kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

上手くまとまりませんが・・・

2018-08-23 | 陸上競技
重複する内容になるかもしれませんが・・・。

インターハイが決まってなかなかモチベーションが上がり切らない部分が誰にでもあると思います。入賞を狙うレベルの選手であればもうワンランク上の力を発揮するためにどうするかを考えていきます。「インターハイに行く」というのが当初の目標であったチームにとってはなかなか難しい部分があります。

今回、リレーでインターハイが決まりました。しかし、かなりの確率で間違いないと思ていた100mを逃す。そこからNとMはなかなか走りが安定しませんでした。記録会などに出ても12秒4台しか出ない。動きが極端に悪いというわけではないのですが思うように記録が出ませんでした。万全の調整をしているわけではないので当然なのかもしれませんが。それでもSは2度の記録会で自己ベストを更新しました。12秒82がベストでしたが1回目が12秒80、2回目が12秒67です。これは評価できると思っています。

何が要因なのかを客観的に見ていました。Sは自分自身の動きを修正しようという部分が他の選手よりも強いなと思っていました。スタンディングのスタート、スタブロからのスタートでも1歩目の引き出しが上手くいかないようであれば自分でマークを置いたり線を引いたりしていました。練習の間にも「上手くいかない」と相談に来ることも多くありました。「与えられる」だけではなく「自らどうすればいいかを考える」という姿勢が身についている気がしました。

インターハイの宿舎。必ずSはヨガマットを部屋にもっていっていました。私は何をしているのか知りませんでした。中国選手権が終わって学校に戻ってきたときに全体の前で初めて本人に聞きました。毎日の日課にしているストレッチと補強をするためにヨガマットを持っていたとのこと。うーん。引退すると決めている。最後の最後までそういう部分をやり続ける。実際、中国選手権の時にも部屋にもっていっていました。その意味。

Sに関しては「苦しい思い」をさせていることが多かったと思います。同級生はNMでかなり力がある。練習では勝てても試合では勝てないこともある。体調などのこともあり「悔しい」レースが多かったと思います。本人曰く一番悔しいレースが1年生の県新人。予選で走って準決勝を行う前に「レース中止」が決まりました。もう一本走れたら・・・。そういう思いが強くあったのだと思います。さらには2年生の中国大会のリレー。怪我のため力を出し切れないまま8位。その悔しさがあったら取り組みが変わったと言っていました。

結局は「結果」だけではない。そこに至るまでに何をするか。最終到着地点に至るまでにどのような変化を生み出すか。ここは「教育」という意味合いが強いのかもしれません。「競技指導」と「教育」が並列に並ぶのか。ここも賛否両論でしょう。私は目の前の選手のために何をするかを考えています。それがどのような部分につながるのかも含めて。

Sが話していたこと。ここまでくるために多くの人に支えてもらった。県内外の先生方に声をかけてもらう。応援してもらえる。卒業生もずっとずっと見守ってくれている。だから「今」がある。自分だけではここまでこれなかった。随分大人になったのかなと思います。

最後の日誌に「NとMがいてくれたから頑張ってこれた」というような表現が書いてありました。一番近くにいるライバル。お互い距離が近い分、イライラすることもあったと思います。強い言葉であれこれ言うこともあったはず。それでも最後に「NとMがいてくれたから」と思える。これはNとMも強く思っていることだと思います。NSMとい並びでいつもいました。NとMの間には必ずSがいてくれる。歩いているときも。だからこそ上手くいった。

1年次は本当に声が出ませんでした。何度も言い続けて変化がない。それがあるときからSが大きな声で引っ張ってくれるようになった。それにより女子は変わりました。まだまだ幼いですし変えていかなければいけない部分は多くあります。それでもそれなりのチーム状況にはなったかなと思っています。

何度もいいますが別にSを過大評価するつもりはありません。それでも競技に取り組む姿勢は大きく変わったと思います。それがチームにプラスの影響を与える。逆に周囲がこの子に頼りすぎていた部分もあるかなと。もっと自分がリーダーになっていかなければいけなかったのではないか。反省点として残る部分があります。

こういう部分は周囲にはわかりません。この子たちの成長の裏に何があるのか。どれだけ苦しい思いをしていたのか。絶好調だった1月末から捻挫をして奈落の底に落ちてしまったとき、この子はどのような想いだったのか。それでも諦めず前を見続けてくれた。それがあったからここまでこれたと思います。

本当はうちの選手たちには金メダルを取らせてあげたかった。不可能なタイムではなかったからです。それでも今のうちができる最大限のことはできたのではないか。S自身がそのようなことを口にしていました。有終の美。最後の最後まで自分にできることをやり続けてくれた選手に心から感謝したいなと思っています。この子たちのおかげで勉強することも多くありました。感謝しかありません。

上手くまとまりません・・・。それでも書いておきたいなと思っていました。雑文ですが・・・。

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