ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

インドと私 6

2015年06月29日 | えっせー
  ☆ ヨーガニケタンでの修行 
 何より嬉しかったのは、そのアシュラムには、毎日朝晩瞑想の時間があった
ことです。7日間も滞在するのですから、ここで私は「絶対に瞑想状態を体験
できる」と確信を持ちました。そこに滞在して二日目に、メデテーションホール
の前で黄色いサリーを着た、早朝の瞑想を指導なさる女性の先生に話しかけ
られました。あの日の空の色と、美しい笑顔で話かけられたことは、一生忘れ
られいほどの思い出ですが、私が長年ヨーガをご指導頂いた先生になりました。
※お元気だったマハラジトアルナとラルタ姉妹
 
そのアシュラムでは、朝5時夕方の6時に毎日一時間の瞑想がありました。
わたしは朝夕必ず参加しました、ことに朝は暗く大変寒く、鐘の音を合図に
あちらこちらのコテージから、ぞろぞろ人が出た来て、メデテーションホール
に集まりますが、ほとんどの人が毛布をかぶってて参加しました。
※ヨーガレッスン風景



 ☆ 瞑想の時間
初めて参加したとき「ジャパニーズ・レディーズ」と、三人が呼ばれて
瞑想の始る前に、先生からこんな注意事項がありました。
 それは「咳をしても、くしゃみをしても、また足がしびれじっとしていられ
なくなっても、すぐに外に出るように」と、かなり厳しいものでした。
 実際に途中で出ていく人も、何人かいましたが、お腹が鳴っても、足を少し
ずらしても、聞えるような静けさでした。
 少し音を出すと「ビー・クワイエット」と誰かが、必ず小声で注意をします。
灯りは先生が座っている場所に一つだけあり、ほの暗くはりつめたような中に
も、何か暖かいバイブレーションが感じられました。
とても40人近い人がいるとは思えない、本当に静寂な雰囲気でした。
※ 先生のポーズ
  
 私はヨーガ歴は長いのですが、一時間微動だにしない行法は、正直言って大
変きついものでした。でも、まだ暗い早朝でガンジス河の対岸にあるヒンズー
教の寺院からはコーランが聞えて、何とも言えない幻想的で清浄な雰囲気でした。
 一時間の瞑想の後にアーサナ(ポーズ)が行われますが、私はインド人の
先生に習ったので、サンスクリット語と英語で行われるレッスンは、ほとんど
理解できて困りませんでした。でも、瞑想だけで出て行く人が多く、アーサナ
をやる人は半数位しかいませんでした。その後にはリラクゼーションがありま
したが、「これって私の指導法と同じ」と、驚くと同時に大変嬉しくなりました。
 リラックスするときには、寒いため毛布がない私達は、寝袋の中で受けました
が、顔だけ出しているわたし達を見て、先生はいつも笑っていました。
 ※ 私もガンバりました
 
 これを書きながらも、大昔インド人独特の声で「ネック、ショルダー、エンド
バック、リラックス、リラックス」と語りかける男性の先生の声が聞こえるよう
な気がして、何だかとても懐かしく、胸が痛くなるような思いでした。
 でも、あのときには、座ったままで頭の後ろで両足を組んだ難しいポーズが
できたほど、身体が柔らかくなっていたのです。
 多分肉類や魚介類などはまったく食べず、無論アルコールも飲まなかったので
身体が大変柔らかくなっていたのでしょう。
 その生まれて初めて出来たポーズは、写真に撮ったのですが、帰国して
皆なに見せびらかしたためか、紛失したのが今でも残念でなりません。

 




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