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戦前の少年犯罪

2008年03月10日 | 蕪勢
 「戦前の少年犯罪」という本が版を重ねているようだ(管賀江留郎著,築地書館)。昭和20年の終戦前のわが国の少年犯罪を,当時の新聞記事から丹念に蒐集したレポートである。
 「戦前は小学生が人を殺す時代」「戦前は親殺しの時代」「戦前はいじめの時代」「戦前は教師を殴る時代」等,何か錯覚ではないかと思わせる目次が並ぶ。だが,事実,どのページにも,戦前の少年達の残虐,悲惨,不合理,異常な犯罪がうんざりするほど羅列されるのである。
 たとえば,「東京市向島区(現墨田区)の小学校で,小学4年生女子が女の子(4)をトイレに連れ込み頭をめった打ちにして殺害,迷子になって泣いていた女の子を連れ歩いたが,言うことを聞かないのでやったと自供」(昭和13年,15頁),「静岡県浜松市で,満17歳の少年が,昭和16年8月18日に置屋に侵入して芸妓を刺殺,もう一人の芸妓に重傷を負わせて逃走。8月20日には料理屋に侵入,寝ていた女主人(44),女中(16),雇い人(67)を殺害,警察の調べを受けながら,9月27日には自宅で強盗を装って兄を殺害,兄の妻と子ども,父親と姉に重傷を負わせた。昭和17年8月30日には電車でたまたま乗り合わせた女性(19)の家に侵入,両親を姉と弟を殺害し,女性を強姦しようとしたが失敗して逃走,10月22日に逮捕され,翌日に自供した」(昭和17年,29頁)。何とも驚くべき事件である。この本には,このような殺伐な犯罪がこれでもかこれでもかとばかり埋め尽くされている。

 昨今,少年非行の増大,凶悪化,低年齢化等が声高に議論され,その対策として,少年法制の見直し,処分の厳罰化等の措置が採られてきた。ただ,識者の中には,少年非行の「憂慮傾向」は必ずしも統計に基づく正確な分析ではないと法改正を強く批判する人達もいた。しかし,そうした声がどこまで届いたか分からぬまま,少年法制の改正は着々と進行してきた。
 テレビなどマスメディアの肥大化は,地方の1事件も,あっという間に全国津々浦々の茶の間に流れ,延々と続く報道の中,まるで犯罪劇をみるような生々しさで,人々に「驚愕」と「恐怖」をもたらしている。戦前の上記の事件などは,前者が読売新聞に小さく出ていただけ。後者の事件の発生時は,検閲によって一切報道がなく,地元は噂によって恐慌状態なっていて,逮捕されれてから一か月後にようやく解禁となって新聞記事になっただけだという。地元以外の人々に与えたインパクトは雲泥の差である。

 著者は,国会図書館に通い,新聞から事件記事を丁寧に探して,膨大なデータを蒐集してきたという。そして,この国の政策を立案,決定をする人々が,正確なデータに基づかないで,ことを進める事態を憤るのである。「虚構と現実を混同してしまっている人たちが,新聞やテレビニュースを通じて過去について全くの妄想を語り,それを信じた人がまた妄想を増幅するというヴァーチャルな円環ができあがって,無意味にぐるぐると回転しています」と痛烈な警告を発している(291頁)。
 なお,この本の著者は,ウェブサイトで
 「少年犯罪データベース」(http://kangaeru.s59.xrea.com/)
も主宰している。
(蕪勢)

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