kazuフォトローグ

「徒然なる日常」を写真で語ります。

アメヤ横丁が飴屋横丁だったとは!

2015年10月30日 | 都市
戦後闇市だったところはあまたあるが、いまなお面影が残っているところのNO.1は、上野アメ横だろう。
吉祥寺、下北沢、下高井戸あたりの市場も、雰囲気はあるものの、スケール感では、アメ横にはとてもかなわない。
半世紀前に上京した時は、必ずミリタリーショップの中田商店をのぞいたものだ。
当時は米軍放出品などを売ってるのでアメ横と思い込んでいた。

それが闇市の時代、飴屋が200軒以上あったので飴屋横丁と呼ぶようになったという。
たまたまアメリカと重なってアメ横となったというのが定説だ。

東上野にはキムチ横丁もあるらしい。
こちらはアメ横から移転した韓国人・朝鮮人がつくったそうだ。
行ったことないけど…

ともあれ、平日でもいつも人々でにぎわうアメ横である。