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「パンダの親指」スティーブン・ジェイ・グールド著

2013-06-01 16:30:38 | Book
上野のパンダ、シンシンがおめでたかもしれないというニュースが流れた。昨年の出産時には「号外」まで配られたのに残念な結果になったが、今年こそはとパンダ好きの者としては期待している。
ところで、剥製なのだが国立科学博物館では、3頭のジャイアンツパンダが見ることができる。進化論上では、シカゴのフィールド自然史博物館に勤務していたD・ドワイト・デーヴィスの著書により、長い5本の指プラス手首側の橈側種子骨を含めて6本と言われていた。パンダの本来の親指は他の機能に使われていて、拡大した手首の骨、つまり大きくなった橈側種子骨でまにあわせるために進化した。ところが当時の動物研究部の研究者の博士が、博物館内で展示されているホァンホァンの手をCTスキャンさせて、実際にものをつかむのは第6の指ではなく、小指側の手首にある副手根骨が役に立っていたことを発見した。

前置きが長くなったが、本書のタイトル「パンダの親指」の著書スティーヴン・ジェイ・グールドはニューヨーク生まれのハーバード大学の比較動物学博物館の古生物学、進化生物学の教授。もともとはアメリカン自然史博物館などの広報誌に連載していた科学エッセイを集めた本である。前述のパンダの親指にまつわる話は、本書のほんの入口である。ページをめくるうちに、(少なくとも私の場合は)表現の難しさに苦戦しつつも、いつのまにか、ダーウィニストで知られるグールドの”進化”にまつわる自然史のおおいなる謎の話に興味がひきこまれていく。

ある意味、圧巻だったのは、私も気に入っている「利己的な遺伝子」できらめくスターになり、その発想が小説にもいかされているリチャード・ドーキンスを、彼は進化に対する通俗的な本を書く著者たちが誰でも用いる隠喩的な短絡を、普通よりはなやかに、不滅なものとして論じているに過ぎないと喝破しているところだ。そして、遺伝子は細胞の中に秘められたDNAの小さな塊で、淘汰自体は遺伝子を選べることはできないと反論している。グールドの解説は、素人の私でももっともだ、とは思う。それでも、はなやかで、鮮烈な「利己的な遺伝子」は学校で学ぶダーウィンとは別に人々を魅了していくだろう。

さて、はなやかさには少々乏しいかもしれないが、じっくりと味わい深いのがグールドのエッセイである。
1912年イギリスはサセックス州のピルトダウンで発見された頭蓋骨が類人猿と人類を結ぶ重要な化石だと信じられていたが、実はヒトの頭蓋骨にオラウータンの下顎を組み合わせた偽者だったという世紀の捏造事件にせまる「ピルトダウン再訪」では、犯人は誰かという3つの仮説をたてている。犯人探しのミステリーのおもしろさでひきつけて、やがて科学的研究というものの本質にこのピルトダウン事件からせまっていく。科学も個人的な願望や、栄光の追求に動機付けられ、文化的偏見にもまれて都合のよい人々の期待感にあおられて、紆余曲折を経て歩いていく人間的な活動であることをあばいていく。

なかなか考えさせられるは、あと5年で100歳の長寿を迎えるミッキーマウスにまつわる「ミッキーマウスの生物学的敬意を」である。彼が初めて主演した「蒸気船ウィリー」を甥と一緒に観たが、当時のミッキーはやんちゃというレベルを超えるかなり腕白ないたずらもの。だからおもしろいのだが、「魔法使いの弟子」のようなお茶目で可愛らしいキャラクターとはかなり違っている。好き勝手し放題のミッキーは、ハツカネズミらしいすばしっこさを感じさせる容姿だったのに、国民的なシンボルに成長するにつれ、期待に応えるよう素行をあらためて品行方正で温和になると同時に、顔立ちと体型も幼児化していった。このような進化的変形をネオテニー(幼形成熟)というそうだ。なんと、グールドは科学者らしく最も性能のよいダイアルギノスを使って、頭部の大きさ、目の大きさなどを計測し、幼若段階に向かって進化していることを示した。なかなかミッキーに負けずに、グールドもお茶目な方だ。幼児らしい特徴は、おとなに好かれるものである。ダーウィンは、形態だけでなく感情にも連続的な進化があることを主張した。最近は、ベビー・ミッキーなるものも登場し、私も白状すると愛用している。

なんと、こんな行動も動物学者コンラート・ローレンツのいうようにネオテニー的性格に基づく天性なのだろうか。もっともグールドによると、ずっと発育不全でよろしいということになるようだが。永遠なれ、ミッキー。

米国内での初版は1980年となっており、確かにパンダの指は実際には7本だったことからも、最新科学の話題性からは少し離れていても、科学というフィールドで、時には辛口だがユーモラスにとんだ語りは、人間という自然史上最大の謎を考えさせてくれる。米国のサイエンスの発展の底力も感じる。最後に、単行本時代の表紙は、Jay J.Smithによる複雑で意味しんな風刺的なイラストから、文庫本化でインパクトがあるが実にすっきりとしたパンダの後姿のイラストに変わっていた!どちらも内容にあったできのよいイラストだと思うのだが、この”進化”にも、なかなか興味深いものがある。


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