千の天使がバスケットボールする

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ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル2006

2006-06-09 22:27:20 | Classic
"At the age of 26,Grammy Award-winning violinist HILARY HAHN is one of the most compelling artists on the international concert circuit."
(プログラムのプロフィールから引用)

彼女の音楽暦は、日本語訳よりも原文の方が簡潔でふさわしいように思える。現在、26歳。演奏を聴く前に、まずその若さに驚く。
1995年3月、ロリン・マゼール指揮/バイエルン放送響と共演して、世界中にその名を広げたときは、弱冠15歳だったのだ。このデビュー時以降、よくある天才少女・少年という未知数を含んだ枠組みではなく、”ヴァイオリニスト”という一人前の音楽家として私は記憶に刻んだのだだろう。ヒラリー・ハーンの年齢を考えたことがなかった。

チケットが発売時間の1時間後にようやくつながった電話で残席僅少ということから、予想どおりオペラ・シティは満席。働き盛りのビジネス・マンや楽器ケースをもっている観客が多い。米国女優のジョディ・フォスターを彷彿させる意志的な容貌(しかも若い)と、プロフィールどおりの”international concert circuit”で活躍するヴァイオリニストであることをあらためて実感する。

最初のイザイの音を聴いた時、予想以上の音の豊麗さに驚く。何度も繰り返し聴いてきたイザイのCD演奏、生の音楽でもかって感じたことがなかったイザイの無伴奏曲に対して、”華麗な”印象を抱いたことにヒラリー・ハーンのヴァイオリニストとしての器の大きさをつくづく実感する。(イツァーク・パールマンが中心になりヴァイオリニストの栄光と挫折を編集したビデオで、若手の代表として彼女が発言していたことを思い出す。)イザイのこの曲は、バッハの無伴奏とは異なる難しさがある。技巧的な難技の連続、尚且つ音をたっぷりと響かせてバッハのオマージュを漂わせたイザイの雰囲気を伝えることは、本当に至難だ。ほの暗くさびれた妖しい情念、それはそれでたとえようもなく魅惑的だが、ヒラリー・ハーンのイザイは、ねっとりとしているがあくまでも健康的なめくるめくような華麗さに満ちている。予断による偏見をいましめているつもりではあるが、彼女が米国人だったことを思い出した。美しく、ホールいっぱいに響き渡るあつみのある無伴奏のイザイ。この時、同じ空間を過すことに満ち足りた充実感に酔う。

次のエネスクの冒頭では、伴奏者イム・スヒョンのピアノとヴァイオリンの音がまるで奇跡のような絶妙な和音となり響く。(ピアニストのイム・スヒョンの伴奏は、この曲が最もよかった。)何年かに一度、このような瞬間に遭遇するが音の響きの不思議さに感動する。”民俗風”という土臭さと音楽の格調高さを両立させた優れた演奏に、私も含めて聴衆も緊張感をもった集中力から解放され、純粋にエネスクの音楽を堪能しているように見受けられた。ミュートを使用する第二楽章での神秘な雰囲気を宿しながらも、しっとりとした旋律の連なりを憧憬の気持ちでたっぷり歌う。

後半の最初の曲は、更に超絶技巧曲として有名でCD録音以外はめったにお目にかかれない?N.ミルシュタインの「パガニーニアーナ」。彼女曰く、”ヴァイオリニストが作曲した曲”というフィーチャーの締めの曲としては、これ以上の曲もなく、技巧的な難技を披露するという意味でもこれ以上の曲もなかなかないだろう。正確無比な音楽性に、五嶋みどりとは違うタイプの理知的な個性がある。ヒラリー・ハーンの個性がおしつけがましくなく自然に表現されていたのが、「パガニーニアーナ」だった。
そしていよいよその真価がためされるモーツァルトとベートーベンのソナタ。
モーツァルトの25番は、ベートーベンの人気あるスプリング・ソナタと同じように、私はいつもこの曲に春を感じる。しいて言えば、ベートーベンは春真っ盛りというイメージだが、25番はもう少し若々しい新緑の春。成熟したヴァイオリニストの達観された深い演奏もよいが、人生の春を過ぎつつあるヒラリー・ハーンの演奏もここちよい。最後のあえて定番をはずしたベートーベンのソナタ3番。作曲された当時、人気と政治力のあったサリエリに献呈されたという青年時代の曲である。ベートーベンは、男性性のロマンチシズムを感じるということで私のお気に入りでもあるが、欲をいえばもう少しここで自己主張しても良かったかな、とも思った。

読売新聞の編集委員である橋本五郎氏が、古代ギリシャの哲学者、プルタークの「政治家もアイリスの花のように少し凋んでから本当の芳香を放つ」という引用から政治家の年齢について論じている。音楽家と政治家とまるで次元が異なる世界の住人に同じ論調を引用しても意味がないかと思うが、人生経験を積んで本当の芳香を放つのはヴァイオリニストについても同じであろう。ただ鋭い切れ味の技術は、人生の盛りをこえるとゆるやかに下降していく。
ヒラリー・ハーンは、26歳。international concert circuitでトップランナーとしてすでに10年の経験を積んできた。
新鮮だが、濃密な芳香もそこはかとなく漂わせている。

アンコールの2曲目で「コレデ サイゴデス」とたどたどしい日本語でくぎをさすのもチャーミング。演奏会後のカジュアルな服装に着替えた素顔の彼女は、知的というよりも小柄で素朴な可愛いアメリカの女の子という印象。なんと「ETUDE」のromaniさまも参加していた(笑)サイン会での長蛇の列、しかもおじさま族から若者まで、その高い男性比率に彼女の実力と人気がうかがえる。衣装は、オレンジに近いサーモン・ピンクのはりのあるシルクのスカートに青いベールのような柔らかい薄い布をそのまま重ねたスカートに、ベア・トップ型の同じ布(青いベールはなし)のブラウス。ピアニストのイム・スヒョンは、タンクトップ型の黒いブラウスに、スカートは赤で黒い布を重ねている。同じデザイナーによると思われる衣装だが、白人と東洋人いうそれぞれの肌の美しさと音楽における役割を考え抜いたふたりのデザインは、非常にセンスがよい。

-------2006年6月8日 オペラシティ---------------------------------------------------------

1. イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調Op.27-1
2. エネスク:ヴァイオリン・ソナタ第3番イ短調「ルーマニアの民俗風で」Op.25
3. ミルシテイン:パガニーニアーナ
4. モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第25番ト長調K.301
5. ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第3番変ホ長調Op.12-3

■アンコール
1. アルベニス:タンゴ
2. プロコフィエフ:3つのオレンジの恋~行進曲

*次回の来日予定 2008年3月 BBCとシベリウスVn協を演奏予定


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2 コメント

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やっぱり天才! ( romani)
2006-06-10 21:44:19
こんばんは。

樹衣子さまと同じコンサートに行ってたんですねぇ。

何よりの驚きです(笑)

でも、ヒラリー・ハーンは紛れもない天才ですね。「完璧にしかも軽々と、そして全てが音楽に奉仕している」、こんなヴァイオリニストはめったにいません。



この日、私はイザイに最も惹かれました。

来年は2番、再来年は3番というわけにはいかないものでしょうか。

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同じ空気を吸っていたのですね(笑) (樹衣子)
2006-06-10 22:25:44
こんばんは。

今日のマチネは如何でしたでしょうか。

ウィーンから帰国後も、演奏会に足を運び、更に充実したromaniさまの音楽ライフにはまだまだ及びませんが、ヒラリー・ハーンという21世紀を担うヴァイオリニストの素晴らしいリサイタルに、同時にたちあえたことを嬉しく思います。



ヒラリー・ハーンは彼女のCDをもっていない私も、絶対聴きたかったヴァイオリニストです。



>私はイザイに最も惹かれました



通常は、最初にこの曲はもってきませんよね。でも彼女のイザイは、私のイザイの無伴奏に対するイメージをくつがえすほどの素晴らしい演奏でした。音楽的解釈というよりも、まさに天性のミューズだと納得しました。私は早めにプログラムを購入しましたが、休憩時間には完売していたそうです。いつもでしたらCDを購入してサインをもらう私ですが、あの男性たちの群集のヤマに今回は見送りました。

romaniさまが、その中にいたことを想像すると微笑ましいです。^^
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