「新しい資本主義」を考える② 分配を見直す米政権
政治経済研究所理事 合田寛さん
1980年代以降40年以上にわたる新自由主義政策の下で、極端な不平等の拡大、気候変動の深刻化、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行など、さまざまな危機が進行しました。世界は共同してこの困難な課題に立ち向かわなければなりません。
「新しい資本主義」の構想はこの課題に応えることができるでしょうか。岸田文雄首相は国会で「新しい資本主義」に関して問われて「日本のみならず、欧米でも同じ発想で新しい経済モデルが模索されている」(5月26日、衆議院予算委員会)と述べ、日本の取り組みは世界の潮流に沿ったものであることを強調しました。しかし本当にそう言えるでしょうか。米国の例を見てみましょう。
大企業に課税
米国では8月16日、「インフレ抑制法」が成立しました。「日経」(8月18日付電子版)は「大企業への課税強化を柱とした新たな歳出・歳入法がバイデン大統領の署名を経て成立した。1980年代から続いてきた大企業偏重の分配を見直すことで、社会の分断を広げた資本主義の修正に半歩踏み出した」と評価しています。
同法は10年間で総額4370億ドル(約59兆円)の歳出を盛り込んでいます。気候変動対策や医療保険への補助などです。一方、歳入は歳出を大きく上回る7370億ドル(約98兆円)です。財政赤字を削減し、インフレ抑制につなげる狙いがあります。
注目されるのは、財源として法人税に15%の最低税率を設定していることです。大企業に対して、税負担率が15%に達するまで、その差額の税の支払いを義務付けます。
ワシントン・ポスト(8月12日付電子版)によると、10億ドル以上の利益を上げる米国の大企業250社のうち、83社が税制上の各種控除などによって15%以下の税負担率となっています。アマゾン、インテル、バンク・オブ・アメリカ、AT&T、GMなどです。15%の最低税率を設けることによって10年間で2200億ドルの増収が見込まれ、この増収が歳出増の椙当部分を支える予算となっています。
もちろん「インフレ抑制法」はバイデン政権が当初掲げた「ビルド・バック・ベター」(より良い再建)プランから見れば、ささやかなものです。
米ワシントン州ホワイトハウスで開催された「インフレ抑制法案」の署名式で演説するバイデン大統領=8月16日(ロイター)
劣勢乗り越え
バイデン政権は発足後、「米国救済計画」(総額1・9兆ドル)、「米国雇用計画」(2兆ドル)、「米国家族計画」(1・8兆ドル)を打ち出しました。コロナ対策のみならず、雇用、子育て支援、教育、インフラ整備、気候変動対策を含む大型の長期予算を提案したのです。
「米国雇用計画」と「米国家族計画」の財源は大企業や富裕者への課税強化で賄われることとされていました。いくつかの法案が議会に提案されましたが、共和党や民主党の一部議員の抵抗で、実現は難航しました。
しかしバイデン政権は当初案の実現をあきらめませんでした。今年3月末に議会に提案した予算教書でも、法人税率を現行の21%から28%に引き上げるという税制改革を提案しています。この案には個人所得税の改革も盛り込まれました。1億ドル超の資産を保有する上位0・01%の富裕者に対して、未実現のキャピタルゲイン(資産売却益)を含めた全所得を対象に、20%の最低税率を設定するものです。また、年間所得40万ドル(約5400万円)以下の人には増税しないことを約束しています。
8月に成立した「インフレ抑制法」は、議会での劣勢を乗り越えて、大企業への増税計画の一部がようやく実現したものです。大きな前進と言えます。
ひるがえって日本では、与党が議会で圧倒的な多数を握っていながら、大企業に対する増税はおろか、金融所得課税による富裕者増税すら、提案する気配が見えません。日米両政権の姿勢の違いは歴然としています。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年9月7日付掲載
米国では8月16日、「インフレ抑制法」が成立。「日経」(8月18日付電子版)は「大企業への課税強化を柱とした新たな歳出・歳入法がバイデン大統領の署名を経て成立した。1980年代から続いてきた大企業偏重の分配を見直すことで、社会の分断を広げた資本主義の修正に半歩踏み出した」と評価。
注目されるのは、財源として法人税に15%の最低税率を設定していること。大企業に対して、税負担率が15%に達するまで、その差額の税の支払いを義務付け。
議会での劣勢を乗り越えて、大企業への増税計画の一部がようやく実現。
日本では、大企業に対する増税はおろか、金融所得課税による富裕者増税すら、提案する気配がない。
政治経済研究所理事 合田寛さん
1980年代以降40年以上にわたる新自由主義政策の下で、極端な不平等の拡大、気候変動の深刻化、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行など、さまざまな危機が進行しました。世界は共同してこの困難な課題に立ち向かわなければなりません。
「新しい資本主義」の構想はこの課題に応えることができるでしょうか。岸田文雄首相は国会で「新しい資本主義」に関して問われて「日本のみならず、欧米でも同じ発想で新しい経済モデルが模索されている」(5月26日、衆議院予算委員会)と述べ、日本の取り組みは世界の潮流に沿ったものであることを強調しました。しかし本当にそう言えるでしょうか。米国の例を見てみましょう。
大企業に課税
米国では8月16日、「インフレ抑制法」が成立しました。「日経」(8月18日付電子版)は「大企業への課税強化を柱とした新たな歳出・歳入法がバイデン大統領の署名を経て成立した。1980年代から続いてきた大企業偏重の分配を見直すことで、社会の分断を広げた資本主義の修正に半歩踏み出した」と評価しています。
同法は10年間で総額4370億ドル(約59兆円)の歳出を盛り込んでいます。気候変動対策や医療保険への補助などです。一方、歳入は歳出を大きく上回る7370億ドル(約98兆円)です。財政赤字を削減し、インフレ抑制につなげる狙いがあります。
注目されるのは、財源として法人税に15%の最低税率を設定していることです。大企業に対して、税負担率が15%に達するまで、その差額の税の支払いを義務付けます。
ワシントン・ポスト(8月12日付電子版)によると、10億ドル以上の利益を上げる米国の大企業250社のうち、83社が税制上の各種控除などによって15%以下の税負担率となっています。アマゾン、インテル、バンク・オブ・アメリカ、AT&T、GMなどです。15%の最低税率を設けることによって10年間で2200億ドルの増収が見込まれ、この増収が歳出増の椙当部分を支える予算となっています。
もちろん「インフレ抑制法」はバイデン政権が当初掲げた「ビルド・バック・ベター」(より良い再建)プランから見れば、ささやかなものです。
米ワシントン州ホワイトハウスで開催された「インフレ抑制法案」の署名式で演説するバイデン大統領=8月16日(ロイター)
劣勢乗り越え
バイデン政権は発足後、「米国救済計画」(総額1・9兆ドル)、「米国雇用計画」(2兆ドル)、「米国家族計画」(1・8兆ドル)を打ち出しました。コロナ対策のみならず、雇用、子育て支援、教育、インフラ整備、気候変動対策を含む大型の長期予算を提案したのです。
「米国雇用計画」と「米国家族計画」の財源は大企業や富裕者への課税強化で賄われることとされていました。いくつかの法案が議会に提案されましたが、共和党や民主党の一部議員の抵抗で、実現は難航しました。
しかしバイデン政権は当初案の実現をあきらめませんでした。今年3月末に議会に提案した予算教書でも、法人税率を現行の21%から28%に引き上げるという税制改革を提案しています。この案には個人所得税の改革も盛り込まれました。1億ドル超の資産を保有する上位0・01%の富裕者に対して、未実現のキャピタルゲイン(資産売却益)を含めた全所得を対象に、20%の最低税率を設定するものです。また、年間所得40万ドル(約5400万円)以下の人には増税しないことを約束しています。
8月に成立した「インフレ抑制法」は、議会での劣勢を乗り越えて、大企業への増税計画の一部がようやく実現したものです。大きな前進と言えます。
ひるがえって日本では、与党が議会で圧倒的な多数を握っていながら、大企業に対する増税はおろか、金融所得課税による富裕者増税すら、提案する気配が見えません。日米両政権の姿勢の違いは歴然としています。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2022年9月7日付掲載
米国では8月16日、「インフレ抑制法」が成立。「日経」(8月18日付電子版)は「大企業への課税強化を柱とした新たな歳出・歳入法がバイデン大統領の署名を経て成立した。1980年代から続いてきた大企業偏重の分配を見直すことで、社会の分断を広げた資本主義の修正に半歩踏み出した」と評価。
注目されるのは、財源として法人税に15%の最低税率を設定していること。大企業に対して、税負担率が15%に達するまで、その差額の税の支払いを義務付け。
議会での劣勢を乗り越えて、大企業への増税計画の一部がようやく実現。
日本では、大企業に対する増税はおろか、金融所得課税による富裕者増税すら、提案する気配がない。