私も著者の言葉どおりこれは絶対に小説になると思った。大学を卒業して都市銀行の入行し、転身して作家になった30年の道のりは、この本を書くための人生だったと言っても過言ではない。「冬の喝采」は、日本人の琴線にふれるような静かだが、熱気のはらんだ素晴らしい喝采である。
★★★★★
■アーカイブ
・「巨大投資銀行」
・「エネルギー」
1987年からテレビ中継が始まり、近年、平均視聴率は25%を超えるという参加大学にとっては、格好の受験生集めの手段ともなっているらしいのだが、この時間帯は、毎年我家でもずっとテレビがつけっぱなし状態である。
走ること。ただひたすら決められた道を走ること。これほど原始的でシンプルなスポーツはないと思うのだが、箱根駅伝は何故か人をひきつけてやまない魔物のような魅力がある。そんな箱根駅伝のドラマを書いたのが、意外にも経済小説作家のあの黒木亮さん!である。
現在ロンドン在住で、小説「巨大投資銀行」がサブプライム・ローン問題の影響で海外でも好評な売れ行きを伝えられる黒木亮さんは、早稲田大学競走部出身。在学中、2回ほど箱根路の「3区」、翌年には「8区」の21.3キロメートルを完走。1979年、初めて走った「3区」では、トップで快走する天才ランナー瀬古利彦選手から襷を受け取った。当時、予選落ちまで凋落した伝統ある早稲田を生き返らせるために、招かれたのが強烈な個性が災いして陸上界から追われていた中村清である。その中村ががなりたてる校歌をバックに、3区のなかばをこえて茅ヶ崎グランドホテルが見えて防風林が途切れると、新春の陽光をあびた海がきらきらと輝き続け、その美しさに著者は息を呑む。
この小説の最初のスタートの走りから、すでに胸がわくわくと興奮するようなドラマが感じられて、読書好きにはたまらない。”自伝的”小説とうたってはいるが、中学時代から選手生活を80年の駅伝で走り終えるまで書き続けて来た大学ノート8冊分の練習日記に基づいているために、日時、記録、参加選手名、その時の主人公の感情が忠実によみがえっていて、つくりごとではないストーリー展開に、どんどんひきこまれていく。ちなみに、黒木氏はこの練習日記の写しまでとっていて、別々に保管していたというから、作品のテーマーである箱根路にかけた青春への想いは並ではない。しかし、それをあえて奔流する感情をおさえて淡々と描くことで、まるで箱根駅伝のストイックな選手の走りのように、走ることにめざめた中学生が引退するまでそれこそ目を離せずに一気に読んでいってしまう。ところで、雪の多い北海道出身というハンディや指導者に恵まれなかったり、怪我が多かったりと、不遇だったこの主人公が大学で箱根を駈けるまでの伴走者はふたりいる。
ひとりは、奇人変人の中村監督である。陸上に執念のようにとりつかれた猛毒たっぷりのこの老人は、こどものように自己顕示欲が強く、執念深く、説教とエロネタも含めた訓示が大好きで、時には徹底的に選手を罵倒することすらある。彼によって潰された選手もあり、その変人ぶりと奇行は陸上界から一時ほされたのももっともだ。しかし、走ることに対する彼の献身に、この世界における監督と選手の異常とも感じられる繋がりがわかるのも事実。毒も喰わらば皿までで、中村監督の毒にも慣れてしまえば、そこにはユーモラスさえ漂う人間の独特なキャラクターにひかれていく。このようなタイプの監督を否定するかのように早稲田には、スポーツを科学する学部があるのだが、皮肉なのは、本書の最高の読みどころのひとつとして、こんなとんでもない唯我独尊の監督との出会いによって、黒木氏は「努力は無限の力を引き出す」ことを学んだことだ。
そしてもうひとりは、瀬古利彦である。
すでに高校時代にその走りを見た著者は、彼のダイナミックな走法、エンジン全開のマシンのような彼の驀進ぶりに、頭を一撃されたような気分になる。大学に入学してキャンパスで偶然瀬古を見かけた黒木青年は驚き、胸の鼓動が高まる中、思い切って彼に声をかける。後に世界的ランナーになる瀬古は、まるで5月の風のように爽やかな溌剌とした空気を発散して、学生服の後姿まで凛とした輝きに満ちていた。強さ、美しさ、その走りを国宝級の芸術品とまでたたえられた瀬古選手からまさか自分が襷を受け取るようになるとは、この時は想像もしていなかったのだから、人の運命はわからないものだ。
率直なところ、これまでの著者の書いた小説を読んでいて、私は決して巧い文章家ではないと思っていた。だから、”経済小説ではない”本にも関わらず手にとろうとしたきっかけは、やはり箱根駅伝で繰り広げられる若者たちのたった一度の長くも瞬間に疾走するドラマにある。そして、勤務先でちょっと関わったことがある箱根駅伝を走った早稲田出身の青年のエピソードだ。評判によるとよくも悪くも少し変わり種らしい彼は、自分が走った箱根駅伝のビデオを友人に披露しながら涙を流すという。その姿にひいてしまう会社の人間は、その話をおもしろおかしく伝えているようだが、確かに自分が主人公のビデオを他人に見せるというのもどうかと思うのだが、私にはそこまでの想いと青春がなんとなくわかる感じもあり、走ることの簡潔な美しさの魅力にとりこまれた人間のドラマを見たいと思っていたからだ。
文章を書くセンスよりも、要は書くべき中身の方がはるかに大事。最後の一行を読んだ時、私も著者の言葉どおりこれは絶対に小説になると思った。大学を卒業して都市銀行の入行し、転身して作家になった30年の道のりは、この本を書くための人生だったと言っても過言ではない。「冬の喝采」は、日本人の琴線にふれるような静かだが、熱気のはらんだ素晴らしい喝采である。
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■アーカイブ
・「巨大投資銀行」
・「エネルギー」