く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<飛鳥資料館> 冬期企画展「飛鳥の考古学 飛鳥の古墳調査最前線」

2016年02月18日 | 考古・歴史

【飛鳥寺西方遺跡、檜隈寺瓦窯跡など最新の発掘成果を一堂に】

 奈良文化財研究所飛鳥資料館(明日香村)で冬期企画展「飛鳥の考古学 飛鳥の古墳調査最前線」が開催中。新発見が相次ぐ飛鳥の終末期古墳にスポットを当てるとともに、最新の遺跡発掘調査の成果も出土品とともに一堂に紹介している。3月6日まで。

   

 明日香村の飛鳥寺西方遺跡(下の写真㊧、右奥は甘樫丘)からは2014年度の調査で飛鳥時代の砂利敷とともに初めて2棟の掘っ立て柱の建物跡が見つかった。この遺跡はその名の通り、蘇我馬子が建立した国内初の本格的仏教寺院飛鳥寺の西方にあり「入鹿の首塚」(写真㊨、奥は飛鳥寺)のすぐそばに広がる。ここには日本書紀の記述から飛鳥時代に様々な催しが開かれた「槻木(つきのき)の広場」があったとみられる。槻木はケヤキの大木。中臣鎌足と中大兄皇子はこの大木があった広場で開かれた蹴鞠の会で巡り合った。発掘調査は2008年から継続中。今後の発掘成果が注目される。

 

 渡来系氏族東漢(やまとのあや)氏の氏寺だった檜隈寺(ひのくまでら)跡地(現在の於美阿志神社境内)からはこれまで知られていなかった瓦窯が見つかった。出土した瓦や窯壁、炭化物の年代から、寺の補修のため10世紀頃に造られたとみられる。古代史の舞台として有名な「磐余池(いわれのいけ)」があったと伝わる東池尻・池之内遺跡(橿原市)では6世紀後半に人工的に築かれた堤の上面幅が25m以上あり、堤の上に6世紀後半~7世紀の建物群があったことが分かった。

 このほか甘樫丘南端に位置し貼石を施した大規模な堀割が見つかった小山田遺跡(明日香村)、斉明天皇と2人の皇女が眠る墓とみられる牽牛子塚古墳・越塚御門古墳(同)、馬具や玉類などの副葬品が出土した上(かむら)5号墳(同)、藤原宮のための瓦を生産していたとみられる市尾瓦窯跡(高取町)などの出土品も展示中。天皇稜特有の八角形の牽牛子塚古墳や蘇我馬子の墓ともいわれる石舞台古墳の墳丘模型も展示されている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする