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ねずのばん (その1)

 舞ちゃんは中学1年生。念願の女子中学に見事合格して楽しい毎日を過ごしています。
 
 舞ちゃんには夏休みになったらどうしても果たしたい願いがありました。それは満月を、月の出から月の入りまでずっと見ていたいというものでした。小学校で月の勉強をした時から、舞ちゃんは月の変わり方と動き方に興味を持つようになりました。月の形が

     

新月→三日月→上弦の月→満月→下弦の月→新月

と変わっていくのは、月と地球の位置によって月の光る部分が違って見えるからだというのはよく理解できました。でも、夜の間月の位置は変わっていくのに、なぜ月の形はずっと変わらないままなのだろう、ひょっとしたら満月で出てきても沈むときには少し欠けたりしていないだろうか、と疑問に思いました。学校でも塾でもそんなことを質問したら、周りからバカにされるだけだと思って、ずっと黙っていました。だけど、疑問を疑問のままにしておくのはあまり気持ちのいいものではありません。そう思い始めてから舞ちゃんは、いつか一晩中月の動きを見張っていたいと思うようになりました。

 

 中学に入って2度の定期試験を経験するうちに、夜遅くまで勉強するようになりました。期末試験では、歴史の用語がなかなか覚えられずに夜中の1時過ぎまで勉強しました。その時舞ちゃんは、
「これだけ遅くまで起きていられたんだから、ひょっとしたら一晩中起きていることもできるんじゃないかな」
と思いました。そこで夏休みになったら一度試してみようと密かに心に決めました。
 調べてみたら、夏休み中に満月の夜は一回しかありません。8月上旬の暑い盛りの夜です。この時を逃がしたらまた一年待たなければなりません。舞ちゃんは、その夜に雨が降ったり、曇り空になったりしないよう、毎晩寝る前にお祈りしました。もちろんお母さんにもお願いしました。
 「理科の宿題で満月を一晩中観察しなければいけないの。無理かもしれないけど、朝までずっと起きててもいい?」
 「宿題なら仕方ないわねえ。でも、眠くなったらあきらめて寝るのよ。それと外に出て行ってはダメ。部屋の中から観察するだけにしなさい」
幸いなことに、舞ちゃんの家は小高い丘の上にありました。南向きの舞ちゃんの部屋からは、月の出から月の入りまで、少し首をひねれば見られます。ふだんは学校から家までの帰り道に坂道を上らなければならないのに不満を言っていましたが、この時ばかりはこの家に住んでいたことに感謝しました。

 

 いよいよその夜がやって来ました。一日中太陽が炎の玉のように空の中で輝いていたので、夜になっても暑さが弱まりません。一晩中起きているつもりの舞ちゃんは、その暑い昼の間家の中で一番涼しい座敷の隅で午睡をしました。起きたら汗びっしょりになっていましたが、頭がすっきりしてこれならしばらく眠らなくても大丈夫そうです。
「よし、頑張ろう!」
気合を高めました。
 6時になると月が東の空からぬっと顔を出しました。大きな満月でした。少し赤みがかって不気味な感じがするほどでした。でも、舞ちゃんはその満月を見るとまるで友達に会ったかのように嬉しくなりました。
「一晩よろしくね」
舞ちゃんは元気です。
 12時までは家族も起きていたので一緒にすごしながら、30分おきに自分の部屋に戻って月を眺めました。スケッチブックに月の位置や高さ、大きさが分かるように描きこんでいきます。月の色は薄い黄色にしました。
 12時になったときお母さんが舞ちゃんの部屋に来て、
「いつ寝てもいいように電気は消しておきなさいよ」と言いました。絶対に眠るつもりはなかったのですが、ベッドの枕もとの小さなランプだけつけて、部屋の明かりは消しました。ベッドでじっとしてると、闇にすっぽり体が包まれたようで少し寂しくなりましたが、月明かりが拡がってきて心を和らげてくれました。

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