日本裁判官ネットワークブログ
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1 「私は負けない・・郵便不正事件はこうして作られた」(村木厚子著)を読んだ。村木さんは現厚生労働事務次官である。とても恐ろしい本であった。読了後改めて衝撃を受けるとともに,検察に対する強い怒りを押さえることはできなかった。わが国の検察は一体どうなっているのかという思いである。この本では事件の経過が生々しく描かれており,法律実務家としても興味深く読んだが,とても参考になった。この本を読むと,わが国の刑事司法がいかに深刻な状況にあるかについて,暗澹たる思いを抱かせられる。
2 私は大学卒業後旧厚生省で勤務していた。村木さんは旧労働省に入省され,両省は後日統合され厚生労働省になったので,村木さんは私の勤務先の後輩ということになる。尤も私は法曹界を目指して2年足らずで退職したので,村木さんとは面識はないが,事件を知ってから何となく親しみを覚えていた。また村木さんの弁護を担当した弁護士のひとりも,大学のクラブの後輩で顔見知りであったので,私はこの事件に深い関心を持って見守っていたのである。
3 この事件は,障害者団体が低料金で利用できる障害者郵便制度悪用事件で,偽の障害者団体に対し厚労省が障害者団体証明書を発行したというもので,作成権限のある課長ではなく,部下の係長が勝手に作成したという事件である。大阪地検特捜部は現職の厚労省の雇用均等・児童家庭局長(事件当時は他局の課長)を逮捕し,本人の記憶に反する供述調書の作成を強要し,証拠を改ざんしていた。そして無罪判決となったが,検察は控訴もできないままに判決が確定した。また証拠の改ざんに関して担当検事が証拠隠滅罪,その上司2名が証拠隠滅・犯人隠避罪で逮捕起訴されていずれも有罪となった。検察が広く国民から厳しい批判を受けたのも極めて当然の結果であろう。この事件以外にもパソコン遠隔操作事件その他多くの事件で,捜査官の強引な手法が批判されてきた。
4  警察や検察にとって最も大切な役割は真犯人を逃さないよう的確な捜査を尽くすことである。疑わしい被疑者に対して有罪の証明をするために最大限の努力をなすことは当然の責務である。しかし検察官にはまた真実を重んじ無実の者が処罰されることのないように努力する義務もある。被疑者に有利な証拠があって,検察官としても被疑者が無実であるとの心証を得た場合には,捜査官として潔くあるべきであり,本件ではどこかの時点で検察組織として引き返すという判断がなされるべきであったと思われる。ところが現実には被疑者に有利な証拠があってもそれを無視したり,隠匿し時には証拠を改ざんするなどして(改ざんは極めて稀ではあるが),不正な策を弄してまで無実の者を処罰しようと突っ走ることがないわけではない。今回の事件もそれを証明してしまったことになる。それでは「検事失格」ということになろう。そして本件では大勢の検察官が関与していながら,そのような結果になってしまっているが,本件に関与した検察官の心理は一体どのようなものであったのか,不思議な気がする。検察官の奢りや傲慢さを指摘する意見もある。無理な捜査をしてでも功績を挙げたい心境だったのであろうか。
5 この本を読んでも,なぜ大阪地検特捜部が中央官庁の現職局長を逮捕し,惨めに敗北することになったのか,動機は全く分からない。それは著者にも分かっていないからでもある。課長に作成権限のある文書を勝手に単独で作成した部下の係長を処罰すれば足る事件である。係長も課長には話しておらず,自分が勝手にやりましたと検察官に繰り返し述べたのに,なぜ検察庁はかくも間違ってしまったのであろうか。(ムサシ)



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