千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

音楽コンクール増加の背景

2006-10-31 22:46:05 | Classic

「本選会シリーズ バイオリン部門 1位に黒川侑さん」

 第75回日本音楽コンクール(毎日新聞社、NHK共催、特別協賛・三井物産)の本選会シリーズは21日、東京オペラシティでバイオリン部門が行われた。

113人の応募から3度の予選を通過した4人が、円光寺雅彦指揮東京シティフィルとメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲を競演。徳永二男、前橋汀子ら11氏による審査の結果、第1位には独特の音色で魅了した黒川侑さん(16)=大阪・千里国際学園高2年=が選ばれた。(敬称略)
06/10/22(毎日新聞)


***************************************************************************
若いっ!しかも可愛いかも?それもそのはず、今年の毎コンの優勝者は久々に高校生の16歳。
新人音楽家の登竜門といえば、毎日新聞主催の1937年からの歴史を誇る「日本音楽コンクール」であろう。近年、海外のより大きなコンクールで優勝する日本人音楽家が増え、以前ほどの箔と音楽界での”印籠”の威力はなくなったとはいえ、やはり国内でもっとも水準が高いコンクールと言っても過言ではない。
ところが、なんといつのまにか音楽コンクールが増えているという。(参考06/10/15日経新聞)

ピアノからバレエまで音楽のコンクールの数は、なんと332件。この5年で2割の増加だという。(音楽情報誌「ショパン」)コンクール開催熱が東京中心から地方にまで広がり、「高松国際ピアノコンクール」「泉の森ジュニアチェロコンクール」と、ローカル色をつけた市のアピールをかねたコンクールの増加がその理由だ。また習い事をしているこどもたちの技能向上に役立つよう参加者全員に審査員の講評を渡す順位よりも、イベント参加型もある。熱心な親に支えられてのコンクールだ。
こうしたコンクールに参加するには、数千円~2万円程度の参加費がかかる。こうした音楽関係の習い事に縁のない方は、この金額を高いと感じられるだろう。しかし、私は会場費、ピアノの調律費、審査員の先生方の謝礼を考えると妥当な金額だと思う。実際、単独で発表会や公演を主催した場合、もっと割高になることが多い。
プロをめざす音楽家の卵対象だけではなく、地域振興や習い事の披露としての「コンクール」と名のつくイベントも増えてきているのだった。

また東京国際芸術協会のように、結婚式場などに派遣する音楽家を抱えて、彼らの発掘や箔付け目的に自らコンクールを主催する会もある。確かに、こうした業界事情もわからなくもない。音楽暦に、たとえ知名度は低いコンクールでも入賞暦があるのは悪くない。
さらに花王が東京都歴史文化財団などと共催している「東京音楽コンクール」のように、メセナ活動も堅調で、04年度は233億円の活動費とバブル期並みの水準と企業メセナ協議会は見ている。この背景には、欧米に准ずる企業の社会的責任(CSR)を重視し、顧客や地域住民、株主に企業が責任をもち、良い影響を与えるべきだという考えの浸透にある。

コンクールに関しては、そのありかたの是非や審査方法についても議論もあるだろう。第1回チャイコフスキー・コンクールの覇者ヴァン・クライバーンのように一夜で母国、アメリカの英雄になるも、その後演奏家としてのキャリアがとだえる優勝者もいる。結果に関して、審査員の意見がわかれショパン・コンクールのように審査員が途中で降板するという”事件”に発展することもある。また世界的コンクールが行き届いたおかげで、大物が世にでにくくなっているのでは、という懸念もある。その一方でキーシンや五嶋みどりなどのように、最初からコンクールのチャレンジすることなく10代中ばでプロとしてデビューする音楽家も珍しくない。やはりコンクールは結果も大事だが、長い芸術ライフのひとつの通過点としての”勉強”と”経験”のため、という覚悟も必要だろう。

今年のバイオリン部門の優勝者、黒川くんは年齢にふさわしい若さがある。音楽性はまだ聴いてないのでわからないが。ただ一般社会よりも内面の成熟を求められるのも音楽界。だからというわけではないが、音楽家は老けるのが早い。。。

「近衛秀麿 日本のオーケストラをつくった男」大野芳著

2006-10-30 23:32:37 | Book
日本人にして初めてベルリン・フィルを振った指揮者、近衛秀麿の功績をいったいどれほどのクラシック音楽ファンはご存知だろうか。ほぼ同時代に活躍した斎藤秀雄氏が小澤征爾という大器の後継者に恵まれて、「サイトウ・キネン・オーケストラ」なる優れたオケが設立され、欧州でも高い評価でその存在が浸透しているのに比較して、近衛秀麿氏はその名前すら忘却の彼方にある。本書を読んだら、その事実がいかに不合理かを感じる読者は多いだろう。かく言う私も、旧華族出身の指揮者であり、戦犯として処刑される前に自殺した文麿の弟というほんのわずかな歴史に名前が登場する人物としか認識がなかった。
ところが秀麿は、きっかけこそその特権階級からなる財力と子爵という立場でチャンスをつかんで客演というゲスト扱いで欧米の楽壇にデビューしたかもしれないが、その後のトスカニーニやストコフスキーの招聘によるニューヨーク・フィル、フィラデルフィア交響楽団、シベリウスの招待によるヘルシンキ交響楽団、ハンブルグ・フィル、英国BBC放送交響楽団、ドレスデン・フィル、リガの国立オペラ劇場、パリ放送局大管弦楽団・・・欧米への訪問12回、90余の交響楽団で客演指揮をする。当時の日本の西洋音楽の状況を考えても、秀麿の軌跡は偉大である。

1898年11月18日、兄であり後のよき理解者であり後援者ともなる文麿の7歳年下の次男として生まれる。幼少時代の腕白ぶりは、それだけで1冊の伝記ができるくらいに母親泣かせ。しかし8歳の頃より学びはじめたヴァイオリンで音楽的才能の萌芽が、男の子が音楽をやるなんて考えられなかった学習院時代より、自然と音楽への道を進ませる。ある時は軍国少年たちから徹底的に袋叩きにされるが、白いズック鞄に「ベートーベン」と描いて、楽譜を持ち歩いた。日本にオーケストラなどなかった時代だ。その後、東京大学美学に進学し当初は作曲家をめざすが、パリやベルリンに留学してベルリン・フィルを指揮。フルトヴェングラー、トスカニーニに面談し、ベルリン・フィルで「ドン・ファン」を指揮すると長身の老R・シュトラウスが相好をくずして握手を求めてきた。
当時からプロデュースの能力にもたけ、マーラーを評価するなど時代の先をよむ音楽性もあり、頭角を現し次々と指揮者として活躍を始めるが、第二次世界大戦が勃発し、やがて終戦。
その一方私生活では、その指揮ぶりに劣らぬ華麗なる女性遍歴。女優、歌手、異国の娘と正妻だけでなく多くの綺麗な女性たちと恋をした。戦後ライプチヒから米国移送されて取調べを受けたときに、こどもの数を即答できなかったエピソードもあった。まことに音楽家とは情熱的な人種である。

終戦後、欧米に残って指揮者としての活動を続ける道もあった。当時の日本のオケよりも、欧米のオケという名器を奏でる方がはるかに楽しく世界的な名声をえられたかもしれない。しかし、秀麿は国内で「交響楽運動の走狗」となり、日本の音楽界の黎明期に力を尽くす道を選択した。そんな彼を利用し、彼が莫大な資産をつぎこんで収集した楽譜や楽器を奪い、彼の業績を嫉妬して少しずつ抹殺していったのが、日本の音楽界だった。

自殺する前日、もっとも良き理解者だった兄の文麿は「お前は音楽を選んでよかったなぁ」ともらしたという。
ヴァイオリニストの小林武史氏が尊敬するチェロ奏者の三木日雄先生が「あれは、神様だ」と言ったのが近衛秀麿だった。音楽となったら「無私」になれる方だとも。
理不屈な不遇の晩年だったが、本書が世にでることで秀麿の業績と音楽性が再評価されるだろう。
「復刻を長年望んでいるのは近衛秀麿とベルリン・フィルの戦前の演奏でだったが、 カラヤンたちのはそれに次ぐ選択」
1981年1月号の英国の「グラムフォン」での評者の言葉が、いつまでも余韻を残す。

『愛についてのキンゼイ・レポート』

2006-10-29 12:53:12 | Movie
「はじめての性交渉はいつか」「婚前交渉の有無」「性交渉の回数」・・・LET'S TALK ABOUT SEX.

こんな個人の最もプライベートに関わるアンケートを1940年代~50年代にかけて、まだ女性解放も性の解放もされていなく公民権運動や宗教による差別すらあった保守的なアメリカで、351の質問を用意して面談方式のアンケートをとった研究者がいる。それが、インディアナ大学助教授で動物行動学の助教授だったアルフレッド・キンゼイ(Alfred C Kinsey 1884-1957)だった。タマバチの生態を研究した時、見た目のカタチは同じでもどれひとつ同じ個体はないという生物の多様性に注目する。私生活ではこの堅物教師も賢い女子学生と結婚したのだが、新婚初夜に失敗して医師を訪ねてなんとかコトを成就するにあたり、人の性もこのように万華鏡のようなバラエティーに富んでいるのではないか、と考え始める。(以下、かなり映画の内容にふれております。)

その後、彼のはじめた結婚相談もどき窓口はまたたくまに行列のできる相談所になり、性教育講座は大盛況。財閥からの支援もとりつけ、3万の昆虫の標本のコレクターで発揮した粘着質の研究肌と収集癖をフルにつかって、3人の助手と全米を旅して集めたデーターがなんと18000人!映画の冒頭で、アンケートの方法を自ら回答者になって赤裸々に自分の性体験を告白しながら、助手に質問のしかたをレクチャーするはじまりは、実にさえている。ハジマリで観客をうならせて興味をひきつける技は、研究発表や音楽の演奏と同じ、映画でも大事だ。
1948年男性版、53年には女性版のレポートを発表したのだが、当時のアメリカでは道徳で封じ込めていた”性”のパンドラの箱をあけてしまう爆弾になってしまったのだ。
それは何故か、性科学のレポートの内容は、同性愛を犯罪者扱いする国家や社会、自慰を罪悪とする宗教や父、こうした存在の権威や常識を壊すくらいの赤裸々だが真実の告白だったのだ。一夜にしてキンゼイ・チームは、時の人となり時代の寵児になるが、やがて様々な困難が待ち受けていた。。。

いつもながら暇のある女性向けの「愛についてのキンゼイ・レポート」(原題:Kinsey)とという配給側の意図が見える邦題とポスター(↑にはったポスターではないDVD版の方)は、この映画の監督と製作側の意図とはかけ離れている。私も「物語三昧」のペトロニウスさまが、「病めるアメリカ社会をみる」のカテゴリーでこの映画をとりあげていなかったら観ることはなかっただろう。

映画のみどころは、ふたつ。
まず生き物としてのホモサピエンス・ヒト科の性行動だ。当り前のことだが、18000人いたらその人の人生の数と同じだけのセックス・ライフがある。今日では、しごく当然の社会的コンセンサスも、禁欲的で保守的だった当時では充分にセンセーショナルに値する。私もこの調査で判明した潜在的な同性愛者の数には驚いた。これを示唆する場面が、キンゼイ(リーアム・ニーソン)が助手のマーティン(ピーター・サースガード)の案内でシカゴの同棲愛者の魔窟であるバーにのりくんだ夜だ。ここで多くは語れないが、ひとりのゲイの告白と彼の話を聞いた後、最後に彼にかける言葉とともにこの夜の結末は重要だ。物議をかもす場面の連続で、ここは監督の映画にかける真意が伝わる。
そしてここからもうひとつのみどころが始まる。最初は純粋に科学者としての好奇心と追及心でスタートしたヒトの性も、動物の交尾ほどは単純ではない。人間は社会的な動物だ。性への自由は、キンゼイにとってはある意味不幸である厳格な父からの解放でもあり、反発でもあり、アイデンティティの確立でもあった。しかし自由な性と性道徳の狭間で悩むようになる。そこでであったのが、怪物のような性豪の男だ。9000人の男女との交渉を自慢する中年の男。こんな男の出現には、キンゼイ・チームも精神的においつめられる。ここで科学者としてでなく、ひとりの人間として彼にたちむかうキンゼイの言葉がいきてくる。それはまた更に、夫を理解し愛情をそそいだ妻の大きな存在につながっていく。

科学としてのキンゼイ・レポートも、そこからはじまる性の文化も道徳も、現在混沌とした中にあるのだろうか。中絶や同性愛の是非が、米国大統領選挙の争点にもなるのが現在の米国。ひとりの科学者と夫婦愛として観たら、この映画はそれほどおもしろくない。
視点をかえて観たら、★★★★★。それに18禁映画の醍醐味もある。(←実写シーンという意味ではなくて)
くれぐれもエンドロールが出たらといって、すぐにDVDをOFFにしないように。監督:ビル・コンドン

「ブルーアイランドの夜」

2006-10-27 23:03:31 | Classic
爆笑、哄笑、失笑、微笑、・・・そして艶笑。。。
笑いにはいろいろあるが、モーツァルトさんは天国で自分の作曲した演奏会でこんなにさまざまな笑いが弾けるとは想像もできないだろう。
10月27日サントリーホールの小ホールにわずか2時間だけ浮かんでいた島「ブルーアイランドの夜」は、クラシック音楽の演奏会ではめったにない笑いの渦で包まれた。
そもそも開演前から、クラシックの演奏会のホールの中では見かけない帽子とコートをはおった怪しい人物が、案内係の女性に誘導されてあらかじめとっておいた席(全席自由席)に座ったのも変だった。清潔な帽子とコートだが、あれで汚れていたらまるで東京文化会館近辺でたむろするホームレス風。

妙に気になるのだが、神童モーツァルトの生涯の今夜のナビゲーター役、青島広志さんのトークがはじまると、一気に舞台にひきこまれる。
青島さんが携帯電話をもって、ひまでチケットが売れる美人歌手に出演依頼をするところからはじまった。(以下、MCのほんの一部を)

「名古屋出身の江口さん、最近二期会からちっとも東京での出演依頼がこないって言ってましたよね。ひまでしょう。出演してください。」こうして江口さんの一本釣りに成功した青島さんは、続いてひまでチケットが売れる美人の横山さんにも声をかける。残るは、男声歌手。
「ドイツ語のうまい萩原さんは月曜日に出演済み、ナルシス入っている宮原さんは他のオペラに出演中、、、あっ、そこにいるのは太田さん。隠れていてもその顔の大きさですぐばれますよっ。(太田さんは、本当に舞台向きの顔の大きさだった)出演しませんか。最近ひまでしょ。」と、あの怪しいコート姿の男性に声をかける。そうだったのかっ。だからマナーにもっとも厳しく、だから安心して聴けるここサントリーホールの会場で、コートも帽子も脱がないで座っていたのだ。
舞台にあがった太田さんに、青島さんはしきりに「ギャラは、女性よりも男性の方が高いですよ。」と説得する。この間のかけあいが、まるで吉本興業の舞台以上に笑えるのだ。
青島さんは芸能人かと思っていたが、れっきとして東京○○大学大学院出身の作曲家だったのだが、トークがうまくてわかりやすい。歌曲「すみれ」の解説も自虐的な笑いをとりながら、わかる人にはわかるこの曲の儚さをさりげなく語る芸は、まるで落語の名人級!
その後、モーツァルト役をふたりの女性のどちらが演じるかでも、最近の芸能人が身内の楽屋ネタで笑いをとる風潮にならい、一度男役をやると後は老け役!と過激でしかもツボをついている暴露ネタも披露。3人とも、なりきり演技にたけていることに感心したが、考えてみればオペラにも演技力が必要だからそれも当然か。

冒頭、トークで観客のきもちをつかんで初期のモーツァルトの音楽にはじまり、休憩をはさんだ後半からヒートアップ。間に、世間の”上品な”クラシック愛好というくだらない偏見を一蹴するかのごときエロ系のトークもあり。出演者だけでなく、観客も一体となってモーツァルト音楽をいたく楽しんだ夜だった。まさに、ぶらぼぉ~。
ただし最終2列をはずしたのだが、まだ空席があると最後に伝えた青島氏の気持ちを考えると、また別な感情もわく。
カップルでつまらないハリウッド映画を観るなら、このブルーアイランドに来たほうが愛も深まるというもの。(どういうわけか、歌ものはご年配の方が多いのだが・・・。)だからもっと、コンサートに行こう。

構成と企画を考えたお茶目なブルーアイランドには、感謝したい。しかし、やっぱりそれも相手がモーツァルトだから。
人間くさい天才モーツァルト、大好き!!

-----------   06/10/27 サントリーホール  ------------------------------
メヌエット(ピアノ)
アレルヤ
『フィガロの結婚』より "おいでなさい ひざまずいて"
『フィガロの結婚』より "恋とはどんなものかしら"
『フィガロの結婚』より "もう飛ぶまいぞこの蝶々"
『ドン・ジョヴァンニ』より "手を取り合って"
『ドン・ジョヴァンニ』より "ぶってよマゼット"
『コジ・ファン・トゥッテ』より "岩のように動かずに"
『魔笛』より 首吊り~"パ・パ・パ"
春への憧れ~早春賦~知床旅情
トルコ行進曲(ピアノ)

江口二美 (Sop) 横山美奈 (Sop) 太田直樹(Bar)

お話とピアノ:青島広志

指導要領より受験優先

2006-10-26 22:49:57 | Nonsense
高校で卒業に必要な必修科目が教えられていなかった問題で、全国で少なくとも岩手、山形など11県、65校でこうした履修漏れのあることが25日、読売新聞の調査でわかった。 少なくとも延べ8700人の生徒が卒業のため補習が必要となる。こうした学校の多くは進学校で、大半が教育委員会に必修科目を履修しているかのような虚偽報告を行っていた。 事態を重く見た文部科学省は同日、都道府県などの教育委員会に対し、公立の全高校を対象に、必修科目が学習指導要領通りに教えられているかどうかを調べ、27日までに報告するよう通知した。
今回、履修漏れが判明したのは、岩手(29校)、山形(12校)、福島(10校)、福井(5校)、栃木(2校)、青森(2校)、富山(1校)、石川(1校)、広島(1校)、愛媛(1校)、宮崎(1校)の各県。大半が公立高校だが、私立高校も3校含まれている。
(06/10/26読売新聞)
********************************************************************************************
安倍晋三首相は、教育改革を最重要課題として教育再生会議を設置した。教育は、個人の人生に関わるだけでなく国家レベルの趨勢にも影響を与えるために、今後の議論によせる国民の関心は高い。大学の9月入学は意味なし、ボランティア必修も意味なし、と私はかねがね思っているのだが、これまでのゆとり教育政策を転換する必要はあるのではないだろうか。そうした議論がすすむ中、今回発生した必修科目の履修もれ問題は、受験生にとっては不運な事件ではある。
特に地方の公立進学校の履修もれがめだつことについて、千葉県立高校教師の「予備校も少なく、国公立大学をめざす生徒が多い」ことによる教師の善意の入試対策という分析は、受験にもある地方と都会の格差社会を連想させる。けれど、効率よく受験に不要な科目をカットしてよいのだろうか。中高一貫教育出身者や、都内私立出身者の中には高校1年で数学の授業にピリオドをうって、知名度も高く偏差値もそれなりに高い私立大学に進学した者も少なくない。

経済学者の西村和雄氏が労働経済学者と共同で、私立大学経済学部の卒業生を、大学の入学試験で数学を選択したグループと選択しなかったグループに分けて調査したところ、共通一次受験導入移行の入学者については、数学受験者組の方が107万円平均所得が多かった。転職についても数学受験組の方が高い所得でうつり、親の学歴が低くても平均所得が高いという結果がでた。西村氏は、この結果を論理的思考力の高まりが関係していると考えている。

学生時代、中学生に数学の家庭教師をした時に、何故数学を学ぶのかという質問をされたことがある。その後、数学なんて勉強しても社会に役に立たないという高校生の意見を聞いたこともある。とんでもないっ。数学は、社会人になっても、お母さんになって専業主婦になっても、おばあちゃんになっても役に立つ。何故ならば、高校生レベルまでは、西村氏のいう数学ほど論理的思考力を養える学問はない。これは実感している。そしてノート1ページをこえる数式によって導き出された数式は、それ自体完成された美の表現だけでなく、理解した時の達成感も机にむかうモチベーションづくりに役立つ。
我が母校では理系と文系にわかれるのは高校3年次で、高校2年修了までには全員数Ⅲの1/3まで授業を終えている。(但し私立文系でWやK大学をめざす1クラスは、数Ⅱまで)文系の人には数Ⅲは受験には必要ないけれど、勉強しておくと理解のてだすけになるからという数学教師の嬉しそうな表情は今でも思い出せる。これは、本当だった。その後経済学部に進学し、また金融系のカイシャで働いて、つくづくあの時勉強しておいて良かったと思った。

高校1年の数学は、中学4年生レベルと言われている。藝大や音大の付属高校だったら、中学4年まででもやむをえない。音楽家への道のりは、千秋やのだめの才能をもってしても非常に厳しいのだ。また専門性の技能を身につける学校もそこまで勉強するのも大変だろう。けれども一般の高校では、いかがなものだろうか。地方の高校生の事情もわかる。けれども学校の方針で、生物・地学・漢文1年次必修、物理・化学2年次必修、(残念だが、音楽は中卒)3年ではまた生物を勉強した我が身をふりかえると、確かに受験勉強の効率は悪かった。(・・・それ以前に、もともとの学力と勉強量不足もあるが)ゆとりどころか、詰め込み教育の弊害もある。社会常識の欠落から、受験の落し子と先輩達に笑われた。(恥)それでも、基礎的な勉強を最低限高校時代学んだ経験は、いろいろな分野で理解のてだすけになっていると感じている。地方の高校生の諸々のせつない事情もわからなくもない。けれども効率よく受験勉強に特化するのではなく、幅広く学ぶことによって潜在的な考える力をつける選択をした学校の方針は、長い目でみれば自分にはよかったと思っている。

「パク船長」-ブラックジャックより

2006-10-25 23:16:16 | Nonsense
[報道自由度、北朝鮮が昨年に続きワースト1位 ]

ジャーナリストの人権保護を目指す国際組織「国境なき記者団」(本部パリ)は24日、2006年の世界の報道自由度に関する順位を発表、北朝鮮が昨年に続き最下位で168位だった。(06/10/25産経新聞)

*************************************************************************************

秋田文庫から出版されている文庫版「BLACK JACK」17巻に、「パク船長」という物語がある。

ある嵐の日、びしょぬれになったふたりの男が、丘の上のブラック・ジャックの家を訪ねてくる。

請われるままに彼らの後をついていくと、海岸からボートで座礁している船に乗船させられる。そこには複雑骨折をして瀕死状態の船長が、ブラック・ジャックを待っていたのだった。密航船であることを即座にみぬいた医師ブラック・ジャックに、患者の船長は苦しみながら訴える。

「おれの国はいま 自由が禁じられている
なにしろ学校では 政府のつごうのいいことしか教えないし 検閲をうけた本しか出せないし読めない
集会やパーティをやると特殊警察につかまるのだ ちょっとでも政府のことを悪くいうと死刑だ」

そんな船長の手術をおえたブラック・ジャックは、船が沈む前に海上保安庁に救助を求めるように言い渡すのだが、本国に帰された密航者をまっているのは、脱走罪による死刑だからと、断固として船長は救助を拒絶する。しかしたとえボートが陸についても崖を登るのは無理と判断したブラック・ジャックは、船長の隙をついて、SOS信号を送る。船長は、乗船者に収容所に保護されて本国への帰還と、命がけでボートで逃げることを選択させるが、彼らはみな次々と嵐の中を危険をおかしてボートに乗組んでいく。いったい何人の人が、無事に上陸できるのだろうか。

嵐の去った翌日の日の出が、海岸に並んだたくさんの死体を照らしている。それを見て、ひとりの猟師が「死んでまで日本に来たいですかね」と肩をすくめる。

発足わずか2週間で、安倍丸は北朝鮮の核実験という嵐に遭遇した。なんという試練なのだろう。しかし考えてみれば、父方と母方のふたりの祖父、そして父の存在が、”プリンス”としての話題をふりまくだけだった一議員が、わずか13年という国会議員履歴にも関わらず、亡父の念願を果たして首相に就任できたのも、小泉前首相の重用だけでなく、皮肉にも北朝鮮の金正日総書記が安倍氏の駆け足の登用をうながしたという見方もできるだろう。安倍氏はこの高波にもうまく耐え、韓国や中国の首脳会談を実りの大きいものにかえた。しかも国内では、一気に安倍政権の擬集力を強めたことは、先日の選挙結果をみればあきらかだろう。冷ややかな反応を示したのは、民主党代表の小沢一郎氏だったが、私は新しい船長の今後の北朝鮮問題に関する舵取りに期待したい。

この漫画が初めて掲載されたのは、「週刊少年チャンピオン」1974年6月10日号だったのだ。それから32年たった。32年という歳月は、歴史がつぎめのない織物にたとえられたとしても、人の一生の長さを考えると、とても長くて重い。けれども、この国の状況はなにひとつ変わっていない。むしろ悪化するばかりだ。
それにしても、やはり手塚治虫は偉大なる漫画家だったとつくづく思うのだ。

船長としてまだまだやることがあると、座礁して沈む船にたったひとり残ったパク船長。彼の訴えは、今日の日本人にも響いてくる。

「逃げ出さないほうがおかしいだろう?え?」

モーツァルトで『二期会週間』-時を遡る夜 

2006-10-23 22:25:07 | Classic
モーツァルトの楽譜は、推敲の後がないという。これは映画『アマデウス』の中で、サリエリがコンスタンツェから楽譜を渡された時、めまいがしそうなくらい驚愕する場面が有名だが、実際ベートーベンが推敲を重ねて何度も書き直ししているのに比べ、彼は音楽が頭の中で完成されて鳴っているのである。だからであろうか、35年という短い生涯で作曲したのは、800~1000曲とも言われている。
今年はサントリーホールの20周年記念にちなんで、二期会がモーツァルトで『二期会週間』を開催中。
今夜は、その第一夜。「時を遡(さかのぼ)る夜 フォルテピアノで聴くモーツァルト歌曲」と称して、J.ヴァイメス製作(1811年・プラハ)によるオリジナルのフォルテピアノを伴奏にして、3人の歌手による歌曲。
間にNHKの司会者による、モーツァルト、或いは父、または愛妻のコンスタンツェからの手紙の朗読、中間にピアニスト伊藤深雪さんによる独奏で「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」の主題による変奏曲などが弾かれた。歌曲は殆ど聴かないので、私にとってはあらたなる「のだめ」ならぬクラシック音楽再発見となった夜だった。チケットを譲ってくれた友人に感謝。理屈ぬきに、楽しい。会の成功には、演奏家たちの歌唱力ももちろんだが、企画力にもおおいに貢献している。従来の定番もそれはそれで必要だが、芸術至上主義とは異なるこのように顧客サービスに徹底し、もちろん音楽としても素晴らしい演奏会がもっとあってもよい。選曲もよい。つい選曲した心象風景を想像すると、出演者の人となりも想像してしまう。歌詞も、天羽さん、櫻田氏、萩原氏による訳であるが、これが出演者への親近感をわかせる。大甘の浪漫チックな恋の歌にはじまり、「子供の遊び」の童心にかえる歌、「満足」のシニカルで人生を見つめた歌、ユーモラスなかけあい漫才のような「さあ、いとしい人よ」・・・歌曲の魅力をたっぷり歌いあげた歌手の方たちに、観客は大喜びで拍手。3人の組合せの絶妙な”妙”も、その場にたちあった者だけ味わえるものだったという感想も加えておきたい。

モーツァルトの手紙も時系列に朗読されて、意気盛んな青年時代、そんな息子に苦言を呈す教育パパ・レオポルド、女の子と気軽に楽しくやっているけれど、親しく冗談を言い合うだけで結婚しなければならないなら、200人以上の婚約者がいるよとお気軽で軽薄ぶりを発揮したかと思うと、コンスタンツェと真剣な愛を告白する。ここで神童から従来の宮廷音楽家の地位を捨てて、時代のポップスターとなった天才モーツァルトの短かった人生をふりかえる。尚のこと、彼の遺した音楽が珠玉の輝きを放つ。

フォルテピアノは、楽器の殆どが木材で製作されていて、現在のピアノに比べてシンプルで軽く、ハンマーも木片に皮を巻いただけである。当然、音量は乏しいので通常のピアノ曲を弾くと華やかさにかけるが、歌曲には、そのまろやかであたたかみのある音色がよく溶け合っていると思った。

コンサートは、楽しいもの。まことにモーツァルトにふさわしい夜だった。
(本企画は、日曜日まで続きます。
私は第四夜の『爆笑バラエティーオペラの夜 ホテル・モーツァルト/日向野(ひがの)の結婚 』< フィガロが現代サラリーマンに・・?! 三大オペラの登場人物がホテルでハチ合わせ・・?! お笑い番組のディレクターと放送作家が怪優田辺とおるとコラボ。モーツァルトを愛する人すべてに捧げる一夜 >
が、一番興味がひかれたのですが、金曜日の青島広志氏のレクチャーコンサート「ブルーアインランドの夜」に行く予定。)


--------- 06/10/23 サントリーホール -------------------------------------
第一夜 「時を遡(さかのぼ)る夜 フォルテピアノで聴くモーツァルト歌曲」
曲目 モーツァルト
:すみれ K476
:鳥よ、お前たちは毎年 K307
:ラウラに寄せる夕べの想い K523
:微笑むような静けさが K152
:来たれ、いとしのツィターよ K351
:だまされる世の中 K474
:愛しいあなた、リボンはどこに? K441、他

出演 天羽明惠(S)、櫻田亮(T)、萩原潤(Br)、伊藤深雪(フォルテピアノ)

『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』

2006-10-22 13:55:16 | Movie
「私の導いた数式は、優雅で美しい。それは、まるで音楽のように。」
このように自信をもって語る父ロバート(アンソニー・ホプキンス)は、それも当然25歳にして生涯名声をえる発見をした世界的な数学者だった。しかしシカゴ大学で教鞭をとりながらも、晩年は精神的疾患に陥りそのまま1週間前に亡くなった。一見明晰な言動ながらも、「研究」と称して意味不明の単語を羅列して膨大なノートを遺した彼を5年間看病してきたのは、妹のキャサリン(グウィネス・パルトロウ)だった。

大学の教会で催される追悼式の前日、その日はキャサリンの誕生日でもあった。誕生日のプレゼントとして父からもらったシャンパンを呑みながら、父との思い出にひたり涙を流すキャサリン。若さと美しさと数学的才能に恵まれならも、大学を中退しひきこもりがちな彼女に気遣うのは、父の最後の弟子になったハル(ジェイク・ギレンホール)だった。彼は教授の遺されたたくさんのノートを調べ、新しい研究の発掘に余念がないが、そのかたわら研究室でひとめぼれをした彼女を新しく生き生きとした人生へ導きたいと願ってもいる。翌日、ニューヨークから姉のクレア(ホープ・デイヴィス)が、葬儀のためにやってくる。姉の主催する夜通しのパーティの後、ハルと心を通わせたキャサリンは、父ロバートの机のひきだしの鍵を彼に手渡す。そこには、40ページ以上にも渡る誰もがなしえなかった定理の証明が記されていたノートが入っていた。狂喜するハルと父と同じ精神的病の妹の発病を心配し彼女の面倒を申し出る姉クレアに、「その論証を書いたのは私」とキャサリンは伝えるのだが。。。

ピュリッツァー賞、トニー賞を始めとする数々の賞に輝いた舞台劇「プルーフ(証明)」の映画化である。
日本でもちょっとした数学ブームではあるが、同じく数学者を題材した映画「ビューティフル・マインド」の成功要因として、やはりきわだった才能が与えられたゆえの、特殊な悲劇なのだろう。天才と狂人は紙一重というのは数学の世界では事実であり、また藤原正彦さんの「天才の栄光と挫折―数学者列伝」を読むと、その映画以上のドラマに圧倒される。
さて映画には、3つのタイプの数学者が登場する。

①まぎれもない天才
父ロバートと次女のキャサリンがそうである。キャサリンは、大学時代教授の与えられた課題をこなすよりも、自分のひらめいた数式に熱中してしまう。服装にも無頓着で家事も苦手。社交性に乏しく24時間数学のことを考えるタイプだが、精神的バランスをくずしやすい。

②天才に近い数学者
世間からすると天才に近いが、数学の世界では凡人のハル。学会での発表をこなすが、26歳という数学者としてはピークをくだる年齢を気にし、平凡なテーマーに自嘲気味。真面目に研究を続ければ、いずれは一流大学の教授ポストが待っている。しかし、偉大な発見をなしうるキャサリンのような真の才能に劣るほんのわずかな差も、時には絶望にもつながる。つい数学研究者は、男の世界という本音をもらしてしまう。

③秀才の数学者
マンハッタンで通貨アナリストとして活躍し、昇進もして一般社会で出世して稼ぐ姉のクレアのタイプ。映画の中では、万事合理的に要領よくこなすクレアは、否定される人間像として描かれているが、私は好感をもっている。美人でセンスも趣味もよく、面倒なことを金銭で解決するエネルギーはともかく、婚約者とともに人生を謳歌する生き方はそれはそれで魅力的な女性だ。引越し準備の手際のよさが、彼女の有能さを示している。最近の「日経アシエテ」の特集「ノート活用術」を連想するリスト魔ぶりも、ニューヨクで生き残る処世術だ。父の1/1000しか才能を受けなかった姉の立場から考えると、父の才能を受け継いだ妹とは違い、父と一定の距離をもつのも自然な流れだろう。彼女には、妹のような天才的なひらめきがないのだから、快適なNYの生活のどこが悪いのか。

ところで余談ではあるが、日本の数学少年たちもけっこう健闘していると思っているのだが、「国際オリンピック」の参加予選である「日本数学オリンピック」の参加者の多くは、数学や物理の研究者をめざしていることが文部科学省科学技術政策研究所のアンケート調査でわかった。

*****************************************************************************************
五輪現役世代の中高生が就きたい職業の1位は「数学系研究者」(29・6%)で、「医師」(24・1%)、「物理学系研究者」(11・1%)と続いた。一方、出場経験のある社会人が就いている職業は、「民間企業や役所などの事務職」が、22・0%でトップ。2位は「医師」(20・9%)、3位は「情報処理技術者」(11・0%)。「数学系研究者」は6・6%、「物理学系研究者」は4・4%にすぎなかった。(06/10/21読売新聞)
*****************************************************************************************
理想と現実の落差は、研究ポストの不足によるという。数学エリートたちを活用していないのが、日本の現状だ。
映画の登場人物は、いずれも数学のセンスをいかしている職業についている。

キャサリンは、自分の意志で自分自身の存在を”証明”し、ハルに導かれて人生を再生していく。いつの日も、この世に解けない定理はあっても、希望は失いたくない。

『真夜中のピアニスト』

2006-10-21 18:21:43 | Movie
28歳のトム(ロマン・デュリス)は、友人のファブリスとサミと組んで、父と同じ不動産ブローカーの仕事をしている。ブローカーというと聞こえはいいが、要するに土地転がしの地上げ屋と同じ。不法住民を情け容赦なく、犯罪行為すれすれの暴力で追い出し物件を転がしていく稼業だった。
皮のジャンバーを身につけ、車を運転中に熱中するのはハードロック。荒んだ生活ともいえるが、父親のロベール(ニール・アルストラップ)が唯一のこころのよりどころ。しかし、それは別の観点から眺めると彼のウィークポイントにもなりうる。
ある日、父親から紹介された新しい婚約者を「彼女は娼婦だよ、パパ。」と反対する。やりきれない帰り道で偶然見かけたのが、亡くなったコンサート・ピアニストだった母のマネージャーの老紳士の姿だった。久しぶりの再会を喜ぶトムに、彼はピアニストの道を薦め、オーディションの機会を与える。
深夜、アパートのグランドピアノに向かい、鮮烈な気持ちで音楽への情熱をとりもどすトム。ところが10年のブランクに音楽学校の門前はしめられ、中国人ピアニストのミャオリン(リン・ダン・ファン)の個人レッスンを毎日受けることになった。

昼は過酷な不動産ブローカーの仕事、真夜中にピアノに向かいハイドン・ソナタを一心不乱に弾くトム。その一方で仕事は益々きつくなり、浮気を重ねる友人のアリバイの手助けをするうちに好きになったその妻と、深い関係をもつようになってしまう。身も心も破綻しそうな彼を支えていたのが音楽だったが、はたしてその音楽の神は彼を愛したのだろうか。いよいよオーディションの日がやってきた。。。

10年間音楽から遠ざかっていた28歳の男性が”ピアニストをめざす”という設定は、この映画における主眼ではない。与えられた仕事とはいえ、また不法滞在や家賃滞納という不法行為とはいえ、社会的弱者を暴力と嫌がらせで退去させたりする稼業が、精神を荒廃させていく過程。また自らの行為の罪は、結局めぐりめぐっていつか人生に罰を与えられることになるという父の姿を通してつきつけられる現実。そして、そこから自分の生きがいを見つけて本当の自分を取り戻して再生していくのが、この映画の観るべき価値である。
トム役のロマン・デュリスはフランスでは人気の高い俳優だそうだが、父親の住む汚い裏世界と、亡き母とのクラシック音楽の相反するふたつの世界のはざまで悩む青年役を好演。マネージャーと再会した夜、久しぶりに鍵盤に向かいバッハの「トッカータとフーガ」を弾きはじめるトムの姿がよい。心臓の鼓動が聞こえるような緊張感とともに弾き始めた音は、小学生のように初々しいが拙い。しかし弾いていくうちに、どんどんのめりこみ夢中になって楽譜をめくる。悪徳行為をくりかえし、身も心も穢れた青年が、天使のように清純な少女に恋をして、初めて彼女を抱くような畏れとナイーヴさが、この場面にはある。家賃の取り立てに衝動的で過激な行為を行う危うさが、実は彼の繊細さのあらわれだったということがわかるのが、ピアノを弾いている時の姿だ。

そして注目したいのが、トムを指導する中国人ピアニストの存在だ。彼女は、コンクールに出場する生徒のレッスンの経験もあるという設定だが、パリに国費留学する中国人のピアニストは、今の時代にもっともふさわしい教師役だ。質素でつつましい暮らしぶりが、部屋の様子から伝わってくる。衝動のままに寝てしまう友人の人妻の、いかにもパリジャン風の退廃的な色気とセンスよい部屋。対照的に、彼女の黒くて長いストレートな髪。伝統の重みのあるパリとは違った、アジア圏の発展途上の国から留学してきた音楽への真摯な姿勢が象徴されるような長い黒髪だ。

物語の最終楽章は、おおかたの予想どおりに向かう。単純なハッピー・エンドではない。しかし静かなエンディングに、充実したトムの表情の余韻が残る。セザール賞をはじめ、多くの賞を受賞。

原題:De Battre Mon Coeur S'est Arete
監督・共同脚本:ジャック・オディアール
共同脚本:トニーノ・ブナキスタ

「心にナイフをしのばせて」奥野修司著

2006-10-20 01:39:53 | Book
あの日のことは、今でもよく覚えている。1997年、神戸で連続して児童を殺傷した「酒鬼薔薇」が逮捕された日のことだ。居間についていたテレビで、ニュース速報で犯人逮捕のテロップが流れ、次の「中学二年生の男子生徒を逮捕」を読んだ時は、心底震撼した。猟奇的な事件であり、被害者がいずれも小さなこども、そして犯人が14歳の少年だったという事実。おそらく生涯で最も驚くべき事件として、記憶に残るだろう。
ところが通称神戸「酒鬼薔薇」事件と類似した事件が、28年前にもあったのだ。

1969年4月23日、初夏を思わせるような陽気の午後4時頃、神奈川県のカトリック系S高校に左腕を切られて血を流している少年が、担ぎ込まれた。生徒から連絡を受けた教師たちが続々と集まってきたが、少年の様子を見て思わずひるんだ。けなげにも怪我をした少年は、「おれのことはいいから、先生、早く行ってくれ。K君が大変な目にあっているんだ。」これを聞き、教師や残っていた生徒が、手に手に棒やバットをもって裏の農道を駆けていった。
トンネルをぬけてつつじ畑に足を踏み入れた途端、誰もが硬直したように動くことができなかった。数メートル先に倒れているK君の異形の姿をひと目見て、すでに絶命しているのがわかったからだ。47ヶ所もめった刺しにされ、ほとんど即死状態だった。しかし、更に衝撃的事実が待っているとは、かけつけた教師も生徒も知らない。

この日からK少年の遺族である父、母、3歳年下の妹の地獄のような日々がはじまった。

1948年生まれのノンフィクション作家の著者、奥野修司氏はたまたまある大学病院の精神科医に出会った時、「統合失調症の人は100人に1人はいるといわれ、勿論すべてが犯罪者になるわけではないが、精神科の世界では14歳が最も危ない。だから、ある一定の確率で酒鬼薔薇のような少年があらわれる可能性は否定できない。」という話から、酒鬼薔薇少年の心の闇を解明するために、類似の事件を取材することからはじまった。しかし本書の主眼は、10年の歳月をかけた犯罪被害者の”その後”のあまりにも過酷な人生である。

お嬢様育ちの母は、高校1年生の息子を亡くした衝撃に耐えられず睡眠薬を常用し、24時間殆ど寝たきりの状態が数年続く。この間の記憶は殆どない。妹は、”できのよかった”兄のかわりに自分が死ねばよかったとやがて責めるようになり、猛烈な痛みに現実逃避する入口を求めて何度も手首を切るようになる。父は父で、パチンコと釣りにのめりこんでいく。時が解決する。誰もが言うだろう。しかしこの一家には、35年以上たった今日まで、なにひとつ解決もされなければ本当の意味で癒されているわけでもない。あの日をさかいに、時間がとまってしまった。過去も、未来も同時に消えてしまったのだ。父はすでに他界しているが、老いた母、結婚して家庭をもった40代半ばの妹、親しかった従兄弟、K君の友人の証言を一人称でつづられた形式は、作家の視点が極端に抑えられているのが特徴だ。その点カポーティの「冷血」が、ノンフィクション・ノヴェルと言われるスタイルとは正反対である。淡々と語られる遺族らの口調に反比例して、想像をこえる犯罪被害者の慟哭は、読者の心まで何度も鋭くえぐられるような恐怖と重い苦しみをぶつけてくる。それは読みすすめてはいりこむと、自分の頭が真っ白になるような、まるで白昼夢を見ているような感覚だ。それほどの犯罪被害者にとっては、地獄のような日々なのだ。

それでは、凶行を犯した15歳の犯人少年Aの”その後”は。誰もが、社会の底辺でひっそりとつつましく、息を潜めながら人と関わらずに暮らしていると想像するだろう。K少年の母もそう想像して憎い犯罪者とどこかでおりあっていこうと努力していた。複雑な家庭で育った少年Aは、犯行後酒鬼薔薇と同じ関東医療少年院に収容された。仮退院して、父親の愛人の養子になり、新しい本籍地を得て、同級生より3年遅れてある私立大学に入学し、卒業後はまた別の私立大学で勉強する。現在は弁護士として活躍し、なんと地方の名士となっていた。この経緯には、誰もが驚愕するだろう。しかし彼は、一度も謝罪にこない。元A少年の事務所の生垣にK少年が死んだ場所と同じつつじの花が咲いていたことから、著者は謝罪する気持ちのないことを確信する。犯罪を犯した少年の「更正」とは何か。社会復帰して、りっばな肩書きをえることではなく、被害者に心の底から謝罪することではないだろうか。この遺族と著者の訴えは、まことに正鵠をえている。

ただひとつ残念なのは、加害者の人生がぬけていることである。被害者のK君や遺族が実名で報道されているのに反し、彼のプライバシーは今でも守られ、そして守るべきだと私は考えるのだが。元少年Aの声を聞きたい。
15歳の少年だったとはいえ、殺人者が弁護士になることの是非はまたの機会に。

少年Aと鑑定人の会話
  
米国版「弁護士になる殺人者」
  
地獄の季節―「酒鬼薔薇聖斗」がいた場所