尼崎の整体院です|「かいつう館の日々是整体」 腰痛など慢性の痛みは当院にお任せください^^

尼崎・武庫之荘の整体院です。腰痛・股関節・膝痛、首痛や頭痛など大得意。回数券を必要としない、通えない方のための整体です

職業性ジストニア???

2006-04-16 09:02:32 | 健康 整体
演奏家の方で「指が(演奏するときだけ)自由に動かないのだ」と仰る。

一回目、すこーし軽くなった程度。

二回目、さらにすこーし軽くなった程度。

なんだ。かいつう館、一回で全然良くならないじゃん。と自分で自分につっこんだ夜(笑)。
しかも、三回目の前日がレコーディングに旅立つ前日、、、。

ついに来た三回目も、もう二時間近く、、、他に手もなく、で、アレを試してみた。





「うわあー、動くー。すっごーい、指が動くー。動いてるうううう」
と感激の声。
「七年ぶりに動いたああ!」
「え?一年か二年前から、って言ってなかったですか?」
「最初に痛くなったときからしたら、こんなのは七年ぶりですううう」と。

実は、ここまで劇的に改善できたのは、お客さんのヒントがあったればこそ。
とにかく、ヒントが欲しくて、こちらからも話し掛け続けました。いや、聞き続けた、というべきか。

お客さんのいわれたとおりに施術をして時間が経つのを待つのがスタンスなら、そこまではしないんだけれども、「結果をだしたい」。でも、結果がでない。なにかヒントはないのか、、、。

で、どんな生活をしているのか、ストレスはあるのか、周りの演奏家は同じ症状で悩んでいるのか、その方たちはどう対処しているのか、病院ではどういわれたのか、あなたはその症状をどう捉えているのか、、、。
それを、施術をしながら、楽しく聞いていくわけです(ここ、ミソね。笑いと涙と整体技術。笑)。

そのなかで、「お医者さんなら、こうするみたいです。なぜなら、医者はこう捉えているからです」という話があって。
そこに行き着くまでの話と総合してみるに。(アレとあれを組み合わせたら、可能性があるんじゃなかろうか)

「ふーーーーーむ。それなら、一丁、それをやってみますか」
「え、そんなことができるのですか???」
「(頭の中で半分首を捻りつつ、、、創意と工夫と整体技術だ。笑)やってみましょう」

で、まあ、たまたま効果があったみたいで(汗、、、)。

やっぱりね、人間てすごいと思うのよ。アレ、がたまたま効果があったにしろ、ほとんど僕はなにもしていない。
それなのに、最後の最後で、良くなっちゃう。そんな力がどこにあってん!とこっちが突っ込みたくなるくらい。良くなる、ということは「そんな力」が体のどこかに潜んでいた、ってことだからね。「それ」が覆われていて見えていなかった、というか。
いやあ、やっぱり、体の持つ無限の可能性には、頭がさがります。
それを引き出すのも、楽しい信頼関係があればこそですけどね。

ちなみに。「アレ」は恥ずかしいテクニックなので、ここには書きたくありません(爆)。子供だましみたい、という意味でね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

五十肩と、、、おなか?

2006-04-15 08:55:08 | 健康 整体

肩を動かすと痛い、という施術で。
「痛みはだいぶ消えたけれど、張りが残る」という。

で、痛みは消えて張りがあるのだから、「どこか」が張っているのだろうと(当たり前か。笑)、あちこちを観ていくと「お腹」がはってるし。

なので、素直にお腹を緩める、と残ってる張りも激減。

患部を離れて全体を観ることの大切さをまたお客さんから教えてもらった次第。
張り=引っ張り=動きを邪魔する。
と観ていくのですね。
だから、動かしにくい動きの対角線上に逆向きに引っ張る力があることが多い、みたいです。
あとは施術者が常識をはずせるか、、、肩とお腹?はあ?と思わずにお客さんの体に、素直に対応できるか、だと思いますよ。

今日も、すごい発見があったんですけど、まったく違うネタなので、また今度。

たまに、「毎日、よく書けますねえ」と呆れられるのですが(苦笑)、書きたいことは山ほどあるんですよ。一人のお客さんと接したら、最低でもひとつはネタが浮かびます。本を一冊よんだら、ひとつは知らせたいことがでてきます。
それでも、一日ひとつにしているので、追いつかない(笑)。逆に、お客さんが少ないと、たぶんネタ切れで書けなくなるかも(あはは)。
新しい発見がなくなりますからねー。

あ、、、書きたいことは山ほどあるけど、書いてることは、せいぜい三つくらいかな。かいつう館はこう考える、ということなのであって、「他所とは違いますよー」ということを言いたいのではないのね。他所はどうだっていいの。それはお客さんが判断してくれるから、、、。

ちなみに、その三つくらい、というのは
「ほら、体って、すごいでしょ。悪いように見えて、あなたを守ろうとして踏ん張ってるだけだったんですよ」とか。
「すごいけど、、こんなシンプルな理屈で良くなっちゃうんですよ。なんか不思議ですよね、体って」とか。
「良くなるはずなのに、目の前で良くしてあげられない自分が悔しいんですよ。だから、一回に時間がかかるけど、いいよね?」とか。
はっきり言って、これの繰り返しだったりしてー。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

超簡単 波動療法

2006-04-14 10:06:27 | 健康 整体
この前の続きがあったんだけど。今日は、、、。先日来、どうしても改善の兆しが見えない人がいて、そのアドバイスをもらおうととある人に電話したの。
その際に、おもしろいヒントをもらったので、ちょっと紹介しますね。

実は、その電話をするまえから、足首に嫌な違和感があって、、、ぐねったような、、、まっすぐに歩きづらい感じ。
なんとかしたいなー、と思っていたのですが、なにをしてもあまり変化はなく。

で、ふと、そのアドバイスの中身の一部を思い出し、試してみた。すると、、、ものの20秒くらいでキレイさっぱり消失。さて、それは。

頭の中で、楽しかったことを思い出し、その気分のままで、違和感のある場所に手を当てる、というもの。そのときは電車の中だったので、足に手をあてるのもへんだから、イメージだけで足に手を当てた気分になってみた。
たった、それだけ。

そこから、こんなことを思いついたのね。

いっとき、よく話題になった「波動」。すべてのものからは波動がでている、とか。あれは、低い波動の土地だ、とか。この水晶からは高い波動がでている、とか。
この、上記の原理が実は波動療法なんじゃないか、と。

楽しい想いからは楽しい波動がでるだろう、と。それが、「嫌な違和感」を消すまたは中和するんじゃなかろうか。
そう、別に高い波動の水晶が手元になくたって、かまわない。楽しい、明るい、幸せな気分の波動を人間そのものが出せばいいんじゃないか。

で、そのためになんの訓練がいるだろうか、なんの費用がかかるだろうか。
いろんな「能力」の伝授があるけれども、一番最初に伝授を始めた人は誰にもお金は払っていない(笑)。
それからあとは、お金はかかるよ。そりゃ時間を割いて教えるんだし、生活する糧を得るのにお金をもらうのは当然。

だけれども、この原理がわかれば、あなたも今から波動療法の実践者(笑)。
必要なのは、明るい笑顔、明るい想い、明るい優しさ、明るい会話、それだけ。
その気持ちのままで、痛いところに手を当ててあげたら、、、。うふふ。
まずはお試しあれ。


ただーし。
本当に自分が痛い時、これはちょっと無理。痛いのに明るい思いはなかなか出しづらいから。それなら、明るいだれかにやってもらうといいのだ。

ちなみに、僕のそのとき使った明るいネタは。
子どもが抱っこをせがむ。次は指をさして行きたいところを僕に指示する。それを無視すると、進行方向に向かって僕の腕の中で歩くように泳ぐように足をバタバタさせる。その必死さがつい笑いを誘う、、、その瞬間をイメージして足に意識を向けていたら、治っちゃったのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

首痛 おお、一年ぶり

2006-04-11 09:42:54 | 健康 整体
前々から首が痛く、特に一年前の寝違えからかなり首がキツクなった、と。

で、なかなか劇的な変化はでなかったのですが、施術時間も一時間を越えたあたりから徐々に曲り始め、、、
90分くらいからどんどん改善、ついには、「うなずいたら一年振りにアゴが胸につくようになった」と感動してもらえたようでしたが。

て、そこまでひどかったんですか(笑)。

整体なんかをやっていると、こういう瞬間がたまらなく楽しいですよね。他人事だし、、、
じゃなくて(汗)。

別に手品じゃないんだけど、感動される、驚かれる、不思議がってもらえる、と、整体冥利につきます。

だから、解痛コースで「楽になりました」と言われると、「ん?」と思っちゃう。僕が満足できないのよね。

お客さんが驚いていないから。いや、そうじゃなくて(笑)。
僕もそうだけど、痛いのが本当になくなったら、つい驚いちゃう。
驚いていない、ということは、まだなにかしらの痛みが残ってることが多い。

だから、必ず、こう聞き返します。
「楽、ということは、まだ違和感があるんですか?」と。

そこから、また施術が始まってしまうのです(長いわけだ、、、一人の時間が、、、)
どうぞ、時間には覚悟してご来店くださいませね(笑)。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

膝痛と忘れ物

2006-04-10 12:47:39 | 健康 整体
ご高齢のおじいちゃん。膝痛でこられました。(別に、お客さんの年齢層が高いわけじゃないんですよ)。ちょっと耳が遠いようで「気長に通うつもりですからどうぞ先生のいいようにやってください」と、なにをきいても口癖のようにお答えになになる。


ひととおり終えて「いま、どうですか?」と聞くと
「ありがとうありがとう」と確かめもせずにお帰りになられようと。
「あ、あ、あ、あの、膝、どうですか?」
「ええ、ええ、気長に通いますんで」
「、、、、(ふーん、あんまり変わってないのか。見た目は良いように見えるんだけどな)」


釈然としないながらも、お見送り。

「ありがとうございましたー」
バタン。

、、、、、、、、、、、、、


「って、おじいちゃん、杖、忘れてますよーーーーーーーっ」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

床の上から2006

2006-04-09 09:12:37 | 健康 整体
このまえ。腰痛、というかなんというか。
堅いところで腹筋の動作をすると背骨が当たって痛い、尾骨のあたりも地面に刺さってる感じがして痛い、というお客さん
がこられました。

うちの整体では、「なにをしたときに痛みがでるか」を目安にしていくのですが、やわらかいベッドだと痛みが出ない
んですね。

だから、、、ら~らー、ららららら~(これは「北の国から」。スマスマでやってた香取クンの田中邦衛の物まねが馬鹿馬鹿しくて好きでした。
「ばかやろぇー」)

床でやりましたとも(笑)。ベッドがあるのに、、、。

床で腹筋の動作をしてもらって、痛みを確認、また床に寝てもらって、施術。

で、また床で腹筋、確認、施術、またまた床で腹筋、確認、施術、、、。

こんなケースはお二人目。ひとりはひどいぎっくり腰の女性で、ベッドにすら上がれなかった方。

よくなるためには、なんだってするし、してもらうのだ(笑)。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

祟りじゃあああああ

2006-04-08 09:44:45 | 健康 整体
先日、電話で「腰痛専門ですか?」と問い合わせされてしまいました。

いえいえ、頭痛も、首痛も、やってますとも。
五十肩も、膝痛もね。
生理痛であろうと、目の奥であろうと、およそ、痛いというものであれば(骨折や打撲や外傷やでなければ)施術対象なんです。

そうそう、このまえ、原因不明の頭痛で、あまりにも原因不明すぎるから「呪いかしらん」という話になって。
でも、思い当たるフシはない、というので気にはせずにやりましたが。

はるかむかし、まだ今の場所でするまえにははっきりと祟りが原因でこうなったんだ、という人が来られたことがあります。
ある宗教団体ではその人の口が勝手に動いてしゃべりだしたり、夢にもはっきり見たり。

で、娘さんがウチを紹介してくれてやってみたら、

、、、、、、、、、、、、、、、、、


良くなってきたんですね。
そしたら、、、、、、、

満足した顔せずに、、、、、来なくなっちゃいました。

まあ、気持ちはわからなくもないですよ、ええ。
祟りが整体で良くなってどうすんねん!とその人も思ったんでしょね。
おいおい、俺についてる祟りはこんなもんかい、みたいな。
そうなると、もう来なくなっちゃいます(そういう意味では「治せない」けどね)。

僕は個人的には心霊番組とかは好きなのですが(笑)、呪いであろうと祟りであろうと、「痛い」のであれば楽しんでいただきながらやっちゃいます(爆)。
幸か不幸か、そういうのが好きなのに「何も感じない」という恵まれた体質(笑)なもんですから。
好きですから、痛みの可能性として全否定はしないんですが。僕のお気楽ご楽天パワーで、ってなんのこっちゃ。

え?怖くないのか、って?

僕が怖いのは、はっきり言って。


高いところですからーっ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

殺生かい?

2006-04-07 12:07:10 | 健康 整体
そんな殺生な。

というフレーズをひさしぶりにお笑い番組のなかで耳にした。

それで、昔、「人間は、他の命を奪わなければ生きていけない、殺生せずには生きていけない云々」という誰かの言葉を思い出すことになったのだが。

仏教には殺生戒というものがあるが、お釈迦様はできもしなことをおしつけたのだろうか、、、。

そんなときに、ふと目にしたこんな記事。

溺れかけたわが子を救うために泳げない親が飛び込んで、自分は流されていった、、、という悲しい事件。

これを見たとき、こんなことを想像してしまいました。

助けられた子どもが、将来、人殺しやなんらかの犯罪に手を染めるようになったら、自分の命を捨てて子どもを助けた親は、関西人ならこういうよなあ「んな、殺生な」。

そうなのだ、殺生とは、他の命を「生かさない」ということなんじゃないか。

食べられたほうれん草は、地面から離れて、人間の目を得て立体的にものごとを見、移動し、思考し、行為をなし、創造する、ことができる。ほうれん草は命を奪われたのではなく、人間の命の一部を得たのだとしたら、、、。豚は、いくつかのパーツに別れ、あちこちの人間の命の一部に変化したのだとしたら、、、。

そして、変化した先の人間が、その命のエネルギーを使って、悪事を働くのだとしたら、「これなら、ほうれん草のままで良かったのに。豚のままで一生を終わりたかったよ。そんな『殺生』な」である。

内部もそうかもしれない。せっかくの脳が、悪事や悲観的なことに使われるのなら。
待ち構えている胃や腸や肝臓にに送り込まれてくるものが、ジャンクばかりであれば。
せっかくの足が、手が、その出番を与えられないのであれば。
「そんな殺生な」
である。

そう考えたら、殺生をせずに生きていくこと、がまた別の意味に思えてきた。
今日もしっかりと得たエネルギーを生かさなくては。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

押す人、点く人。

2006-04-04 11:43:26 | 健康 整体
うちのお客さんでは、年長組(幼稚園じゃない、っての)に入る昭和一桁前半生まれの女性。

頭を触ってもらってるときに、足からすううううーーーとなにかが抜けていく感じがしたそうな。そのあとで足が一気に楽になったそうです。

へえ、そうなんですか。

と言ったら、笑われた。
もっと、すごいセリフを期待していたみたい。
ご、ごめんね。素で答えちゃって(笑)。

でも、、、「それ」が起こってるのは、お客さんの体であって、僕の体じゃないんですよ。だから、本当のところは僕にはわかんないし。

それに、「それ」を起こしてるお客さんの体がすごいのであって。
こっちは、ボタンを押したら電気がついちゃった、みたいな感覚しかないし。
(それもようわからん例えだが。汗)

そうやってお客さんから聞かせてもらえる感想は楽しいから、すきだけど。
だから、感じたことは、これからも聞かせてね。(ブログネタもできて助かるよー)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

四月最初の月曜日

2006-04-03 11:10:57 | Weblog
朝、ばったりとコンビニでお客さんに会った。
紺のスーツに身を包んでいた。

四月三日。今日から初出勤だったりするわけですね。

この季節になると、引越しされてもう会うことがなくなっっちゃったお客さんのことを思い出したりもします。

また、引っ越してきましたー、と標準語なまり(だから、それはなまりじゃないって)で見えられるお客さんも。

いずれにしても、ずー-ーーーっとお会いできるわけじゃない。

今日しか会えない(可能性の)ことも考えると。
この一時間を密度の濃いものにして差し上げねば、と思うしだい。

ああ、今日もいい天気。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする