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ねずのばん (その2)

 1時を過ぎて月が少し低くなったのが分かりました。それにかなり小さくもなりました。でも、形は満月のまま変わっていません。
「やっぱりずっと満月のままか・・」
新しい発見ができず、ちょっと残念な気がしましたが、夜空を見上げているのは楽しいものでした。月の動きに合わせて星たちもゆっくり動いていきます。天の川も傾きを変えたのが分かります。
「夜の空って生きてるんだなあ」
舞ちゃんは楽しくなってきました。夜空を眺めながら、昔の人も同じ星を見ていたんだと思うと、時の流れを超えられたような気さえしました。うっとりしたまま時計を見ると3時になっていました。慌てて月の位置を確認して図に描きこみました。
「あと3時間くらいかな・・」
家の周りからは物音一つ聞こえてきません。少し前まで草むらの中で鳴いていた虫たちの声も途絶えています。舞ちゃんは小さなランプも消して、月明かりだけの静寂の中に飛び込みました。自分が闇に溶けていくような気がします。妙に気持ちがいいのです。眠気はまったく感じません。ただただ満月と星々だけが舞ちゃんに微笑みかけているだけでした。

 

 「満月さん、あなたは一晩中満月のままなの?途中で体が細くなったりしないの?私それが知りたくてずっと起きているのよ」
舞ちゃんは月に向かって話しかけました。すると、夜空の奥で一つの小さな星がキラッと瞬いたように見えました。
「舞ちゃん、お月様は一晩中形を変えたりしないよ」
そんな声が遠くから聞こえてきました。舞ちゃんは驚いて周りを見回しましたが、誰もいません。変だなとは思いましたが、もしかしたらと空に向かって呟きました。
「星さんなの?」
「そうだよ、舞ちゃん。聞こえるかい?」
舞ちゃんはびっくりしてベッドから落ちそうになりましたが、思わずコクンと頷きました。
「お月様はね、私たち星の道案内人なのさ。私たちは毎晩お月様について空を巡っているんだ。その案内人が形を変えたりしたら、私たちが途中で迷っちゃうだろ。だから、お月様は空に出ている間は同じ形をしていてくれるのさ」
「でも、日によって三日月になったり、半月になったりするわ」
「ああ、それはお月様がとてもお洒落さんだからさ。毎晩同じ姿じゃあ我慢できないんだ。毎日ちょっとずつ姿を変えたいのさ」
「ふーん、そうなの・・」

 

 バサッという物音で、舞ちゃんは我にかえりました。
「あっ、しまった」
山の端がうっすらと白くなっています。
「寝ちゃったんだ・・」
月はもう山に吸い込まれそうなほど傾いています。開け放してあった窓から涼やかな朝の空気が入ってきて、舞ちゃんの頬を快くします。自分の失敗を悔やんでいるうちに山の稜線がみるみるうちに明るくなり、太陽が姿を見せ始めました。
「日の出!」
まだ少しぼんやりした目で月を探しました。月は半分ほど山の中に隠れていました。
「そうか、こうやって一日が始まるんだ!」
  
  満月が去り、太陽が現れる、それが一日の始まり。
  太陽が去り、満月が現れる、それが一日の終わり。

舞ちゃんは生まれて初めて一日の終わりと始まりを続けて目にしました。地球の不思議にふれたような気がして体中がぶるぶる震えました。
「なんだかすごい・・」
舞ちゃんは部屋中に拡がってきた朝日の中で呟いていました。

 また暑い一日が始まります。

 

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