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「しんぶん赤旗」の記事を中心に、政治・経済・労働問題などを個人的に発信。
日本共産党兵庫県委員会で働いています。

日本の温暖化ガス「削減」 数値目標据え置き、パリ協定に背

2020-05-10 07:34:22 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
日本の温暖化ガス「削減」 数値目標据え置き、パリ協定に背
日本政府は3月30日、2030年に向けた温室効果ガス排出削減の数値目標と対策を含む国別約束(NDC)を、国連の気候変動枠組み条約事務局に提出しました。
日本の数値目標は、従前の「13年比で26%削減」に据え置かれました。国際的な基準である1990年比に換算すると、わずか18%の削減です。40%から50~55%の削減に引き上げた欧州連合と比べても低すぎます。「気候危機」が叫ばれる中、産業革命以降の温度上昇を1・5~2度に抑制するというパリ協定の目標に全く整合しないものであり、国際社会から「気候危機対策の放棄に等しい」など厳しく批判されました。

日本政府が排出削減の数値目標を引き上げるためには、政府によると、将来のエネルギーの使い方や電源構成を決めるエネルギー基本計画の見直しが必要です。基本計画の改定は3年から4年に1回と定められており、次の見直しの議論は、ようやく今年の夏頃から始まる予定です。
石炭と原発に既得権益を持つ政権、大手電力会社、財界は、今でも再生可能エネルギーや省エネを軽視し、エネルギー転換に消極的です。それが数値目標の引き上げを難しくしています。
新型コロナウイルス対策で手いっぱいだから、温暖化対策なんてどうでもよいと思う人もいるかもしれません。しかし、それは木を見て森を見ない考え方です。
30年代の大恐慌を克服するために、当時のルーズベルト米大統領のニューディール政策は、農村の電化などエネルギー基盤への投資が大きな柱でした。それ以来の大不況になるといわれる現状を克服するために、多くの国は景気・雇用対策、そしてエネルギー転換にも資する金融・財政政策を模索しています。
「脱原発」と「経済成長」は二律背反ではありません。また、「脱原発」と「脱温暖化」も二律背反ではありません。



神戸製鋼所が建設中の石炭火力発電所(中央の煙突の後方)=神戸市灘区

現時点で私たちが選択する、あるいは選択できるのは「原子力と化石燃料を中心とする発電システム」と「再工ネや省工ネを中心とする発電システム」のどちらかです。
後者を選び、かつ「緑の投資」を通して経済の安定成長を図ることは十分可能です。原発のコストが大幅に上昇し、再エネのコストが大幅に低下した現在、それは精神論でも何でもありません。
炭鉱など日本の化石燃料産業の比重は国際的に見てもかなり小さく、他国よりもエネルギー転換は容易なはずです。
日本にとってのエネルギー転換は、産油国や化石燃料会社に支払っている年間約20兆円の多くの部分を国内で回すことにつながり、経済に大きなプラスになります。
グローバル化がもたらした新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)で、逆に国家の役割や政治のリーダーシップの重要性が再認識されています。今ほど、合理的で公正で長期的なビジョンに基づいた国策が必要とされている時はありません。
明日香壽川(あすか・じゅせん 東北大学教授)

「しんぶん赤旗」日曜版 2020年5月3日・10日合併号掲載


新型コロナで、1930年代の大恐慌に匹敵する恐慌に見舞われつつある世界経済。
かつて、アメリカは水力発電などのエネルギー基盤の構築で不況から抜け出した。
21世紀の今。自然エネルギーなどのエネルギー革命で、需要や雇用を生み出し、経済を活性化させていく。
「脱原発」と「経済成長」や「脱温暖化」は二律背反ではありません。
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反原連 官邸前抗議8年 「廃炉時代」幕開けを

2020-03-29 10:50:15 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
反原連 官邸前抗議8年 「廃炉時代」幕開けを
首都圏反原発連合(反原連)が毎週金曜日に行っている首椙官邸前抗議がスタートして、8年になります。「原発ゼロ」を求める多様な取り組みが全国に広がり、「原発ゼロの日本をつくろう」と声をあげ続けています。(内田達朗、前田智也)

反原連の首相官邸前抗議は、東日本大震災・東京電力福島第1原発事故をきっかけに、2012年3月29日にスタート。
「再稼働反対」「原発ゼロ」を求める声は急速に広がり、同年6月には約20万人が参加。当時の野田佳彦首相との懇談を実現し、国民の声を直接突き付けました。
350回を超えた抗議には、退職した労働者、子どもづれなどさまざまな人たちが駆けつけます。



反原連の国会前集会で「原発再稼働反対」とコールする参加者=2019年11月10日、国会正門前


反原連のメンバーらと一緒に「原発ゼロで野党は共闘」とコールする、共産党、立憲民主党の国会議員=2019年7月7日、国会正門前

東電福島原発事故で故郷を追われた女性が自らの苦難や「こんな思いを誰にもさせたくない」との訴えに、多くの参加者が「私たちは福島を忘れない」と応えるなど、被災者と連帯を深める場となっています。誰もが安心して参加できるよう、非暴力・直接行動の立場を守ってきました。
参加者の声は、政治を大きく動かし、野党による「原発ゼロ基本法案」の共同提出につながりました。「原発ゼロ(基本法案)を審議せよ」と安倍政権や自民、公明両党に迫っています。
福井県高浜町の元助役が関西電力役員へ金品提供していた問題では、関電東京支社前での抗議や癒着の一掃を求めるキャンペーンを行っています。
反原連は、ステートメント(声明)で「今後も市井の人々の意思表示の場として、金曜官邸前抗議や様々な活動を継続すべく、努力をしてまいります」と述べ、「2020年が『原発廃炉時代』の幕開けとなるよう、尽くしましょう」と呼びかけています。


安倍政権を倒すのみ
ミサオ・レッドウルフさん


自分たちでもここまで続けられるとは思っていませんでした。続いていることがいいことだとは思いませんが、安倍政権が原発の維持・推進を続ける以上、声をあげ続けていく必要があると思っています。
安倍政権は、東京オリンピック・パラリンピックを“復興五輪”とうたっています。しかし、万単位で避難している人たちを置き去りにして「復興」などありえませんし、この事故を風化させてはなりません。
2012年には、官邸前に20万人が集まり、官邸で野田首相と会い、民主党政権に“2030年代に原発ゼロ”と表明させるまでになりました。
現在、官邸前抗議では、かつてほどの参加ではないものの、ずっと参加されている人も半数ほどいる一方で、初めて参加するという若者や学生もいます。この「器」を維持している意味はあると考えています。声を絶やさない、原発に反対している人がいることを示し続けることが私たちの役割だと思います。
毎週の抗議で寄せていただくカンパだけでは活動を継続することが難しいと考え、17年にドネーション(寄付)を呼びかけたところ、大きなご支援をいただきました。「現場に来ることができなくても、これだけの人が応援してくれている」と励まされました。㌧
今回、原発事故から10年となる来年まで活動を継続することをめざして、多くの賛同もいただいてドネーションを呼びかけました。すでに多くの方から支援が届いています。
現在、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、抗議を中止しています。消毒液の確保などをしてきましたが、移動の際の公共交通機関などでの安全が確保されないと判断したからです。
原発をなくすには、野党の共闘を進め、安倍政権を倒すしかありません。「原発を絶対に止める」との思いでご一緒に声をあげていきましょう。


各地で金曜行動
官邸前抗議に呼応して各地に広がった行動は「金曜行動」と呼ばれ、ねばり強く取り組まれています。

秋田市
秋田市では、2012年の9月から「さよなら原発県民アクション」が市内にある中通の仲小路で声をあげ続けています。「原発ゼロ法実現させよう」などのプラカードを手に行動しています。
当初から参加している鈴木政隆さん(78)は、「全国の行動に背中を押されて、私たちも立ち上がりました。命や暮らしよりも優先すべきものなんてありません。絶対に原発はなくさないといけない。国民の願いが届く政治を実現するためにこれからも行動を続けていきたい」。

北九州市
北九州市では、「さよなら原発!北九州連絡会」が12年7月からJR小倉駅前で行動しています。時には合唱も交えながら参加者がリレートーク。原発ゼロを求める署名にも取り組んでいます。
事務局長を務めている深江守さん(63)は、原発ゼロを求める世論は圧倒的と指摘。「国民の多くが、原発がなくても電気は足りていることが分かっている。それなのに原発がなくならないのは、政治が決断しないからです。私たちはそうした政治を変えるため、行動を続けていきます」と話しました。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2020年3月28日付掲載


原発再稼働反対、原発ゼロ、自然エネルギー普及の運動は粘り強く続けられ、野党共同で「原発ゼロ基本法案」の提出につながった。
毎週金曜の行動。毎回参加している人もいれば、初めての人もいるとか。この「器」を維持していくことの意味はあるとミサオ・レッドウルフさん。
神戸では、お盆もお正月も休まず、毎週金曜の行動を、関西電力兵庫支店前で続けています。
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東日本大震災・福島原発事故9年 教訓なき原子力政策

2020-03-24 15:27:13 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
東日本大震災・福島原発事故9年 教訓なき原子力政策
東京電力福島第1原発事故から9年。いまだ収束の道筋も見えないなか、政府は原発再稼働を進めています。「事故の教訓が原子力政策に生かされていない。このまま無責任体制が続けば“第二の福島事故”が起こるに違いない」と警鐘を鳴らす、核・エネルギー問題情報センターの舘野淳事務局長(核燃料化学)に聞きました。(中村秀生)

核・エネルギー問題情報センター事務局長 舘野淳さん

すでに10年近くがたつというのに、事故の教訓を現実の原子力政策にどう反映させるのかーという総合的な検討がされていません。
事故現場は、1~3号機の溶け落ちた核燃料デブリが取り出せず四苦八苦しています。当然、重大な事故が発生した場合、万一の炉心溶融に備えなければいけません。
溶けたものが原子炉格納容器の底に落下するとコンクリートと反応してガスが発生し、爆発を起こす可能性が指摘されています。大量の水の中に落ちた場合には水蒸気爆発の可能性があります。
たとえ炉心が溶けても、耐熱性の材料で受けとめる設備「コアキャッチャー」を設置すれば、ある程度は制御できます。これを設置した原発が、欧州などで開発されています。
しかし日本では、これだけ福島の事故で苦労しているのに、規制基準でコアキャッチャーは必要ないということになっています。



原子力規制委員会が再稼働の前提となる審査でOKを出した東海第2原発。自治体が避難計画を策定することになっている30キロ圏内には約96万人が居住=2月19日、茨城県東海村(本紙チャーター機から山形将史撮影)

【妥協】
原子力規制委員会では個々の原発の技術的検討は行っています。ただ実現可能な工事は求める一方、本格的改造を伴う困難な工事やコストが高い工事については口をつぐんでいます。局所的な安全性だけに帰着させた「現実妥協的な審査」で、再稼働が進められているのが現状です。
事故時の避難計画も規制対象外だとして、目をつぶっています。福島では、お年寄りや入院患者が避難のときに亡くなりました。事故の最大の教訓の一つですが、生かされていません。周辺の人口が多い東海第2原発(茨城県)では、事故時の避難などとても不可能ですが、再稼働に“OK”を出しています。

【幻想】
過去の原子力政策の問題点が次々と明らかになっています。
核燃料サイクル、プルサーマル、高レベル放射性廃棄物の地層処分など、政府は幻想を振りまいてきました。
しかし高速増殖炉もんじゅは安全に運転できず、計画はつぶれました。再処理工場は先がみえず、蓄積するプルトニウムをどうするのかという問題もあります。核燃料サイクル計画のお粗末さは明らかになっています。
福島の事故をみれば汚染土さえどこにも受け入れてもらえないのが現実です。各原発から出る使用済み核燃料はどうするつもりなのか…。当面は「中間貯蔵施設」に置くとしても、問題の先送り以外の何でもありません。全国で廃炉が進みますが廃棄物の後始末問題は残されたままです。
ところが、政府のエネルギー政策をみると「原子力はべースロード」という位置づけは変わっていません。再稼働や輸出など、原子力の体制や産業を維持することしか考えていない。エネルギー政策をどうするか、国民合意をどうつくるか、事故の教訓を踏まえた全面的な見直しが必要で、す。現在の原発システム(軽水炉)そのものの欠陥も、ほとんど議論されていません。
こうした総合的な検討がされずに、無責任状態で再稼働が進んでいます。いつか来た道を歩いているのではないでしょうか。

「しんぶん赤旗」日刊紙 2020年3月23日付掲載


原子力規制委員会は、実現可能な工事は求める一方、本格的改造を伴う困難な工事やコストが高い工事は求めていない。
東海第2原発などは、事故時の避難などとても無理なのに再稼働OKだとか。
日本のエネルギー政策を抜本的に改めるときです。
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関電腐敗構造を問う③ 癒着深めた安倍官邸

2019-10-19 09:34:06 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
関電腐敗構造を問う③ 癒着深めた安倍官邸
2012年12月に発足した第2次安倍晋三内閣は、構造改革の司令塔である経済財政諮問会議を3年半ぶりに再起動させ、翌13年6月14日に「骨太の方針」を閣議決定しました。

世論踏みにじり
東電原発事故後の「原発ノー」の世論を踏みにじり「原子力発電所の再稼働を進める」と明記した上で、「立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう取り組む」としました。政府を挙げて、原発再稼働へ向けて、立地自治体関係者などへの関与を強化する方針を決めたのです。経済財政諮問会議の議長は、安倍首相であり、この方針の責任者です。




関電に金品を提供していた森山氏は、高浜町で助役まで勤めた地元の有力者です。関電の経営幹部たちが、森山氏への金品の返納をあきらめたのは、森山氏との関係悪化を恐れたためです。その背景には、「自治体関係者」との理解・協力をうたった「骨太の方針」があったのです。安倍官邸が、関電と森山氏との癒着・腐敗構造を温存・増長させたと指摘せざるを得ません。
安倍内閣は、14年4月には、原子力を「重要なベースロード電源である」と位置付けた第4次エネルギー基本計画を策定しました。ここでは、「国も前面に立ち、立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう、取り組む」として、国の役割を「前面に」打ち出し、いっそう踏み込みました。
その後、経済産業省は15年7月に「長期エネルギー需給見通し」を発表。原子力を「ベースロード電源」と位置付け、30年度の総発電電力量に占める原子力の割合を20~22%とするとしました。原子力事業者にとっては、再稼働は国の大方針です。関電が政府とともに、再稼働にまい進している背景がここにあります。
第4次エネルギー基本計画の策定の舞台は、経済産業省の総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会でした。分科会長は新日鉄住金(現・日本製鉄)の三村明夫名誉会長です。
一方、原発利益共同体の中核組織である原子力産業協会の会長は、日本製鉄出身の今井敬元経団連会長です。国策決定の場に食い入る原発利益共同体人脈の根深さを物語っています。
今年4月9日に開かれた年次大会で今井氏は、「2030年におけるエネルギーミックスの目標値である原子力発電比率20~22%を達成するためには、今後10年程度で原子力発電所を30基程度稼働させる必要があります」と再稼働推進を強調しています。

日米合作で推進
総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会の8回会合(13年10月28日)には、日本の政財界に強い影響力を有している米国の保守系シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ハレム所長が講演していました。
この中でハレム所長は、日本政府に対し「原発を再開するしか選択肢はないと思っています」「長期のエネルギー戦略の上で、原発は日本の戦略の一部を構成せざるを得ないと思います。これはベースロードを賄っていく上で最良のエネルギーであります」と強調していました。「最良のエネルギー」である原発の推進は、日米合作であることを示しています。
原発を所管する経済産業省は、同省から高浜町に職員を出向させています。08年から、今日まで途切れることなく続き、延べ人数は4人に上ります。11日の衆院予算委員会で日本共産党の藤野保史議員が明らかにしました。
関電にとって再稼働を進めるためには、住民の反対運動が地元の高浜で広がらないようにすることが至上命令でした。そのためには、森山氏との関係を温存しておく必要があったのです。
(おわり)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年10月18日付掲載


原子力を「重要なベースロード電源」とか、「電力のベストミックス」とか言って、原発の再稼働を進めた安倍政権。
原発を製造する企業、ウランを供給するアメリカ、原発の発電で利益を上げる電力会社。まさに、原発利益共同体と地元自治体が持ちつ持たれつの、抜け出せない関係だった。

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関電 腐敗構造を問う② 金品の原資は電気料金

2019-10-18 09:22:58 | 原子力発電・放射能汚染・自然エネルギー
関電 腐敗構造を問う② 金品の原資は電気料金
東日本大震災での東京電力の福島第1原子力発電所事故は、原発と国民との共存はありえない、ということを明確にしました。ところが、原発利益共同体は国民世論に反し、原発再稼働を強力に推し進め、原発政策の再構築に固執してきました。東電事故後、電気事業連合会の会長職を東電から引き継いだのが関西電力でした。
当時、関電の社長だった八木誠氏は、2011年4月15日の電事連会長就任のあいさつで「今回の事故から得られた反省と新たな知見を十分踏まえて徹底的な安全対策を行い、立地地域をはじめ国民のみなさまの不安の解消・信頼回復に向けて全力を尽くしてまいる所存でございます」と強調しました。
それから8年後、関電会長となっていた八木氏は、森山栄治元助役(故人)との癒着・腐敗構造の発覚によって、会長辞任に追い込まれたのです。



関西電力本店ビル=大阪市

蜜月三つの山場
関西電力と森山元助役の関係が構築されたのは、森山氏が高浜町入りした1969年前後だと考えられます。両者の関係を深める時期には三つの山場があります。
第1の時期は高浜原発1号機が建設される時期です。第2の時期が、高浜原発3、4号機建設・運転の80年代の時期です。このとき、森山氏は、高浜町の助役として町政に大きな影響力を有していました。
そして、第3に、11年3月11日の東日本大震災が発生。戦後の日本の原子力政策は、根本から問い直すことが求められました。しかし、同年12月16日の記者会見で、電事連会長の八木氏は「一日も早く原子力発電所を再稼働するため、地元のみなさまをはじめ国民のみなさまに、私どもの安全対策をご理解いただけるよう最大限取り組んでまいる所存であります」と強調しました。
関電の社内報告書は「原子力事業と立地地域の関係の深さ」と題した項で、次のように指摘しています。
「原子力事業においては立地地域の理解と協力が不可欠であり、とりわけ東日本大震災以降は、原子力をめぐるさまざまな問題が議論される中、立地地域の理解を得ながら事業運営を行っていくことがますます重要になってきている。このような状況において、当社は立地地域の自治体や地元有力者等に対し、発電所の運営情報等、きめ細かな情報提供を行うとともに、地元企業の活用等を通じて立地地域の経済振興にもコミットするなど、立地地域と深い関係を構築している」
原発再稼働を進めるため、「地元のみなさま」の理解を得られるようにと関電が行ったのは、地元有力者の森山氏との関係を温存・拡大していくことだったのです。


関電から吉田開発への発注金額
直接発注
2013年度4000万円
2014年度5000万円
2015年度1億円
2016年度1億5000万円
2017年度1億5000万円
2018年度2億5000万円
7億4000万円
間接発注
2014年度6億5000万円
2015年度8億4000万円
2016年度10億8000万円
2017年度21億円
2018年度10億6000万円
57億3000万円
総合計64億7000万円


増え続けた発注
森山氏に資金を提供していた吉田開発に対する関電からの発注額を年度を追ってみると、表のようになります。
6年間で関電からの直接・間接受注は、合計64億7000万円に上ります。吉田開発への発注は、再稼働を進めるため、年をへるにしたがって拡大していきました。これらの事業費は、最終的には電気料金に転嫁されます。吉田開発が受注した事業の原資は、電気料金として利用者に転嫁されます。関電は11年以降、原発再稼働のために家庭向け電気料金を2度にわたって値上げしてきました。
森山氏から関電に還流した金品の原資は、電気使用料金です。関電と森山氏の癒着の被害者は、国民なのです。(つづく)

「しんぶん赤旗」日刊紙 2019年10月17日付掲載


今回問題になっている疑惑は高浜原発へのプルサーマル導入、そして原発再稼働にむけて、電気料金と原発マネーの還流だ。
それより半世紀前、高浜町に原発を建設する話しが持ち上がった時に、すでに森山氏が関わっていたと考えられるのです。
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