日本裁判官ネットワークブログ
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1 先頃わがやの花壇に「ナデシコ」が咲いた。野生の「河原ナデシコ」を栽培用に改良した品種のようで,花も少し大き目で,深紅の鮮やかな色である。昨年も小さな株はあったのだが,妻がまた同じ苗を買って来て,塀の外の道路に沿った細い花壇に植えたのである。株も大きくなり花もたくさん咲いたので,出勤前にナデシコに見とれて暫し佇(たたず)むこともあった。ここで一服ふかすとさぞ煙草も美味しいに違いないと思ったが,私は感心なことに30年余り前に禁煙し,以後煙草とは無縁である。
2 そのナデシコを2本切って,事務所の花瓶に挿(さ)してもらって楽しんでいた。恒例の花の名テストも行なった。それから約1週間が経過したころのある朝,事務所のナデシコを新しいものに取り替えようと思って,ハサミを持ってナデシコの枝を切ろうとしたところ,昨日まであったナデシコがなくなっており,花壇にポッカリと大きな穴が空いていた。株ごと根こそぎ抜き去られていたのである。別の小さな株に数本のナデシコが残ってはいたが,心ない人がいるものだと思ってガッカリした。
3 そういえば確か昨年も,ナデシコのすぐ隣の場所にあったキキョウの枝を3本ほど刃物で切り取られて,腹を立てたことを思い出した。おそらく同一犯人なのであろう。
4 花壇の花を持ち去ると窃盗罪になり,10年以下の懲役刑か50万円以下の罰金刑に処せられることになる。今年も遠からずキキョウが見事な花を咲かせそうな気配なので,そのうちキキョウも被害を受けるに違いない。私が憤慨して,「防犯カメラを設置してキキョウの犯人を検挙しよう。」とか,「ナデシコの窃盗罪の被害者として,被疑者不詳として被害届を警察に出そうか。」とか,「花を盗らないで下さい。」という立札を立てようかと妻に言うと,妻は笑って首を横に振った。被害届を出して,被害者として警察で調書を作成することになるとしたら,一体どのような被害感情を述べることになるのであろうか。「法律実務家としての私は,適正な処罰がなされるように希望しますが,被害者としての私は,被疑者を厳罰に処して頂くよう希望します。」というのが私の本音ということになる。
5 「花盗人」(はなぬすびと)という言葉がある。本来の意味は,「他人の妻に夜這いする人」のことだそうで,恋多き平安時代の女性であった和泉式部の歌集の中で,藤原公任という人が詠んだ和歌とされている「われが名は 花盗人と 立てば立て ただ一枝は 折りて帰らむ」に由来するようである。この「一枝」とは,おそらく和泉式部のことであり,艶なる恋の歌ということになる。
6 ついでに書くと,「狂言」にも,桜の花を盗もうとして捕まった男が,桜の幹に縛りつけられたが,花の和歌一首を詠んで許されたというものもある。「この春は 花のしたにて 縄つきぬ 烏帽子桜と 人はいふらむ」というものである。
7 深紅のナデシコを美しいと思ったというのであれば,せめて1枝か2枝を切り取って,自宅の花瓶に挿して愛でてほしいものである。切り花数本の被害であれば,どこかの家の花瓶に飾られていると思うことで被害者の心もいくらか癒されることになるというものである。本件の犯人は,「花盗人」ではなく,「花泥棒」というべきであるが,いずれにせよ怒りの心を鎮めるのに暫し苦しんでしまった。してみると私もまだまだ人間として未熟だということなのであろう。(ムサシ)



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