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6 ところで,刑訴法,刑訴規則の規定は次のようになっている。
(1)上訴の提起期間内の事件でまだ上訴の提起がないものについて,・・保釈を・・すべき場合には,原裁判所が,その決定をしなければならない(刑訴法97条1項)。
(2)上訴中の事件で訴訟記録が上訴裁判所に到達していないものについて前項の決定をすべき裁判所は,裁判所の規則の定めるところによる(同条2項)。
(3)上訴中の事件で訴訟記録が未だ上訴裁判所に到達していない場合については,・・保釈・・等は,原裁判所がしなければならない(刑訴規則92条2項,但し要旨)。

7 そして結論はこうである。
(1) 実務では,上訴申立時に上訴審に移審の効果を生じるので,原審弁護人の権限は上訴申立時に終了するとしている。私は上告申立てと同時に保釈請求したが,高裁支部は好意的に保釈請求をした後で私が上告したと解する扱いをしてくれたので,私の名でした保釈請求は私の権限として有効になされたと扱ってくれたのである。
   しかし,保釈請求却下決定に対する異議申立てをした時点では,既に私の弁護人としての地位は失われていたということにされた。
(2)そして実務の結論はこうなる。控訴審で控訴棄却の判決がなされたときに,なお上告と保釈請求をしたいという場合であるが,上告審に私選として弁護人になる場合には問題はない。しかし国選の場合には弁護人選任までに時間がかかるし,原則として弁護人が交替するので,その場合には先に保釈請求だけをしておいて,保釈請求却下決定に対する異議申立ての権限など,原審弁護人の権限はできるだけ残しておいて,上告は2週間の上告期限のギリギリまで待つなど,状況を見て判断するという方法があるということになる。早々と上告すると,原審弁護人としての権限が上告申立ての時点で消滅してしまう扱いとなるので,その後の対処に困ることになることがある。これに気付かなかった点が私の失敗であった。もっとも結果に影響はなく,小さな失敗であったと言ってよいだろうが,肝は冷やした。

8 これには有力な反対説がある。上告申立てと同時に上告審に移審の効果を生じると,原審弁護人の権限が失われて困ることになる。例えば原審弁護人による保釈請求,記録閲覧謄写請求権,接見交通権,上訴申立前にした保釈請求に対する却下の裁判に対する異議申立権等を原審弁護人に認める必要がある。そこで移審の時を訴訟記録受送付時と解すべきであるというのである(大コンメンタール刑事訴訟法第6巻9頁最下行~10頁8行目,原田國男)。優れた説であるが,実務は前述したとおりの扱いとなっている。

9 こんなことはベテランの刑事弁護人にとっては常識に属することかも知れない。しかし私は少し慌ててドタバタしたのである。
  ところで私はこの件で上告には反対ではあったが,被告人やその家族の強い希望を踏まえて,上告し,無理と思われる保釈請求や上告申立前にした保釈請求に対する却下の裁判に対する異議申立てをしたりして,多忙であるのに無駄な努力を強いられていると考えて,内心苛立ちを覚えていた。しかし結果として被告人は,その結果には甚だ不満ではあったが,弁護人ができることは全てしてくれたということを嬉しく思ったようで満足し,上告を取り下げたのである。私も,到底無理なことが明らかであるとか,無駄な努力だと思っても,依頼者を説得して断念させようと焦るのではなく,場合によっては依頼者の納得のために,無駄とは思っても,弁護士としてできることをしてみることに大きな意味があることを学ぶことになったのである。(ムサシ)



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