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刑事控訴審の審理について(2)

2010年03月12日 | ムサシ
6 私は刑事控訴審の最初の事件担当の経験から,刑事控訴審の審理は丁寧になされるものと思っていたが,その次の事件では事態は一変した。裁判長は転勤により交替していた。国選弁護事件として,一審で別の弁護士が無罪を主張し,有罪判決を受けていた。私は当番弁護士として控訴審から担当した。控訴審においても無罪を主張し,控訴審裁判所に詳細な被告人質問をしたいと申し出て,40分必要であると主張し,その準備もしていた。

7 ところが裁判長は,刑事控訴審は事後審であるので,原審に現れた資料に基づいて判断することになっており,被告人質問で新たな事情があるのかと問われたので,具体的に説明したところ,それらは全て一審で質問されているから,繰り返しに過ぎず,必要があるとは認められないと言われたのである。

8 しかし一審で無罪を主張したのに有罪判決となっているのであるから,一審と同じ証拠のままであれば,また有罪となる可能性は高いことになる。そこで弁護人としては一審での不十分な被告人質問を,角度を変えて詳細に質問したいと考えるのは当然のことである。

9 私は裁判長がそのように対応されようとは余り想定しておらず,裁判長と論争する準備をしていなかったので,十分反論できなかった。そして「刑事控訴審は真実は何かと追究はしないのですか。」などと,多少感情的な論争をした後,主として一審後の量刑に関する新たな事情ということで,ある程度,事実に関しても被告人質問をなしたのである。結果はやはり有罪であった。

10 刑事控訴審はこれでよいのだろうか。これでは,一審で無罪を主張したが有罪判決が出されている事件で,刑事控訴審において逆転無罪判決を得ることは殆ど不可能ではないだろうか。一審判決が誤判であるとしても,十分な再吟味の機会がないことになるから,誤判を正すことなど「夢のまた夢」ではあるまいか。わが国の刑事司法は「絶望的である」と平野竜一元東大教授が言われたことがあるが,「何故に控訴審は誤判救済の機能を果たし得ないのか」(石松竹雄「刑事裁判の空洞化」P177~)などという論考を見つけた。(ムサシ)