く~にゃん雑記帳

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<BOOK> 「仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡」

2015年09月12日 | BOOK

【櫻井雅人、ヘルマン・ゴチェフスキ、安田寛共著、東京堂出版発行】

 卒業式の定番曲として親しまれてきた名曲『仰げば尊し』。約130年前の明治10年代に文部省によって編纂・出版された「小学唱歌集」の第3編に初めて収録されたが、作曲者・作詞者をはじめ誕生のいきさつが全く分からない謎の曲だった。その原曲が米国の歌集の中から見つかったという大ニュースが流れたのは4年前の2011年のことだった。

        

 発見したのは本書共著者の1人で一橋大学名誉教授の櫻井雅人(1944年生まれ)。その年の1月、米国の「Song Echo(ソング・エコー)」という歌集の中に『仰げば尊し』と旋律が全く同じ『Song for the Close of School(卒業の歌)』(作詞T.H.ブロズナン、作曲H.N.D)を見つけた。「今こそ別れめ」のフェルマータの位置まで同じだった。櫻井はそのときの心境をこう記す。「『君はこんなところに隠れていたのか』と、喝采をさけんだというよりは肩の荷が下りた気分だった」。その大発見について櫻井は奈良教育大学名誉教授の安田寛(1948年生まれ)にメールを送る。安田は19~20世紀の環太平洋地域の音楽文化の変遷を研究する〝メル友〟だった。

 さらに、このニュースを安田が「歴史的認知音楽学研究会」のメーリングリストに投稿した。すると、会員の1人で東京大学准教授のヘルマン・ゴチェフスキ(1963年ドイツ生まれ)から早速こんな投稿があった。「この歌がどういう経緯で『小学唱歌集』に取り入れられたのか、アメリカではまったく歌い継がれなかった歌がなぜ日本でこんなに長く歌い継がれたのか、これから解明しなければならないことが沢山ありそうです」。この3人が『仰げば尊し』の原曲発見を契機に結ばれて本書につながった。

 3人の共同研究は「小学唱歌集」3冊に掲載された91曲全ての原曲を突き止めることから始まった。それまで原曲が分かっていたのは半分にも満たなかった。それが①民謡説=唱歌集の曲はスコットランドやアイルランドの民謡から採用された②賛美歌説=多くが賛美歌から採られた③唱歌説=文部省に雇われ唱歌集編纂にも携わった米国人W.メーソンなどの音楽教科書から採用された――という諸説を生んだ。民謡説を支持する人たちは『仰げば尊し』もスコットランド民謡と主張していた。

 原曲追跡を基に3つの説の真偽を検証した。民謡はスコットランド民謡が8曲、アイルランド民謡が1曲で全体の1割弱しかなかった。そのため「民謡説は偽である」と判断した。賛美歌については厳密に讃美歌といえるのは10曲だが、広く捉えると22曲あった。そのことから「賛美歌説は真である」とみた。賛美歌が多く含まれた背景には「メーソンにキリスト教伝道に貢献する意図があった」。また唱歌についてはドイツの学校教材から34曲、英米の学校教材から25曲が採用され過半数を占めたことから「唱歌説は真である」と結論づけた。

 原曲追跡の作業は膨大な時間と根気を要した。「あとがき」で〝灯台下暗し〟のエピソードを紹介している。最後まで原曲が分からなかったのが唱歌集最後の第91曲『招魂祭』。『仰げば尊し』を発見した櫻井自身もこの原曲だけが分からないとお手上げだった。ところがゴチェフスキから程なく「見つけた」という報告が届いた。その原曲はなんと、櫻井が『仰げば尊し』を見つけた米国の歌集「Song Echo」の中に載っていたのだ。巻末には「小学唱歌集」全曲の原曲リストが掲載されている。


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