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ピアニスト・仲道郁代さんの、日本的な謙虚という美徳のオブラートに包まれたこんな言葉をうのみにしてはいけない。わが道を行くタフさと鍵盤の数ほど(←ちと大げさか)のバリエーションのある強さがなければ、音楽界というシビアな世界、需要も多いが層も厚いピアニストの世界では生き残れないのだから。
先日、テレビの対談番組で仲道郁代さん、川井郁子さん、吉田都さんの3人が登場して、芸術家の日常や娘のことなどたわいないお話をしていた。ゴージャスでお金をかけたつややかな川井さんの美貌に比較して、仲道さんの上品な変わらない可愛らしさは、人柄の良さが感じられた。そんな仲道さんの本を、気楽に、リラックスするため、と手に取ったのだが、これが実におもしろくって読み始めたらやめられないではないか。
私の中での仲道さんは、日本音楽コンクール優勝をきっかけに、誰からも”好感のもてる可愛らしさ”の魅力と運で生き残ってきたピアニストだった。確かに、日本で最も権威のあるコンクールの優勝歴は素晴らしいと思うが、グローバル化の昨今、その威光と輝きもうすれてきているのも事実。本書も、仲道さんの見た目どおりのプチ可愛らしく、誰にでも入りやすい、たわいないお話が綴られているかと予想したが、その語り口のうまさにどんどんひきこまれていってしまった。
ピアノやクラシック音楽にさして興味がなくても、彼女の専門的な話しも入りやすくてわかりやすい。しかし、これは実は難しい芸だと思う。専門用語を使用せずに、演奏家としての立場で、たわいないような語り口でショパンやベートヴェンの真髄にせまるような内容が、身近な単語で時にユーモラスに語られているのである。これは、お見事な芸と言ってもよいのではないだろうか。彼女のご自宅には、コンサート用のスタインウェイのフルサイズのピアノ、生徒用にヤマハ「S6」の合計2台がある。長年の友であり商売道具でもあるピアノが2台、はピアニストにとってはごく普通。しかし、その後なんと4台のピアノが次々とやってきて部屋を占拠してしまった、という顛末記はピアノの発達と作曲家の関係がよくわかり、目が開かれるようだ。
日頃の音楽観、こどもの頃やコンサートなどの思い出、予想外に多彩なお仕事、家族など、思いつくまま感じるまま続いていく。例えて言えば、テレビのゲストコメンターが大衆の胸の内を巧みに言葉で表現しているとすれば、仲道さんは、音楽好きの一般聴衆がなんとなく感じている領域から、実にセンスよく、ぴったりの単語を組み込んで、誰もが共感して楽しめる文章にしている。
ともすれば、プロフェッショナルなプライドや練習量などの努力を誇りがちなピアニストという職業だけれど、彼女の独白はもっと身近で親しめる。以前、ファッション雑誌で、ご自宅の靴の収納を公開していたけれど、同じ高さ、同じような太めのヒールの靴がずらっと後ろ向きにきちんと並んでいるのを拝見した時、いさぎよさと合理的な考え方をされる方という印象をもったが、本書でも大きなスーツケース4つを使いまわす技を披露していて、そうそう音楽家にはタフさも必要だったと納得した。
「真の美は、際立って孤独なものだと思う」
こう語る仲道さんは、上品でおっとりした佇まいな中に、美しくもタフな精神を持っている方なのだ。
ちなみにamazonの商品説明には、「ゴーイング・マイウエイ=「わがみちいくよ」、多事多端のピアノ人生」と紹介されているが、的をえていないと思う。”わがみちいくよ”は、協奏曲を演奏する際に強さがないと、時々舞台でへし折られるという背景からきた言葉であって、他人と我との違い、自分の信じる道をすすむという単純な話しではない。
■アンコール
・「パリ左岸のピアノ工房」T.E.カーハート著
・映画『ピアノマニア』
早速注文して読んでみることにしました。
中村紘子とは違った面白さが横溢しています。
ピアニストの書く本は、どれもおもしろくはずれがないと思います。
中村紘子さんの著書も優れていますが、私の中では、小川典子さんが翻訳したスーザン・トムズの「静けさの中から:ピアニストの四季」がベストワンです。
中村紘子や仲道郁代などのエッセイはユーモアがあってtristesse allanteならぬ疾走するおかしみを感じる。
だからさぁ~っと読み進めます。
しかしこの本は非常にまじめに(「人は本来まじめでなければならない」というのはわかりますが)コンサート・ピアニストとしてのLife(命と生活)を論じています。
そう言うところがdilettanteにはやや硬い。
そうは言うものの、興味ある所も多いので、9月までは読み進みました。
この本で特筆すべきは小川典子さんの翻訳の日本語です。
私は現役時代は常に外資でしたので、通訳や翻訳もたくさん手がけましたが、彼女の日本語は実に素晴らしい。
完全に日本語になっています。翻訳賞というのがありますが、それに推薦したいくらいです。
返信が遅くなり、大変失礼しました。
そうなんですっ。小川典子さんの翻訳が素晴らしい!
英国在住という生活の影響もあるのか、訳者の繊細さと知性を感じられる本書ですね。
そういう意味でも、ピアニストというだけでなく、小川典子さんに感服もしました。
80歳を過ぎると、忍耐力というか、理解力というか、いわゆる「メンタル」な面での衰えを痛感しています。
テニスをやっているのですが、2~3回ボールが行ったり来たりすると、「えぇ~い、面倒だ」とばかりに強打して自滅を繰り返しています。
まじめに考えながら読む本と言うのはもう無理なのかなぁと思ってしまう今日この頃です。