2012年が明けた。年越しは、いつものとおり自坊の除夜会に参加して過ごしたが、そこに至るまでは、ちょっと慌ただしい感じだった。授業自体は21日で終了したのだが、もろもろの校務が27日まであって、300枚を越す年賀状の宛名・コメントをこなし(写真は、いつも年賀状の素材にしている秋田の中山人形)、大掃除をしているうちに、あっという間に31日になってしまった。もう少し原稿なり何なりを片付ける余裕がある気がしたが、まあ、毎年こんなものかもしれない。今日までの三が日は、年賀状を書き足したり、授業の質疑応答ブログを更新したりしているうちに過ぎ去った。年頭の行事である浜離宮の放鷹は観にいきたかったのだが、少し体調を崩してしまったので見送り。ほぼ充電に専念した形の年末年始で、深く一年を振り返るでもなく、新たな展望を立てるでもなく来てしまった。そこで、ここに懸案の事項を書き留めておきたいと思う。
まずは、環境/文化研究会について。毎年課題となることだが、参加者がみな多忙で、なかなか恒常的な運営ができない。とくに夏を過ぎると、春休みになるまでほぼ休止状態となってしまう。これを打開し、関東・関西のメンバーを糾合して議論を活性化させるためにも、何らかの発表媒体を用意したいと考えている。しかし、版下までを作成する苦労は『GYRATIVA』で身に沁みているので、今回は受け入れてくれる出版社を探し、企画・制作・販売に協力してもらうつもりである。ただ、現状でこの研究会に雑誌刊行を担う体力があるかどうか、その点も含めて詰めてゆかなければいけない問題は山積している。今年度中に中心メンバーで会議を持って、何とか実現させる方途を探ってゆきたい。
それから、院ゼミとして続けている『法苑珠林』講読の成果を、「注釈稿」として刊行してゆくプロジェクト。同書は、その重要度に比して基本的な研究が進んでいない憾みがあり、学界における校訂・注釈作業の需要は極めて高い。当初は『上智史学』に連載し、ある程度まとまってからの出版を考えていたが、ひとつひとつの分量がかなり長くなってしまうので、別の方法を模索せねばならなくなった。私家版としてしばらくデータを蓄積してからの出版が常道だろうが、その場合、冊子にはせずネット公開してゆくやり方が費用もかからずによいかも知れない。この院ゼミは、他校からの参加者も受け入れ半ば研究会的な様相を呈しているが、卒業後も研究を続行したいというOB・OGの受け皿としても機能させたい。このブログにも何度か書いているが、一般就職をしても何らかの形で研究を続けてゆける人材を輩出するのが、私立大学における人文系研究科の学界における責務である。そのためには、会社帰りにも気楽に立ち寄れる鍛錬の場と、研究発表の機会を確保しておく必要がある。金曜6限という時間設定も、その点を考慮しているのだ。『法苑珠林』は「負荷」としては最適な素材だし、担当した注釈部分が刊行されてゆけば業績にもなる。何とか早いうちに軌道に乗せてゆきたい。
また、もし科研費が取れれば(それより先に申請書を書く余裕があれば)、伐採抵抗伝承の全国調査を実施し、『環境と心性の文化史』以来誰も増補してゆかない資料収集を継続して行いたい。こちらはまだ構想を具体化させていないが、環境/文化研究会との関わりで実現できるかもしれない。
あとは自分個人の原稿、単行本ということになるが、こちらも早急に進めねば、企画自体がなくなってしまう危惧がある。『歴史叙述としての祟(仮題)』は8割の完成度のまま、中国の最新研究を消化し補足している段階で執筆が止まっている。『秦氏の研究』も、次々と新たな研究が刊行されるなか、6割程度の情況でしかない。環境と神話に関する書き下ろしは、これらの作業が終了しないととりかかれないだろう。論文集はどうしてもその先になってしまう。年度末は例年どおり、依頼原稿の「月刊」状態が続くが、今年はシンポジウム等々はできるだけ制限し、単行本の執筆に集中したい。いずれも増加する校務との調整が鍵だが、これはもう仕方ない。個人的な意見としては、教員が役職者になることは間違いだと思っているが(いかなる理由を付けようとも、教育や研究に支障の出ない範囲でというのが大前提だろう。それが守られなければ、教員は教員ではなくなってしまう。これは大学の存在意義である教育の質に関わることであり、また一大学を超えた学問文化の存続に関わることであって、経営云々の観点から侵蝕してよい問題ではない)、引き受けた以上、任期最後の一年は力を尽くさねばならない。
まずは、環境/文化研究会について。毎年課題となることだが、参加者がみな多忙で、なかなか恒常的な運営ができない。とくに夏を過ぎると、春休みになるまでほぼ休止状態となってしまう。これを打開し、関東・関西のメンバーを糾合して議論を活性化させるためにも、何らかの発表媒体を用意したいと考えている。しかし、版下までを作成する苦労は『GYRATIVA』で身に沁みているので、今回は受け入れてくれる出版社を探し、企画・制作・販売に協力してもらうつもりである。ただ、現状でこの研究会に雑誌刊行を担う体力があるかどうか、その点も含めて詰めてゆかなければいけない問題は山積している。今年度中に中心メンバーで会議を持って、何とか実現させる方途を探ってゆきたい。
それから、院ゼミとして続けている『法苑珠林』講読の成果を、「注釈稿」として刊行してゆくプロジェクト。同書は、その重要度に比して基本的な研究が進んでいない憾みがあり、学界における校訂・注釈作業の需要は極めて高い。当初は『上智史学』に連載し、ある程度まとまってからの出版を考えていたが、ひとつひとつの分量がかなり長くなってしまうので、別の方法を模索せねばならなくなった。私家版としてしばらくデータを蓄積してからの出版が常道だろうが、その場合、冊子にはせずネット公開してゆくやり方が費用もかからずによいかも知れない。この院ゼミは、他校からの参加者も受け入れ半ば研究会的な様相を呈しているが、卒業後も研究を続行したいというOB・OGの受け皿としても機能させたい。このブログにも何度か書いているが、一般就職をしても何らかの形で研究を続けてゆける人材を輩出するのが、私立大学における人文系研究科の学界における責務である。そのためには、会社帰りにも気楽に立ち寄れる鍛錬の場と、研究発表の機会を確保しておく必要がある。金曜6限という時間設定も、その点を考慮しているのだ。『法苑珠林』は「負荷」としては最適な素材だし、担当した注釈部分が刊行されてゆけば業績にもなる。何とか早いうちに軌道に乗せてゆきたい。
また、もし科研費が取れれば(それより先に申請書を書く余裕があれば)、伐採抵抗伝承の全国調査を実施し、『環境と心性の文化史』以来誰も増補してゆかない資料収集を継続して行いたい。こちらはまだ構想を具体化させていないが、環境/文化研究会との関わりで実現できるかもしれない。
あとは自分個人の原稿、単行本ということになるが、こちらも早急に進めねば、企画自体がなくなってしまう危惧がある。『歴史叙述としての祟(仮題)』は8割の完成度のまま、中国の最新研究を消化し補足している段階で執筆が止まっている。『秦氏の研究』も、次々と新たな研究が刊行されるなか、6割程度の情況でしかない。環境と神話に関する書き下ろしは、これらの作業が終了しないととりかかれないだろう。論文集はどうしてもその先になってしまう。年度末は例年どおり、依頼原稿の「月刊」状態が続くが、今年はシンポジウム等々はできるだけ制限し、単行本の執筆に集中したい。いずれも増加する校務との調整が鍵だが、これはもう仕方ない。個人的な意見としては、教員が役職者になることは間違いだと思っているが(いかなる理由を付けようとも、教育や研究に支障の出ない範囲でというのが大前提だろう。それが守られなければ、教員は教員ではなくなってしまう。これは大学の存在意義である教育の質に関わることであり、また一大学を超えた学問文化の存続に関わることであって、経営云々の観点から侵蝕してよい問題ではない)、引き受けた以上、任期最後の一年は力を尽くさねばならない。