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「ワーグナーとユダヤ人のわたし」BS世界のドキュメンタリー

2013-06-16 15:48:04 | Nonsense
毎年、何らかの作曲家、音楽家のイベントがめじろおしだが、今年はすごい。ワーグナー生誕200周年。あのルートヴィヒ2世からはじまるWagnerianerにとっては、今年はやはり人生の特別な年になるのではないだろうか。ワグネリアンにとっての聖地に、可愛らしく、そして優雅に建つリヒャルト・ワーグナー祝祭劇場。7月25日から8月28日まで、いよいよバイロイト音楽祭がはじまる。

英国の作家兼番組のプレゼンターのスティーブン・フライも、ワーグナーの音楽にこどもの頃から心酔してきた正真正銘のワグネリアン。しかし、彼には愛するワーグナーに完全に酔えない悩みがある。フライは、ユダヤ人である。先輩格のワグネリアンだったヒトラーによって家族をホロコーストで失っているフライは、大好きなワグナーの音楽と反ユダヤ主義に折り合いをつけるためにワグナーの音楽をたどる旅にでる。

5月20日・21日の2日間に渡ってNHKで放映されたドキュメンタリーは久々に心に残る番組だった。
フライが最初に向かったのは、ワーグナー自ら自分の作品を上演するために建設したバイロイト祝祭劇場。木々や芝生の緑が若々しい生命の躍動感に美しい。その丘の上に立つ、チケットを入手するには最低でも8年かかるとささやかれ、今では音楽祭の時のためだけの贅沢で世界最高級の劇場。胸の高鳴りを押さえながら、そっと歴史を刻んだ扉をなでるフライ。舞台裏では、リハーサルと衣装づくりがはじまっている。たった一足の靴づくりだけでも、手の込んだ飾りをつけたオリジナルにフライだけでなく私もひきこまれていく。

更に、彼はワーグナーの邸宅にあるピアノで演奏をしているピアニストと一緒に、“トリスタンコード”を弾かせてもらう。ワーグナーが大好きで悩みながらもわくわくして、胸の高鳴りに思わずふるえてしまうフライのキャラクターと魅力もはずせない。次に彼が向かったのは、ワーグナーが当時野心的で論争をよんだ楽劇「ニーベルングの指輪」の着想をえたスイスに飛び、ロシアへも。

莫大な借金返済のために指揮者としてたつことになったマイリンスキー劇場では、ワーグナーは初めて観客に背を向けてオーケストラを指揮するという革新的な上演で人気をはくした。それでも浪費癖の借金返済に収入は消えて、結婚生活は破綻。50歳にして人生最大の危機にたつワーグナーの前に表れたのが、バイエルン王国の国王となったばかりの若く美しきルードヴィヒ2世だった。*)元祖ワグネリアンについては、ヴィスコンティの傑作映画『神々の黄昏』を参考されたし。

後半は、ワーグナー中期の楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の舞台であり、後にヒトラーがナチス党大会の会場に選んだ地からはじまる。私もこの土地を訪問したことがあるが、ドイツらしい落ち着いた美しい街である。しかし、日本人の私ですらこの城壁に囲まれた中世の面影が残る街を眺めると複雑な心境になる。ヒトラーがとても愛した街でもあるニュルンベルク。1935年、この地で開催された党大会にユダヤ人の市民権剥奪が合法化された。戦争後は、ナチス独裁政権下の指導的戦争犯罪人に対する「ニュルンベルク裁判が実施された街。今では平和に市民がマラソンをするニュルンベルクで、フライはナチスがいかにワーグナーの音楽を政治的プロバガンダに利用したかを読み解き、そして又、ワーグナーの音楽もヒトラーの世界観に影響を与えたかを考える。

再び輝けるバイロイトへ。
ルードヴィヒ2世という格好の金庫をえたワーグナーは愛妻コジマと結婚生活を楽しみ、いよいよ自分の作品を上演するための劇場を建設する。ワーグナーの設計者に指示した内容が読み取れるオリジナルの図面や楽譜を見て、フライの期待は益々高まる。いよいよ、夢にまでみたバイロイト祝祭劇場の扉を開けるフライ。歴史を感じさせ輝かしくも、以外にもこじんまりとした地方の舞台と客席が彼をあたたかく囲む。そして、音楽祭の総監督であるワーグナーの曽孫のひとり、エファ・ワーグナーにも出会う。憧れのバイロイト音楽祭がはじまる!

しかし、ヒトラーとバイロイトの関係性の環に悩み苦しむ彼は、とうとうアウシュビッツ収容所から奇跡的に生還し、オーケストラでチェロ奏者をしていた「チェロを弾く少女」の著者アニタ・ラスカー=ウォルフィッシュに会いに行く。まるで彼女に最後の審判を仰ぐかのように緊張する彼を眺め、おだやかな白髪の老女が思い出を語りはじめる。たまたまチェロが弾けた少女アニタはナチスに重宝されたのだが、ある日、双子を使って研究していたヨーゼフ・メンゲレがなにか重い実験をした後のようで、シューマンのトロイメライを弾いてくれとリクエストしたそうだ。彼女は、誤解を招くのをさけるためにメンゲルとは視線をあわせないようにその曲を弾いた。そこで、フライはもう二度と「トロイメライ」は弾く気持ちになれないのではないかと質問すると、アニタは微笑んで「そんなことはないわ、孫だって弾いているもの」と答え、チェロを弾く男の子のお孫さんの写真が重なる。意を決して、フライはユダヤ人の自分がワーグナーを聴き、バイロイト音楽祭に行きたいと願っていることについての意見を求める。すると、彼女は笑って「あなた、そこへ行きたいのでしょ。行きなさいよ。音楽に罪はないわ」と朗らかに応援する。

晴れ晴れとしたフライの表情からは、純真な嬉しさが伝わってくる。そう、ワーグナーの音楽こそは彼の心をとりこにする最高の音楽なのだ。黒のフォーマルな上着をかろやかにはおり、宿泊しているホテルのドアを開けて、大切なチケットを片手に、さあ音楽祭へ!
そんなコンサートに向かう彼の姿でドキュメンタリーは終わる。実際は、2010年にBBCで放映されたようだが、今年のワーグナー生誕200周年にふさわしい素晴らしいドキュメンタリーだった。

■こんなアンコールも
「ヒトラーとバイロイト音楽祭」ブリギッテ・ハーマン著上巻下巻


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