kazuフォトローグ

「徒然なる日常」を写真で語ります。

孤高のアオサギ

2017年07月21日 | 

川底浅い神田川。
いつもならシラサギが餌を狙って佇んでいるのだが、
今日はアオサギが鋭いまなざしで立っていた。

小魚がなかなか来ない。
そもそも、神田川に小魚なんているのか。
肥満体の鯉はいるが・・・

コメント (2)

烏の行水?

2017年07月15日 | 
神田川沿い。
あまりの暑さに、烏だって水浴びをしたくなるだろう。
これから行水が始まるのか。
それまで待てなかった。

烏の勝手か。
コメント (4)

カモ ン !?

2016年09月13日 | 
いつの頃からか、神田川にカルガモが飛来するようになった。
川が綺麗になり、石に生えた藻を食べているのか。

「カモン!」と言ったら、寄ってきた。

いつも誰かがパンの耳でも投げ入れているのだろうか。
以前、カメラ爺もやったことがあるが、カモには、塩分取り過ぎになるそうだ。
それから給餌することをやめた。

爺も、塩分取り過ぎを心しなければ…
コメント

久しぶりにお目見え、ワカケホンセイインコ

2016年06月24日 | 


電線に、雀ではない尾の長い鳥達が止まっていた。
ムクドリでもない、ヒヨドリでもない。
グリーンの色が鮮やかだ。
だいぶ前に見かけたワカケホンセイインコ。
ペットとして飼われていたものが、逃げ出して(あるいは放鳥して)野生化したものらしい。
東工大キャンバスに営巣していることは聞いているが、杉並にもあるのか。
鳴き声はやかましい。
が、写真をとっているうちにいなくなった。
コメント (2)

燕参上?

2015年06月04日 | 
スズメ、ムクドリ、ヒヨドリはしょっちゅう見るけど、ツバメは久しぶりだ。
ていうか、ほとんど忘れていた。
曇り空のなか、電線に止まる鳥は、最初はスズメかと思った。
が、鳴き声が違う。
目を凝らすと、しっぽが二つに割れている。
燕尾服とはよくいったものだ。

しばらく電線の上で佇んでいたが、やがて何羽の仲間と飛び去った。
どこに巣をつくっているのだろう。
昔は家の軒先などに見かけたものだが…
コメント

再び孤高の白鷺

2015年04月03日 | 
春の嵐で、これまで持ちこたえていた桜が、
花吹雪となって、川面を埋める。
そこに立ちつくす白鷺。

いつ見ても孤高の姿に心が動かされる。
そこには淋しさ、侘びしさはない。
むしろ気高さすら感じられる。

いつぞや、小魚ではなくザリガニを咥え、丸呑みしたのを見たことがある。
その攻撃的な姿に驚いた。
今は、静寂な時が流れるのみ。
今日の収獲は何なのだろう。
コメント (2)

白鷺は何を思う?

2015年03月09日 | 
神田川には、時折り、白鷺が舞い降りて、じっと川面を見つめている。
春近しといえども、水は冷たいのに、しばし身動きもせず、佇んでいる。
孤高の白鷺である。

群れることはなく、縄張りに別の鷺が入ってくると、追いかけまわす。
そして再び、水中に立ちつくす。
神田川に、どんな魚がいるのだろう。
以前、無断放棄された家庭の緋鯉、真鯉が巨大化していたが、鯉ヘルペスのせいか、見かけなくなった。

ドバトのように人に媚びるでもなく、いつくるかわからぬ餌を狙って立ちつくす白鷺。
その姿には気高さを感じてしまう。

閑話休題。
3月27日、保存修理が行われてきた姫路の白鷺城大天守が、5年6ヵ月ぶりに一般公開されるという。
美しくなった白鷺城、改めて訪れてみたいが、ちと遠いなあ。
コメント (2)

鳩首協議?

2015年02月25日 | 
あっち向いたりこっち向いたり、
これじゃ、とても協議にならない?

新宿西口コンコースの交番近くの一角に、いつも鳩が群れている。
通行人が餌をやる姿は見られないのに…

それでも、東口広場の鳩のようにみすぼらしくないのは何故だろう。

コメント (2)

そんなにとまったら電線が切れちゃうよ

2014年08月26日 | 
最近、公園のドバトが増えてきたような気がする。
電線もあまりの多さにたわわになってしまう。
が、カラスがやってくると散りじりになる。
ちゃんとバランスが取れているのだ。

人々が憩うための公園なのだから、どちらも増えすぎては困るのだけど…

コメント (4)

鳩に餌を与えないでください、とは書いてはいないけど・・・

2014年08月15日 | 
8月15日。終戦記念日である。
この日を迎えると、いやが応でも自分の年を意識せざるを得なくなる。
というのも、69年前、その一か月半前に、この世に生を受けたからである。

平和をつくる人になるようにと、母が名付けてくれた名の重さを改めて思う。
平和を願う人になったものの、つくる人の側にはならなかった。

で、平和の象徴とされる鳩である。
もう煙草は吸わないが、聖書、ノアの箱舟の逸話に出てくるオリーブの葉を咥えた鳩のデザインの「ピース」。
これだけ嫌煙モードになっている今、「ピース」を吸ったとしても平和な気分になれるのは、本人だけではないのか。

近所の公園に住みついているドバトは、つねにおなかをすかせている。
たまにおじさんが、パン屑を投げると、争奪戦である。
生存競争が激しく、とても平和の象徴とは思えない。

子どもの頃、伝書鳩を飼育していて、統率のとれた行動に心動かされたものだが、
ドバトにはその気配すらない。

ブログ「気がつけば82歳」の美海さんは、終戦前夜のブログにドバトが地面の餌を探し続ける写真をのせ、
当時の日本の姿を重ねていた。
図らずも自分が同じ日に撮った公園のドバトの写真に、思いを馳せてしまった。

「猫に餌をやらないでください」という区の看板があったはずなのだが、いつの間にかそれも無くなった。
糞公害に悩まされる近隣の住人にとっては「鳩に餌をやらないでください」の看板があってもいいと思うのだが・・・
コメント (2)